第2章16「兵の夢痕2」
その“ヤツヨ”の「最後の質問」で、オレは彼女が言わんとする“5人目”の正体に、ある程度の確信を持った。だが、それはこの自由神自身が潰していた可能性であり、あり得ないと自信を持って言い切る事ができる。
「どうしたんだい?まさか覚えていない、なんてオチは無いよね」
早く答え合わせをしようじゃないか、と催促してくる。ダブスタ女神様の要求通りになるのは癪だが、話を進めなければいけないのも事実。オレは頭の中で記憶を整理しながら、慎重に言葉を選んだ。
「一番手前の牢屋に、この礼拝堂でレイラさんと戦った老司祭。真ん中の牢屋は誰も居なくて、一番奥が忍者…ソレイユだ」
「ニンジャってあたしの事?そういえば最初にオジサン、あたしの事をそんな風に言ってたような気がするわね」
アンタは学校放課後の友人か何かか?つい昨夜までオレやレイラさんの命を狙っていた女の、態度の寒暖差でオレの心が風邪を引きそうだ。それと、オレの背後から言葉を被せてくるんじゃねぇ。
確か彼女の恩恵、影纏いだったか。影を伝ってわざわざオレの背後まで近寄ってきたとしたら、残された格闘姫の心境や如何に。
「このっ…待ちなさい!」
案の定、レイラさんのご機嫌斜めな表情が迫ってくる。正確にはオレの背後に回ったソレイユに対してのものだろうが、一人称視点だとオレが怒られるような構図なので心臓にとても悪い。
「こっわ、そんな性格だから男が寄り付かないのよ。少しはお淑やかさを習ったら?あ、月の国じゃそんな礼儀作法教えてくれないかぁ」
「貴女様にだけは礼儀作法を説かれたくないですね!」
取り敢えず話の腰を折らないでくれ二人とも。この辺りは歳相応というか、国のトップとその卵だと言うのなら、もう少し空気を読んでくれ…。
「キミはちゃんと空気を読めているようだから、ひとまず安心したよ。…それで?女教皇ちゃんは彼の言葉に付加情報あるかい?」
「カケル様の言葉に間違いはありません。ファルス様とソレイユ様以外、あちら側の地下牢では誰も見かけませんでした」
言葉ではオレの発言を補強してくれる一方、現実の方はオレの周囲を激しくステップを踏みながら、息一つ乱す事なく肉壁の裏に陣取るソレイユ目掛けて拳が放たれる。
まるでその様は打撃の暴風雨。二本しかない筈の腕がその素早すぎる打撃の数々の所為で、阿修羅像のように腕が増殖…したかのような幻覚が見える始末だ。
それらを回避しきるソレイユもソレイユで、巧く安全領域から出ない立ち回りをする。ただしレイラさんと違って、冷や汗を額に垂らしながら恩恵を時折使いながらも回避に専念する辺り、やはり二人の基本格闘能力はレイラさんの方が優位らしい。
両者に挟まれて立ち尽くす事しかできないオレは、正直言って生きている心地が全くしなかった。むしろしてたまるか。少しでも動いたらケバブよろしく肉を削ぎ落とされそうだ。…ついでに贅肉を落としてもらえ?HAHAHA言うじゃないかこの野郎。
「では、キミたちの辿った経路の事を考えると、その老司祭ファルスは一度その牢で目撃して以降は誰も見てはいない。間違いないね?」
「今その確認いる!?」
この薄情女神!宿主のオレが死んだらアンタも困るんじゃないのかよ!?見えているだろう、この拳と脚の台風!その無風地帯で脂汗を滝のようにながしているオレの姿も!
「間違い、ないね?」
「ないけども!」
この女神、本気でオレを助けない気だな!?今は何も仕返しが思いつかないけど、後で覚えてろよチクショウ!
「さて、女教皇ちゃん。キミが老司祭ファルスに、最初に掛けた言葉は覚えているかな?」
この礼拝堂での、レイラさんと老司祭の最初の会話?えっと、確か…。
「背が縮みましたか、でした。最初こそ、ファルス様に成り代わった不届き者だと思っていましたが…」
そうそう、背丈の事を言ってたんだった。って、ちゃんと覚えているんだその手の挑発の事も!?こりゃ、レイラさんの前じゃ迂闊な事は言えないーー。
「…ん?ちょっと待ってほしいレイラさん。あれって挑発の言葉じゃなくて、本当に背が縮んでいたって意味だったの!?」
思わず話に割り込んでしまったオレの疑問も、尤もだと思ってほしい。中身は同じなのに、身長だけが僅かに違っていた?そんなミラクル双子がこの世に居てたまるか。というより、ほぼ見間違いに近い誤差じゃないのか!?
「人間は背が縮むようには出来てないんだ、あり得ない!歳を取れば骨と骨の間が縮んで小さくなるように見える事はあるけど、あの老司祭って見た目はそこまで老けてなかった筈だ!」
もしこの自然の摂理とも呼べる常識が覆るとしたら、簡単に考えられる反証は身体の構造そのものが変わるレベルの変異が起こった…くらいだろうか。オレの頭の固さ、知識不足がもどかしい。
けれども、いくらオレの夢の世界だからって荒唐無稽な話で済むような、お茶目な内容では決してない。せめて、レイラさんの見間違いであってほしいが…。
「いえ、残念ながらあれはファルス様でした。何度もあの方と顔を合わせておりましたので、身長も顔も見間違う筈ありません」
そんなオレの願望も虚しく、彼女はあっさりとオレの言葉を否定してきた。それ故に、レイラさん自身も今の自分が紡いだ言葉に疑問を持っているらしい。
「だからこそ、何か知っていそうな貴女様には聞かなければなりません。あのファルス様は一体、何の実験の被検体にされたのかを」
…そうか、人体実験の線もあるのか。年齢退行の薬とか、漫画でも描写される事が多いんだ。あの老司祭にその手の薬を投与されていたとしてもおかしい話じゃない。…オレの夢の中の世界、本当にどうなってんだよチクショウ。
「何の実験の被検体か、という質問にはこう答えよう。”本人と入れ替わる実験”と」
「まさか、ただの入れ替わり!?確かにあの方の声も、使われる光術もファルス様のものでしたが…。そんなファルス様そっくりな人間が他にいると聞いた事がありませんし、見た事がありません!やはり貴女様の言う反証を通すのは、無理があります!」
レイラさんの言う通り、同一人物同士の入れ替わりなんてあり得ない。少し頭を使えば分かる筈だ、クローンのような技術でもなければそんな芸当は不可能。そう、不可能な筈…。
「成程、多少の誤差はあれど外面と内面が一致しているから他人の空似はあり得ない、と。キミの主張は尤もな話だ、通常ならば疑う余地もないだろう」
けれども、何だろうこの胸騒ぎは。常識をひっくり返す事に快感を覚えていそうな女神様の口振りは、まるで常識の外を知っているかのような。
そして、レイラさんの疑問に答える”ヤツヨ”の言葉は。
「その条件を満たす存在をキミたちに一つ提示できる。それが他者の生き写し…自動人形と呼ばれる、人の形を模した人ならざる者たちさ」
これから先、何度もオレたちが向き合っていく事になる呪いとして、容赦なく突きつけてきた。
●”5人目”の正体、自動人形について 1
複数人常駐している筈の「黎明旅団」のメンバーが礼拝堂に居なかった事、本人の身長と比べて若干小さい事。なのに声も技術も本体と同じ物を持っている。等々…。
これらを結び付ける為に必要な単語が、「自動人形」となります。ただし、この呼び方は女神様がつけただけであり、夢世界内では「人形」と呼ばれる事が多い様子。流行らせたかったのだろうけど…人望無いなぁ、女神様。