第2章20「兵の夢痕6」
唐突に突きつけられた時間を有効に使う為というより、焦りに満ちたオレの心を鎮める為に、オレたちが置かれた現状を整理してみようと思う。
前衛、レイラさんと女神様。特に“ヤツヨ”は、拳の治療に専念しているレイラさんの代わりに、老司祭たちの強大な光攻撃を防ぐ壁役を今は担っている。
しかしその時間も永遠ではない。3分間という短すぎる制限があるのだ。更には時間経過中、オレの体力精神力がゴッソリと奪われていく欠点付き。その間に、何かオレにも出来る事を探さなくてはならない。
…流石にこれ以上、悠長な思考潜航はしていられない。名残惜しいが、これで現状把握は果たしたものとしよう。
「どうするのよ、あれ。あの怪力聖女サマの恩恵ですら防ぎきれない魔力、あたしたちが少しでも触れたら一瞬で蒸発よ?」
「だからト言ッテ、あの二人に背を向けレバ危険ダ。…あれハ、二人と呼ぶべきなのカ?」
後衛に回った方に目を向けると、手持ち無沙汰な寝返り組。オレからしてみれば強力な恩恵を持つ彼らの視点でも、女神様たちの目の前の異次元な戦闘っぷりには入り込む隙が無いらしい。
けれどもこの二人を3分間、無駄に遊ばせているのも勿体ない。何か、彼らにもできる事はないだろうか。
「女教皇ちゃん、キミも一度下がってくれたまえ。それとも、その不完全な拳でボクの攻撃も無効化してみるかい?」
「言葉が多い方は嫌われますよ」
鋭く睨みながらも、レイラさんも”ヤツヨ”の忠言に従って後方に退いてきた。手の怪我が余程酷かったのか、表情は芳しくない。
…もしかして、今の思考も読まれていたのだろうか。信頼できるレイラさんが近くに来てくれるのなら願ったり叶ったりではあるが。
「改めて、ボクの自己紹介代わりだ。キミたちの3分間、有意義な授業になる事を約束しよう」
レイラさんが退ききった事を認めた女神様は、不敵に笑みを浮かべて金の宝杖を構え直す。そこに何かの札を指で挟んだ右手が重なると、偽マイティとの戦闘でも見た白い光焔が生み出され、続々と球の形に整えられていく。
その札に刻まれていたのは、あのクリーム色の雲海を一望する釣堀で見た事のある柄。盾と杖、そして女性の姿が描かれた女帝の力だ。
「女帝、これがボクの持つタロットカードさ。ただし、これはこの世界の外の理で動く代物でね、いわゆるボクだけの特権…だった筈なんだが」
彼女の説明の間にも、焔がまた一つ生み出されては球へと形作られていく。一見して幻想的な光景だが、その実態は超高密度の魔力の集まりだ。瞬間でも触れれば最後、一撃死待ったなしだろう。
(いや待て、何だこの数)
それらを数える事すら放棄して久しいが、気がつけば大小様々な白い光球は、礼拝堂に集う亡者のように老司祭やオレたちを取り囲んでいた。こんなものが四方八方から降ってこようものなら、五体満足で生きていられる自信は微塵もない。
控えめに言って、命の危機を肌で感じていた。何となく、今の女神様ーー触れてはいけない気がする。
「どうにも、この技術がどこかから漏れているらしい。キミたちには是非、その出処を教えてほしいんだ」
この言葉を皮切りに、幻想的な光球は唐突に、近未来的な自己意思を持つ小型カメラの如く、オレたちの周囲を旋回し始める。
これに近い光景は、昨夜のソレイユの襲撃時に見たが、あれが児戯だったと思えるほど、光球たちが攻撃的に動き回っている。その異様な光景に、女神様の機嫌を修復不能まで損ねてしまったかのような命の危機を、オレは感じ取った。
「ふぉっふぉ、一体何の話やら。これは儂らの持つ技術、その一端よ」「それを元は我が物などと。盗人猛々しいとはまさにこの事ですな」
”ヤツヨ”の言葉を一笑に付す老司祭たちに、光球の一部がピクリと反応した。同時に、オレの意識も少し遠くなった気がする。
これが、力を吸われる瞬間なのだろう。既に一度経験しているとは言え、漫画で見た事のある表現、アレは誇張された表現ではなかったと再認識した。
正直、意識をしっかり持っていないと気を失ってしまう怖さがある。力を持っていかれる回数が増えれば増える程、オレの頭と身体が過労働疲労で強制シャットダウンしかねない。
…だとしたらあの女神様、オレの意識が飛ぶ事を計算に入れてないような気がするけど!?自分に課したルールとやら、もう破っているような気がしますが!?そこの所考慮してもらいたいのですがぁ!?
「カケル様、どうか気をしっかりお持ちください!もう少し辛抱いただければ、私の恩恵で浄化して差し上げますのでっ!」
オレの鬼気迫る表情百面相を、痛みに堪えているものと勘違いしたらしく、慌てて駆け寄るレイラさん。自分の手の痛みもあるだろうに、それを押して他人を優先してしまう辺り、彼女の性格がよく現れていると思う。
…このまま彼女に、心配をかけ続けている自分が情けない。何もできないオレがとても惨めで、歯痒くて。頼る事しかできない自分が恨めしい。
(力があればとか、そんな貪欲な事は言わない。けど、オレも何か手伝える事がしたい。何か、何か無いのかーー)
刻一刻と迫る3分の壁、命の危機、焦り。それらがオレの心臓を不規則に跳ねさせる。こうした思考の時間も勿体なく感じてしまう程に、オレの精神は袋小路まで追い詰められていた。
どれだけ老司祭を観察しても、浮かべているのは不敵な笑み。レイラさんに有益な情報をもたらせているとは、到底思えない。
(そういえば、あの老司祭たちが立っている場所って)
落胆か、諦観か。いずれにせよ後ろめたい気持ちで思わず視線を落としたその時、ふと思考の落とし物を見つけたような、小さな閃きが頭の中をよぎった。
オレが着目したのは、この場にいる全員の立ち位置。オレたちは礼拝堂の中の一番奥に位置する祭壇付近で布陣しているのに対し、老司祭たちは出入り口側を陣取っている。マイティが作ったという抜け道は、その会衆席の森の中であり、ちょうど彼らの足元には礼拝堂に現れる為に使った煙突式抜け道がある。
(地下牢、二つの抜け道。これらを巧く利用できれば、奇襲できるかもしれない…!)
オレにとってこの手の閃きは、脳の並列処理の弊害なのか即座に忘れてしまうのが常だ。だから脇目も振らず、一本の細く千切れそうなクモの糸を必死に掴み続けるつもりで再び思考潜航する。
とはいえ所詮は理想論、全てが上手くいくと仮定した甘ちゃん方程式だ。たとえそれが、針の穴を通さなければならない程の極小の可能性であったとしても、不可能でなければ一考の余地はあるかもしれないーー。
「女神を盗人呼ばわりとは、命知らずも極まったね」
具体的にどうやってその穴を通そうか悩もうとした時。オレたちの周りを監視している光球たちが、その声に呼応して空気を焼く音を一斉に立て始めた。ジジ、と何かが焦げるような、それでいて不快臭が全くしない不気味な音たちは、まるで死神たちの輪唱。
オレの思考は、その音で否応なしに不気味な現実へと引き戻される。誰がこんな摩訶不思議な現象を起こしているのか。この場にいる誰もが知っている答えへと、敵味方問わず視線が吸い寄せられていく。
「優しい女教皇ちゃんと違って、女帝は自動人形相手に説教を垂れるつもりは毛頭ない。粛々と、速やかに、破壊してあげよう」
瞬間、オレたちは光の雨に打たれる錯覚に溺れた。実際のところ光球にオレたちが当たる事はなかったが、視界を白く埋め尽くすほどの光の雨に思わず身体が硬直してしまう。
他の皆は?老司祭たちはどうなった?その疑問を晴らすより先に、足元から嫌な崩壊音が聞こえてきた。
(おいおい、まさか女神様…巻き添え上等かよ!?)
行動できる力があったとしても、既に手遅れだった。床が崩壊したかと思うと、身体が重力に従って沈んでいく浮遊感に襲われる。予期せぬ事態にオレは為す術もなく、そのまま落下していった。
●女神様の「女帝」
”ヤツヨ”の持つ女帝は、この夢世界の中でもかなり特殊。元より違う世界の住人という事もあり、より強くタロットの制約を受ける代わりに扱う力も強くなっています。
タロットによる恩恵は「夢想連結」。夢を魅せる悪い女神様らしく、他者の夢(弱点)を勝手に継ぎ接いで勝手に露呈させる…といったもの。
要するに、自分勝手に何個でも作れる弱点メーカー。例えば、炎に対する完全耐性を持っていたとしても、この女神様に掛かれば弱点貫通急所攻撃が可能となります。オニ畜生かな?
ちなみに、彼女が好んで火の属性攻撃を使用するのは、焔のように揺らめく霊魂のイメージに寄せている為なのだとか。




