第2章13「女帝の気紛れは焔をも殺す」
薄暗い通路を灯していた光は、暴力的な緋色の雨に撃ち抜かれて消え失せた。光源を失った筈の空間は、しかし未だ元の明るさを維持している。奇しくも、その緋色の雨によって。
「オラオラァ!燃えろ燃えロォ!!」
爆弾生命体は未だ健在だ。あの野郎をこれ以上好き勝手させたら、もう誰の手にも負えなくなる。再起不能にしてでも、あの厄介者にはこの場から早々にご退場願わなければならない。
「キミの交友関係にあまり口出ししたくないけど、一度良く考えるべきだったね」
「オレとアレが肩に腕を回すような関係に見えるってか?」
だとしたら思考回路バグってるぞ自称女神様、一度レイラさんの恩恵で治してもらいなさい。
とはいえ、相手は壊れた機械のように笑い狂いながら、一歩ずつ確実にこちらに歩み寄ってきている。非常に残念だが自由神へのレイラさんの折檻は、後のお楽しみという事にしておこう。
「せやァッ!」「このッ!」
レイラさんと忍者女も、これ以上接近させまいと同時に拳と脚を繰り出していく。だが、二人とも連携の「れ」の字もない攻撃を繰り返すばかりで、お互いの攻撃を邪魔し合っている。
「あんた、あたしの邪魔しないでくれる!?」
「ソレイユ様の回し蹴りがこちらまで巻き込もうとしているからでしょう!私も我慢せず、あの仮面ごとソレイユ様の脚を叩き壊しても良かったのですが!?」
「はァー!?あんたの拳で壊れるほど柔な鍛え方してないんですけどー!むしろあんたの腕ごとへし折ってやりますけどー!?」
「言いましたねソレイユ様!何なら今ここで試しますか!?」
冷蔵庫のプリンを奪られた姉妹の喧嘩か何かか?敵を目の前に何やってるんだ二人とも。
とはいえ、二人のお陰で多少なりとも爆発魔の移動速度が落ち着いている事から、全くの無駄という訳でもなさそうだ。これで連携が取れていれば簡単に制圧できるかもしれないと思うと、つい展開の焦れったさを感じてしまうが。
「…一度、良く考えるべきだったね?」
「勝ち誇った顔を浮かべながらこっちを見るんじゃねぇ、繰り返すんじゃねぇ!命が掛かってるんだぞ解ってんのか!?」
感情を刺激されてつい大声になってしまったが、実際その通りだ。レイラさん然り忍者女然り、それぞれ命を狙われる理由がある以上、余裕綽々とした表情を浮かべている現状は少し個人的に思う所がある。
そりゃオレみたいな、何の恩恵もない木偶の棒が何を言っても響かないだろうけども。切迫した現実くらいは、しっかり見てもらいたいものだ。
「ならキミ、ボクに女帝の力の解放をしろって言うのかい?それなら確かに一瞬でこの場は収められるけど、お勧めはしないよ」
「できないとは言わない辺りがアンタらしい気がするよ。いや実際できそうだけどさ」
「まずこの建物ごと、下手したら村ごと焼き尽くす所から始まるけど、良いんだね?」
事態を収める規模が違った。冗談だろ?と視線で訴えてみるが、返ってくる女神様の目が冗談ではなかった。それに、この女神様なら何となく今の世迷い言を実現できてしまいそうな予感がして、イエスと口軽く言ってはいけないと理性が咎める。
確かに現実に向き合えとは思ったが、地図上から村を消すレベルの暴走は逆にストップを掛けざるを得ない。そもそも、そんな攻撃を間近で放たれたらマント野郎より先にオレが灰になるだろう。
「今のボクは、後方支援が華の魔法使い。キミの希望に沿いたいのは山々だけど、このまま無差別に攻撃したら、あの女教皇ちゃんから要らない敵意を貰いそうでボクも困るんだ」
まるで本職は接近戦です、とでも言いたげだな?接近戦もでき、魔法も村消滅クラスのものがポンポン撃てるとか、どこの世界のラスボス設定だアンタ。
そんなものをオレの夢に棲まわせるのは、オレの精神衛生上大変よろしくない。そんな奇人の攻撃に他人を巻き込むような真似も、大変よろしくない。
「まぁ確かに、レイラさんを攻撃に巻き込むのは良くないーー」
「ソレイユを巻き込むのも良くないとは思わないのカネ?」
「なッ!?」
思わず呟いたオレの耳元で、囁くような声が鼓膜を揺らす。身の毛がよだつ思いをしながら反射的に振り返ると、そこには武器であろう長い棍を杖代わりにし、腹を痛そうにさすりながら立つマント野郎が立っているではないか。…いや、同じマントでもこっちは恋愛脳野郎か?見た目も声も全く同じなので、正直見分けがつかないな。
「驚いた。キミ、あの女教皇ちゃんの腹打撃を貰ってまだ動けたのか」
「容赦ないヨネ彼女、知ってたけどサ。…あの偽物を倒したイ、手を貸してくれないカ」
言ってる事は格好良いかもしれないが、残念ながら当人の見た目がボロボロでは説得力に欠けるというものだ。そもそも信用して良いのだろうか、この恋愛脳野郎を。
「ボクからは特に何も。思えば最初から、ボクに対する殺意という殺意が無かったように感じたね」
「それは最初に言っただロウ、俺はやり合う気がないト」
ともかく、女神様のお眼鏡にはかなっていると。決めるのはオレの心ひとつ、ということか。
ならば腹を括れ、爆弾ならもう既に一つ抱えているだろう。今更もう一つ増えたくらいで日和ってるんじゃねぇ。
「分かった、協力はしよう。だがーー」
「それだけど、ボクから聞きたい事が別に出来た。それに答えてくれるのなら構わないよ」
突然話に割り込むな自由神。でも正直、この手の搦手は苦手だから助かる。さて、一体この女神様はどんな情報を引き出してくれるのやら。
「自動人形。この言葉に、キミは聞き覚えがあるかな」
…ジドウニンギョウ?はて、そんな言葉オレは聞いた事がない。ロボットなら現代に大量にあるし、そもそも人形と呼称するからには、それは人間形態なのだろう。そんなものはまだ数が少ないし、それが大量に流通するとしたら更に未来の話になる。
恋愛脳野郎も同じく、首を傾げるばかりだ。この夢世界の中でも聞き慣れない言葉らしい事が、女神様の質問の意図を未だ汲めないオレにも解った。
「そうか、今の反応で十分だ」
オレたちの反応を見回した”ヤツヨ”は、何やら思わせぶりな表情を浮かべるだけ。期待が外れたような落胆ーーそんな表情にオレは見えた。
「では、追加して彼を決して傷つけない事。それを守ってもらえるなら、これからキミに協力しようじゃないか」
「…感謝スル」
だが、それも一瞬だけ。あっという間に表情が切り替わり、元の不敵な笑みを浮かべる女神様は、恋愛脳野郎にこちらの都合を体よく押し付けた。…あの忍者女といい、この恋愛脳野郎といい、他人を簡単に信用し過ぎじゃないか?
「では簡単な仕事を任せようじゃないか。キミはこの距離から、あの偽物に向かって炎の弾を撃つんだ」
「何故、俺がそれを出来ると知ってイル?」
「その解説も後でしてあげようか。今は威力を最低限に抑えて適当にばら撒いてくれればそれで良い。後は、ボクがやろう」
色々突っ込みたい、突っ込ませろ。まず当たり前のように他人の能力を看破してるんじゃねぇよ女神様。今のこの会話、手の内を見ていないのに恋愛脳野郎の切札を見抜いた、みたいなノリだったじゃねぇか。
そもそもこの恋愛脳野郎も、マント野郎よろしく炎の弾をばら撒く事が出来るのかよ!?いや、確かにこっちの通路でずっと相手をしていたって話だから、知っててもおかしくはないとは思うけども!それを馬鹿正直に、たった今不戦協定を結んだばかりの見知らぬ相手にバラすか普通!?
「…炎舞」
訝しみながらも、恋愛脳野郎が長棍を振るって炎の弾を生み出す。威力はしっかり抑えているようで、特にレイラさんたちが被弾しないよう攻撃密度を調整しているらしい。
「さて、後方支援が華の魔法使いと先ほどボクが言った時、キミはこう思ったね?本職は接近戦か、と。ご名答、ボクには前衛職の適性がある」
“ヤツヨ”がこちらをチラリと見ながら、オレの疑問に今更答えてくれる。「それがどうした」と言葉にするより先に、彼女は行動を始めていた。
恋愛脳野郎が放つ炎の弾に隠れるように、”ヤツヨ”が追走を始めたのだ。…おい待て、先行する炎の速度に追いつくぞ!?どんな脚力してやがるあの女神様!
「接近さえしてしまえば、タロットを起動するまでもない」
炎の弾の中で金の宝杖を構え直し、そこから飛び出した“ヤツヨ”は、レイラさんたちのバラバラな打撃の隙間を掻い潜り、爆発魔の懐へと潜り込む。
「なッ」「は!?」
思いもよらなかっただろう“ヤツヨ”の奇襲にレイラさんたちが驚く最中、女神様の宝杖の一突きが爆発魔の身体の中心を深く刺さる。同時にレイラさんたちを、光の斥力をもってこちら側へ突き放した。
「浄化が、できない!?」「いきなり何よあいつ…!」
その場に耐えたくても、愚痴りたくても二人の頑張りと抗議は虚しく空振る。レイラさんがオレの傍に吹き飛んだ事を見届け、しかし休む間もなく“ヤツヨ”の攻撃は続く。
爆発魔が体勢を立て直すより先に宝杖を押し込み壁へ縫い付けると、杖の先端にあった珠が淡く白い光を周囲に滲ませていく。
「ぐ、ゥ」
「キミはここに居てはならない存在だ。慈悲は無いし、仮にあったとしても既に品切れだ」
あの光には覚えがあった。変装した忍者女の正体を見破った時と似ている気がする。
そういえば、オレが興味本位であの光に触ろうとした時、”ヤツヨ”は何と言っていただろうか。
「こ、ノ…」
「キミの敗因はただ一つ、時間を掛け過ぎた。これ以上、キミの相手をしたくなかったんだ、すまないね」
今まで四方八方に炎の弾を飛ばし続けていた余裕はどこへやら、一連の女神様の動きに全くついて来られなかった爆発魔が必死に抵抗する様は、まるで子供の駄々だった。
白光を灯す宝杖が、更に強く力を籠めていく。オレの中で嫌な予感が、更に深まっていく。光には熱があり、それが一点に集中すればどうなるかは明白だ。その光景を見たくなくて、オレはつい目を逸らした。
「俺ハ、聞いてなイ、こんなヤツが居る、なんテーー」
「『追憶の裁定者』」
宝杖から放たれていた清らかな筈の白い光が、重く束になって爆発魔の身体を一点に貫く。次第にその束が太くなり、最終的にその身体は光に呑まれてしまった。
悲鳴なんてものはこの地下牢には響かない。まるで誰も最初からそこに居なかったかのように。
薄暗かった筈の地下通路を照らしていた白い光が消え、元の世界の色を取り戻した頃には、爆弾生命体は壁に焦げた影を残すだけで、忽然とその場から姿を消していた。
…それが追手の最期だと気がつくのに、そう時間は掛からなかった。
●レイラとソレイユの共闘
混ぜるな危険、放っておいたら事故を起こす原因になるぞ!…というチュートリアルです。
二人の不仲の原因の描写は未来の私にお任せするとして、この状態の二人に戦闘を最後まで任せてしまうと、高い確率で死に繋がります。
二人を同じ戦闘に立たせる場合は、監督者を置いてあげましょう。主人公君、胃薬の準備は万全か!?
●「女帝」の解放程度で村一つ無くなるとか、女神様とはいえ盛り過ぎじゃない?
ところがこちら、真実です。女神様が本気なら夢世界ごと焼き尽くせるでしょう。
…とはいえ、そんな事をしたら居候先の主人公君の心は真っ黒焦げ。死んだ心には居候できないので、自らの首を絞める選択だと女神様も承知しています。
理性が飛んだり、彼女の目的に合致しない限りは、まず彼女の本気は作中で描かれる事はないでしょう。
因みに、女神様は炎属性に分類されます。水の恩恵持ちには本来のポテンシャルが発揮しにくいみたいですよ。
●自動人形って?
”ヤツヨ”のいた世界における人造人間の事。彼女のいた世界では、死人の身体を再利用して作られたのだとか。
自動人形はいわゆる「2回目以降の生」。様々な事項を学び吸収する性質があり、身体は生前より頑丈になるだけでなく、精神によって様々な「2回目以降の生」の特典を受ける事ができます。強くてニューゲーム、のイメージでしょうか。




