第2章12「焔の隣人9」
想定外の現実を目の当たりにして、オレは頭の痛い思いをしていた。ついでに心臓が嫌な音を立ててうるさい。そもそも、動揺するなという方がおかしい話だ。
オレたちを襲ってきた、見た目そっくりな刺客…それの二人目が存在していたのだから。
「お嬢ちゃん、よくあの部屋から抜け出せたネ。おかげで助けに行く手間が省けて助かったヨ」
「……」
忍者女の警戒も尤もだ。口封じの為に来襲した、見た目瓜二つの既知に化けた相手が。まるで孫に挨拶するかのような気軽さで話しかけてくるなど、誰が予想できようか。
そう言えばさっき、「抜け道を教えてくれた盗賊頭がいた」って言っていた気がするが、まさかコイツが本物の盗賊頭だったりするのか…?
「えっト、無視されるような事言ったカナ?」
「惚けないで。あたしを殺そうとした癖に、今更そんな演技をされて、またあたしを騙せると思う!?」
厳しい口調で目の前のマント野郎を口撃していく忍者女、その鬼気迫る剣幕に思わずマント野郎がたじろいだ。よほど精神的なダメージが大きかったのか、「グレられた…」とブツブツ呟いている。壁と同化しそうな程に蕩けている今の彼の様は、最早芸術の域に達していよう。
だが、その様を見てオレの心の中でも忍者女同様に混乱が広がっていく。…あまりにも、先ほどまでの人物像とかけ離れているのだ。先の抜け道の事を、この忍者女に教えていたらしい事と言い、他人にしては異常なまでな心配ようと言い、ヒトメボレとかいう都合の良い感情を拗らせたにしてはあまりにも度が過ぎる。
「“ヤツヨ”、答えてくれ。今までアンタたち、ここで何をしていたんだ?」
とはいえ、このまま推定恋愛脳野郎を責め立てても埒が明かなさそうなので、質問先を公正確実に答えてくれそうな女神様へ軌道修正してみる。
「キミと女教皇ちゃんがここを出て行ってから、ボクはずっとこちら側の地下に居たよ。途中から現れた彼の相手をし始めて、現在に至っている。その間、彼から目を離す事は無かった。…これで、キミが聞きたい事に答えられたかな?」
丁寧な回答をありがとう女神様、お陰で混乱がより深まったよ。
すると何か。この恋愛脳野郎、最初から分身を作っていたのか?何の為に手の込んだ真似を?と聞かれたら、正直分からないけども。
一方は殺しに、一方はこうして過保護な。分身と言うのなら、思考とか目的も同じようなものじゃないのか?別思考に作られるのだとしたら、分身というよりーー。
その時、何かが盛大に崩れ落ちる音が地下牢中を響かせた。ガラガラと聞いていて不安になるそれは、まるで壁に積まれていた石が崩れたような音。まさか、あの仮面マント野郎が炎の弾を乱射しすぎて手あたり次第に攻撃し始めたのか!?
「カケル様!ご無事です…か」
オレの危機を察したかのように、隠し通路を全速力で通り抜けたと思われる速度のまま通路の壁へと突っ込み、レイラさんがこちらまで三角飛びを披露しながらやってくる。長いスカートでよくあの身体能力が引き出せるものだと、緊張感が張り詰める中でつい感心してしまう。
…が、オレの安否の確認が終わると、その先に立っていた恋愛脳野郎が視界に入る。その瞬間、レイラさんの思考が真っ白になったらしい。彼女の表情の変遷から、オレたちが受けた衝撃と同じものを共有できたらしいと解った。
「え、っと。取り敢えず殴ります!」
「君ってそんな物騒な思考回路してたカナごぶぁ!?」
あっという間にたじろぐ恋愛脳野郎との距離を詰めたと思うと、その腹に光の拳一閃。大の男相手に見事なお仕事です格闘姫。
「うわぁ…」と声を漏らしながら、オレの隣にいる忍者女も引いた表情でその様を眺めている。…アンタも似たような事はできそうだよな、というツッコミは敢えてしない。今まともに腹に蹴りなんて入れられたら、すぐに起き上がれる自信は無いからな…。
「女教皇ちゃん。気持ちは分からなくもないが、まずは彼の防衛を。その様子だと、まだ居るんだろう?」
「えぇ、まだ仕留めていません。…申し訳ありませんカケル様、もう暫くはお下がりください」
「わ、分かりました!」
レイラさんの言葉に肩をビクリと震わせ、そそくさと女神様のいる地上に昇る階段の方へ足を向ける。その直後、轟音に似た爆発と共に岩が牢屋ごと破壊しながら吹き飛んできた。
「逃がさんゾォ!!」
巻き上がった砂煙の中央、そこに風の通り道を作るかのように何かが突っ切ってくる。その正体は、炎の弾を周囲に纏わせてなりふり構わず全方位に爆撃していくマント野郎と、今更説明する必要もあるまい。
…というより、コイツ爆弾生命体かよ!?起爆パンチはやろうと思えば出来るけど、ファイヤーダンスはまだ無理だぞオレの技術じゃ!?勿論、ゲームの中の話だけどな!
「オジサン、早く走る!あんたがこの中じゃ一番の雑魚でしょ!」
「そうだけど言い方何とかならない!?」
口を動かし、足を動かし、必死に爆弾魔から逃げる。伸びた恋愛脳野郎を飛び越え、女神様の横を素通りし、いよいよ地上への階段へ。
「『地雷海』、起動」
その階段の一歩目を踏もうとしたその時、後ろから嫌な詠唱が聞こえてきた。身体が急ブレーキをかけ、踏面へ足をかける事を我慢。前へ倒れないよう逆に後ろへ尻餅をついて、事なきを得た…気がした。
「はッ、はァッ、ふゥーッ、…」
脂汗が止まらない。呼吸が乱れて鎮まらない。頭が割れそうなほど痛み、まるで幻聴が聞こえてくるような感覚の違和に、悪循環が止まらない。
この先を進んではいけない、そんな予言めいた言葉がオレの脳内で反響する。幾度と脳内を言葉がぶつかった頃、何となく理解できた事があった。
(あのまま進んでいたら、間違いなく死んでた…)
原理はよく分からないが、これまで炎の弾を幾度も飛ばしてきていた事や、着弾した後の爆発具合。そして『地雷』という、現代で聞いた事のある言葉から、オレの中である仮説が浮かんでくる。
「オジサン、良い判断ね。このまま階段上ってたら、行き先が地上より高い所になってたわ」
オレのすぐ後ろを走っていた忍者女も、その階段を上らず踏面を睨んでいる。…見た目の職種的に解除できそうな忍者女が、いの一番に推定地雷の解除を試みない事を考えると、いよいよレイラさんの浄化に頼るしかなくなる。
けれども、当のレイラさんは今も爆弾生命体と化したマント野郎と対峙している。つまり、今のオレはどこにもいけない。八方塞がりの状態だ。
「貴様ら全員、安らかに眠らせてやるヨォッ!!」
いよいよ、この場で戦わざるを得ない予感がする。レイラさんを始めとした面々にはこのまま頑張ってもらい、その間オレは上手く隠れなければ、あの炎の弾に燃やされるだろう。
いつの間にこんなデスゲームチックな世界に、オレは迷い込んだのだろうか。ほんの少しの非日常を願っていた過去の自分を、助走をつけて蹴飛ばしたくなった。
●「グレられた…」
ソレイユが教会の下見の為に潜入した際、何かと面倒を見ていたのがこの仮面マント男。まるで妹のように甲斐甲斐しく抜け道などの秘密を暴露する様は、「面食い野郎」「幼女専門執事」などと揶揄されていたようだ。
故に、溺愛に近い感情をもって接していた仮面マント男にとって、ソレイユからの拒絶は何より耐え難い言葉のナイフ。あらゆる場面において、ほぼ一撃で致命傷となります。
●爆弾生命体…起爆パンチ、ファイヤーダンス。さては貴様、新作プレイしているな!?
はい、発売日当日からプレイしております。お城作り楽しい…。
仮面マント野郎の『地雷海』は、このシリーズの過去作品、とあるキャラからイメージをいただいています。当時の作者自身のトラウマ、という奴ですね。
その名前の通り、一度踏み込んだ爆弾から足を離すと起爆します。これが複数個、火の魔法属性で襲ってくる設計です。
当然、主人公君が巻き込まれたら即死、頑張って避けましょう。なお、仕掛けられた場所は主人公君にも見えないので、直感を信じるしか攻略法がない模様。




