第2章17「兵の夢痕3」
自動人形、それはマイティが爆撃仮面野郎を倒してほしいと切り出してきた時に“ヤツヨ”の口から出てきた単語だ。人の形をした機械かと思ったが、そんな簡単な言葉で片付けられるような雰囲気が、目の前の“ヤツヨ”からは感じられなかった。
「…つまりファルス様は、その自動人形とやらにされていると?」
「今はその可能性がある、とだけ。残念ながらボクはその場に居なかったし、彼の感覚を共有できるとはいえ、肝心な判別方法へ気を配ってはくれなかったからね」
流れ弾がこちらに飛んできたのだが、流石に理不尽が過ぎるのではなかろうか。そもそも自動人形という単語が初耳だったし、それの判別方法があるなんて尚のこと知る由もなかったのだ。
「キミの抗議したい気持ちは分かるとも。そもそも、この世界に自動人形が現れる可能性は、あまりボク自身考えていなかった事だからね」
「尚更オレは何も悪くねぇじゃねえか!?」
そもそも、オレはあの老司祭に殺されかけたんだ。そんな判別方法とやらに気を回す余裕は無かったと言い切れる。
「けれども、マイティ君…と言ったね。キミのそっくりさんを一目見た時にボクは確信を得た。この世界には、自動人形が蔓延っていると」
「確かに俺ハ、アレが偽物と判っているカラお嬢ちゃんの言葉ヲ信用しても良いト考えるガ…。他はどうかネ?」
見た目は確かに年端の行かないお嬢様だが、気をつけろマイティ。そいつは自称女神様だ、恐らくアンタ以外誰も信用の欠片もないと思うぞ。
「ーー寄り道はその程度にしていただきましょう。根拠を示してください、私が納得できるように」
レイラさんが口調を強めた。それが、回りくどい言葉で煙に撒くなと釘を刺しているようで、言葉の矛先を向けられていない筈のオレの心がヒヤリとする。
けれども実際、気にはなる。未だにその自動人形とやらの脅威が分からない事もあるが、爆撃仮面野郎のような問答の余地もない相手ばかりなら、対岸の火事と呑気にしていられない。こちらに火の粉が届くより先に、情報は仕入れておくに越した事はないだろう。…その情報発信元が限りなく胡散臭いけども。
「ではレッスン1、自動人形には必ず無いものがある。それは影さ」
早速空想的だな。生ける者すべてに影はあるもの、それが無いのなら生ける者に非ず…ってか。
この辺りは現実世界でゲームによく鍛えられただけあって、理解はそれなりに出来たつもりだ。納得するかどうかは別問題だが。
「自動人形とはつまる所、死者に対する冒涜の総称だ。影とは即ち、生きた者たちの足跡。それを使って別の人間を作る、とある世界の先進技術であり…禁忌の技術でもある」
「そんなゾンビみたいな奴が、この世界に居るってのか!?」
どうなってるんだオレの夢の中の世界。夢が無いと現実世界でも自負していたが、こんな地獄郷な世界までは望んでないぞ!?
「落ち着いてください、カケル様。仮に自動人形とやらが居るのだとして、それがファルス様と何の関係があると?」
つい思考がネガティブに沈みそうになる所を、レイラさんが遮ってくれた。…そうだ、確かにあの老司祭が自動人形とやらと繋がっている証拠はない。まだ”ヤツヨ”が勝手に展開した、夢物語の可能性だってある筈だ。
「なら、キミたちが納得しやすいよう、現実的な視点からキミたちの凝り固まった思考を解していこうか。キミたちを襲ったあのフード仮面、彼はどのような経路を使ってキミたちと接触したと思う?」
「どうって、そりゃあの地下牢の通路からーー」
地下牢の通路から来た、そう口にしようとしてオレの嫌な予想が再び動き出す。この予想が正しいのなら、確かにあの老司祭の立ち位置は怪しい。
地下牢に辿り着くには階段を使う他、この広い礼拝堂にある抜け道を使うしかない。後者はマイティが使用したと言っており、彼の行動は”ヤツヨ”自身が証人となる。この仮定が崩れない限り、爆撃仮面野郎の使った経路は必然的に前者となるのだ。
だとすると、今度は爆撃仮面野郎の視点で誰と会ったのかが重要になってくる。あの見敵必殺な性格であれば、たとえ牢屋の隅で大人しく鎮座していたとしても、「姿を見たな?では燃えるがいい」と容赦なく炎の弾に貫かれていた事だろう。
「あの老司祭、どうやってアイツの目をすり抜けたんだ?」
「…それ、は」
ふと呟いてしまった疑問に、レイラさんも言葉が詰まる。恐らく老司祭を地下牢に繋いだ彼女自身が、その疑問を強く持っている筈なのだ。即座に反論が出ない時点で、問答の勝敗は決まった。
「反論できないのなら、レッスンの続きだ。レッスン2、本体と比較すると力の質の向上や変質が認められる」
転生…と言い換えられそうだ。よくゲームや漫画でも、最初から強くてニューゲームみたいなシステムは耳にするが、それと同じ事が起こるって事か?
「キミのその認識で間違いない。…生きる者は皆、選択の連続を強いられていると暗喩される事がある。自動人形は複数周回分の選択をしている、と考えれば理解は早いかもしれないね」
「何よそれ、あたしたちが勝てる訳ないじゃない」
レイラさんの打撃の嵐をどうにかやり過ごし、力尽きて床に寝そべっていたソレイユも気怠そうに話に割り込んでくる。…汗だくの女の子がそんな無防備な格好するものではありません。レイラさんも睨んでいるぞ、そろそろ姿勢を正しなさい。
「そう悲観するものでもない。あくまで本体と比較すれば、という注釈が付くだけさ。相性の良い相手を都度ぶつけていけば、十分勝算はあるだろう」
相性勝負に持ち込むまでは耐久戦を強いられるのか。どちらにせよ、あまり遭遇したくない類のお相手だ。
「話が少し逸れたけども、本体を基にした力の派生成長をするから、マイティ君の恩恵を看破するのも容易いという訳さ」
「成程、道理でオレへの指示モ的確だった訳ダ」
マイティも納得している様子だが、煮え切らない表情を浮かべているレイラさん。言いたい事は何となく分かる気がする、「どこかで口裏合わせでもしているのではありませんか?」と。
「ちなみに見た目は本体と瓜二つだ、違いがあったとしても本当に微細にしかない。その意味では、違和感を覚えた女教皇ちゃんには素直に拍手を送りたいね」
マジかよレイラさんの観察眼スゲェ。
けれども、ここから一体どうやってレイラさんを納得させる事ができるのだろうか。眼前に現物でもあれば話は別なのだが、そう簡単にホイホイと見つかって良いものでもあるまい。
「それでは乞われたので、総括と行こうか。ご本人登場、という奴だ」
は?と思わず声が漏れそうになる。この場に、あの老司祭の自動人形が居るって?そんな都合よくホイホイ現れる筈がーー。
「…は?」
しかし、軽い気持ちで視線を下に向けた瞬間。オレの心は激しく踊り始め、その勢い余って口から声が漏れる。
オレの視線の先にあるのは、マイティが示していた地下牢へ続く抜け道2本の内の一つ。その抜け道に通ずる蓋が、つい先ほどまでは閉じていた蓋が、開いているではないか。
マイティが潜ったと言うのは、真ん中の牢へ通ずる抜け道。では、一番階段に近い牢に繋がる抜け道の先に居る人物は、一体誰だっただろうか。
「レイラ殿、儂は確かに言った筈ですぞ」
ゆったりと、ゆらりと。二人が不敵な笑みを湛えながら、礼拝堂の中に現れる。その二人に、影はない。
オレ以外の、その場にいた全員が一斉に戦闘態勢に入った。まるで、その命ない二人の殺気に当てられたかのように。
「心根は簡単には変えられぬ、と」
ファルスと呼ばれた老司祭モドキたちは、手に持つ書物を風で激しく捲らせながら、高らかに笑ってみせるのだった。
●自動人形について 2
ヒロインちゃんのような異常な観察眼を除いて、基本的に見た目・声色の判別は不可能。仕草はその自動人形ごとの特色にも拠るので、これで判別できるとは一概に言えません。
判別法はただ一つ、作中でも女神様が講釈しているように、その人物から伸びる影を見る事です。そこにある筈の影が無かったら、自動人形と決め打てるーーというのが女神様の解説となります。
…え?もしその人物が元々影のない人物だったとしたら?さて、どうしましょうねぇ…。
●自動人形の戦闘能力
こちらも作中で触れている通り、その人物の上位互換として扱われる事が多いです。長所がよく伸びて短所が隠れるのはまだ序の口、習得できる筈のない新たな能力を獲得している事例もあるようで。
ただし、だからと言って原本が全く歯が立たないかと言われたら、そうではありません。頑張って色々な手を尽くし、弱点となる属性を探り当てれば勝機はあります。
弱点を探り当てるより前に、強力な火力で焼かれないよう気を付けて…。