第2章22「微睡む法王に下るは二本の鉄槌」
これより先は、女帝の視点から結末を見ていこう。このまま彼の視点ばかりに焦点が合っていたら、彼なりに頭を捻った思考なのに、その稚拙さに皆がガッカリしてしまうからね。
残り1分、彼に砂時計が落ちきるまでの時間を伝えた所で動きがあった。ボクの背後で、女教皇は伸びたマイティ君の長棍を手に、隠者は影に潜むように身体を沈めているのが解る。…ふむ、およそ彼らがやりたい事の見当はついた。
だが残念な事に、彼は一つ重大な問題をしている。あの法王たちの立ち位置だ。
あの二人の立ち位置は、少し前までは彼の見通し通り、地下への隠し通路の入口付近を陣取っていた。しかしボクとの魔力の打ち合いに押し敗け、少し離れた場所へと移動してしまっているのだ。
「まぁ、彼らを元いた場所に戻すだけならどうにでもなるけども」
強制操作術が無い訳ではないが、使わないに越した事はない。そもそも彼にこれ以上の負担を強いると、またあの女教皇ちゃんの機嫌を損ねて暴れかねないので却下だが。
それに、奥の手に頼らなくとも光焔の貯蔵は充分だ。杖に溜めている一撃分も含めれば、通達通りの仕事は問題なく完遂できるだろう。仮に不慮の事故が突発的に起こったとしても、誤差の範囲内であれば対処可能な筈だ。
「まだ、諦めぬ…!」「法王はまだ残ってーー」
「古臭い台詞をどうもありがとう。ところでキミたち、ボクと同じタロットを使っているのなら、そろそろ時間じゃないのかい?」
法王たちの持つ切札は、今にも力が消えかけている。「馬鹿な話をしている」と、鼻を鳴らす道化の様は滑稽だが、湯水の如くタロットの力を引き出し続けている二人の未来を想うと、さすがの女帝も憐憫の念を禁じ得ない。
それはそれとして、ボクは自動人形の反応を観察し終えた事で一つの疑問に突き当たった。
(タロットの制限時間の存在すら知らない可能性、か…)
元よりこのタロットは、一つ存在するだけでも世界の力の均衡が崩れかねない代物だ。力無き者が触れれば、強大すぎる力の渦に翻弄され、自滅の他の末路はないだろう。
創られた経緯も特異であり、それを識っているボクから言わせても、あまり多用したいとは思わない。自主的に時間の制限を長めに設けているのも、それが要因の一つだ。
(彼らの背後にいる本体について、教えてもらうつもりだったけど…。その前に彼ら、自壊しかねないね)
そんな自動人形に、よくできた偽物とはいえ法王を添えてくるとは。彼らの本体も思い切った事をしてくれるじゃないか。
是が非でもその効率的思考の持ち主に会いたくなった。当面のボクの目的も確保できた事だ、その返礼に自動人形には、命が残っている内にこの舞台から降ろしてあげようじゃないか。
「気が変わった、ボクからの慈悲をあげようじゃないか。尤も、受け取るかどうかはキミたち次第だが」
パチンと指を鳴らし、自動人形たちの四方を囲う光焔の帷帳を作る。自動人形が「あんな小娘の魔力なぞに呑まれてたまるか!」と、無駄な光矢を乱射する間にも。光焔は徐々に、しかし確実に自動人形の活動範囲を狭めていく。
コツは動きを制限し過ぎない事だ。適度に余裕を持たせながらも徐々に削いでいき、しかし恐怖を一滴ずつ垂らして神経を昂らせる。人によっては、弱体化を掛けたつもりが強化になり兼ねない一手なのだが、戦闘中に自動人形の傾向さえ掴めば視野の狭窄化も容易い。
まったく、教会の壁に穴を開けるつもりで無駄に撃たないでほしいな。一時的とはいえ、ここを彼らの拠点にする心算らしいのだ。無駄に女教皇ちゃんの修繕作業を増やしてほしくない、彼女の敵意がこちらに向きかねないからね。…彼からの諫言が飛んでくる可能性と今後のボクの保身も考慮して、これ以上話を広げないようにしよう。
そろそろ終幕は近い。自動人形がこの光焔の不自然な挙動にようやく気付いたようだが、数手分遅い。女教皇ちゃんの手には、彼の計画の要である長棍が、投擲準備万端で握られている。
あわよくば投擲役をマイティ君に願いたかったが、無いものを当てにしても仕方がない。女教皇ちゃんに何故頼らないのかって?その答えは、彼女から漏れ出ている殺気が物語っている。…あれは隙あらば背中から誅する類のモノだ、念のため背中も気を張る事にしよう。
「『追憶の幻新星』」
背中ばかりに気を取られる訳にはいかない、準備に取り掛かるとしよう。宝杖の先端に魔力を集め、自動人形を滅する砲台を作り上げていく。大気を揺らし、魔力に煽られた風を一身に受けるこの時間が心地良い。
その魔力の奔流に当てられ、自動人形も身の危険を本能で察したのだろう。畏怖の仮面を貼りつけた自動人形たちが、狙いの定まらない光矢と共に罵詈雑言をこちらへ乱射してくる。…思わずボクの口の端も、吊り上がってしまうというものだ。そんな仮面を見せられたら、ついボクも嗜好に興じたくなってしまう。
「今回は魔力充填率を下げてあげようじゃないか。キミたちを燃滅させる程度なら、5%でも充分お釣りがくるさ」
時折こちらまで届く光矢を有り余った魔力の壁で弾きながら、杖の先端に規定量まで貯まりきった光焔が空気を焼く音を聞く。これが、女帝の仕事の合図だ。
その音に紛れて、背後で床を踏み抜く音がした。まるで、投擲者の殺意を隠すようにーー。
「せいッ!」
風を切りながら、長棍が真っ直ぐに飛んでくる。それこそ、途中に障害物がいようがお構いなしに自動人形を貫く気らしい。
だが残念ながら、その程度の速度ではボクの背中に風穴を開けるには不十分だ。そもそも避ける事だけなら容易い、狐面はしっかり女教皇ちゃんを視ているからね。…幻の舌打ちが聞こえた気がしたけど、今は深く考えないようにしようか。
それより問題なのは、杖先で出番を待っていた光焔だ。ボクの言葉に呼応して一直線に自動人形を焼こうとするあまり、投擲物まで燃やしかねない。かと言って、ボクの攻撃が光源として機能しなければ意味を為さない。更に言えば、投擲物より上空から放つ光焔を、自動人形たちを狙っているかのように見せなければならない。
これが、彼の考えた打開策である。よく考えなくても再考するべき?ボクもそう思う。何故細い針穴に糸をいくつも通したがるのか理解に苦しむと、誰もが手頃な台を叩き割りたくなる焦燥感に苛まれるに違いない。
だから女帝は、それら全ての要望に応えてみせよう。その為の奇蹟…女帝の力なのだから。
「タイミングは…ここだね」
迫りくる長棍に合わせ、宙を蹴り上げる。まさか避けられるとは思わなかったのだろう、驚く女教皇ちゃんの表情がとても可愛らしい。
…おっと、呆けている訳にはいかない。まだボクらの仕事は残っている。
「照射」
宙返りのまま杖先に溜まっていた魔力の拘束を解き、光焔で活動範囲が狭まった自動人形に魔力の嵐を襲わせ、行動制限を突きつける。するとどうだろう、自動人形の防御壁が2枚であるのに対し、こちらの攻撃札は一体いくつ存在しているのか。
「嵌められたわい…!」
こちらの意図に気付いたらしいが、既に自動人形は詰んでいる。なぁに、先ほど女教皇ちゃんにしていた事を、キミたちが追体験する楽しいイベントだ。存分に、その身で味わってくれたまえ。
一手目、長棍の一撃。それは光の壁と衝突し、一気に二重防壁が瓦解する。…かなり勢いをつけたね、女教皇ちゃん。本気でボクを誅するつもりだったのかな?
二手目、同時に三手目。勢い止まらぬ先の長棍と、女教皇ちゃんの突撃。二手目は流石の自動人形、ただの直線攻撃はどうにか回避できたようだ。
「あの女の攻撃、どうなっておる!?」「この光量で我々にダメージがない筈が…!」
おっと、先にネタばらしされてしまったか。…そう、この二手目と三手目の布石が女帝の攻撃だ。
『追憶の幻新星』、広範囲における光焔撃ーーそれの幻影である。そもそも新星の方を撃っていれば、まずこの教会が拠点として機能しなくなる。それを避ける為の選択だ。
なら先ほどまでの、彼らを焼却つもり満々だったボクの独白は一体何だったのか、だって?…白状すると、背中の殺意で考えが変わったのさ。女神にも怖いものはあるんだよ。
ついでにこれは、二人に対する補助でもあった。彼の打開策には、そもそも欠落が多すぎる。その策を補う攻撃役の増員は必須だ。
ボクだけでは、いずれ制限時間の都合で攻め手が欠けてしまう。けれども、ボク以外に遠距離攻撃への対策ができない面々が集まってしまっている。近距離しか有効打がないのは致命的だが、逆に言ってしまえば距離の問題さえ解決できればどうにでもなる。地理的に優位に立てる条件がある事も幸いした。
そう。女教皇ちゃんと隠者ちゃん、二人の得意距離へ如何に無傷で運ぶか。それが、ボクが制限時間の中で求められた動きだったのだ。
「な、何じゃと…。急に、力が」「抜けて、きた…!?」
…そろそろ時間か。ボクもそろそろ、身体を維持できなくなる。尤も、ただその場から消失するだけのボクと違って彼らは力を使い過ぎた。気の毒だが、四手目でフィニッシュだ。
長棍が地下への抜け道とすれ違う。長棍だけでは細すぎる影も、その瞬間だけは大きくなる。一瞬さえあれば、抜け道で準備していた隠者ちゃんの影纏いも十全に扱えるだろう。
「この女と一緒に戦うのは嫌だって言ったのに、あのオジサン…!」
「これでトドメです、ファルス様」
三手目の女教皇ちゃんの突撃と、四手目の隠者ちゃんの奈落からの出現が、自動人形の眼前で重なる。
彼らの本からは、タロットからは、既に力が失われている。彼女らの拳と脚を防ぐ手段は、もう無い。
「貴方様の罪、濯ぎ直して差し上げますッ!」「墜ちろッ!」
女教皇ちゃんの打ち下ろす拳が、隠者ちゃんの踵落としが。自動人形たちの信仰心と共に顔骨を砕いた音がした。
●ところでマイティ、どこに行ったん…?
前回の光焔の雨に降られた影響で、礼拝堂で伸びています。根本的に光に弱いみたいなので、仕方ないですね…。
●「追憶の幻新星」
光焔の洪水を一つの束にして、それを照射する”ヤツヨ”の最大攻撃ーーの幻バージョン。幻ではない場合は「追憶の新星」となります。
今回の幻バージョンは、自分の魔力を使ってただ単に相手に光を与えるだけです。攻撃性は皆無、ただし明度はバッチリなので影なんかはクッキリと現れます。
影が欲しそうな人との相性は、実はバッチリだったりします。
●偽物老司祭たち、結局どうなったの?
ヒロインちゃんとソレイユに殴られ、蹴られた後は縄で縛って牢屋にPON…しようと二人は思っていたようですが、無茶な「法王」の使用によって命を落としています。
主人公君に「タロットを無理に使うとこうなるぞ」というチュートリアルにしようと考えていましたが…残念無念。




