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夢渡の女帝  作者: monoll
第2章 眠れる森と焔の夢
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第2章11「焔の隣人8」

 助けてほしい、その言葉と今までの会話の噛み合わせが悪くて胸やけを起こしそうな中。取り敢えず直近で気になる疑問を解消すべく、試しに忍者女かのじょへ質問を投げてみた。


「助けるって、今この鎖を外そうとしてたんだけど?」

「その意味じゃないわ。そもそもこの拘束具、こうしてオジサンが影を作ってくれてるから、今なら簡単に壊せるし」


 つまり何か?今までのこの会話中にも、脱出しようと思えば脱出できたって事か!?

 何故早く壊さなかったんだと、思わず忍者女に詰め寄りそうになるが、今はグッと堪える。ここで時間を浪費したところで、見るからにる気スイッチをキメているあのマント野郎が大人しく、オレたちの口論の決着を待ってくれるとは思えないからだ。


「詳しい事は…どうせあの女が後で説明してくれるし、邪魔が入らない内に返事だけ先に聞こうかしら。あたしを助けてくれるか、くれないか」


 いや今説明して?流石に判断材料ピースが足りなさすぎる。こちとら状況を爆速理解できる名探偵でもなければ、心が読める女神様でもないんだ。せめてもう少し考えるヒントが欲しいんですけど!?

 とは言え、こちらも脱出の為に状況を急いでいるのは確かだ。現状打破の為、多少のリスクくらい今は目をつむるしかないだろう。


「あぁもう!ここから無事に出られたら考える!これで良いか!?」


 半ば自棄やけになって、忍者女かのじょの要求を受け入れる。時間が無いってさっきから言ってるのにこの女ァ…と、若干の私怨しえんも籠めて睨んでみたが、しかし悪戯な笑みを代わりに返されただけだった。


「良いわ、交渉成立ね。…この一時いっときだけ、貴方の剣になってあげる」


 顔を合わせて間もない仲だが、直情的と思われる忍者女かのじょらしからぬ気障きざったらしい言い回しに、思わず熱暴走しそうになった思考が一瞬冷える。それ故に、ふと気がついた事があった。


(嬉しそう…?)


 忍者女の目尻が、先ほどより下がったような気がする。ほんの少しの表情変化だったが、そこに作り物の違和感は無かった。

 安堵あんど。オレの直感は、忍者女かのじょの表情をそう読み解いた。何に安堵あんどしたのか、立ち止まって考えてみたい所だが、残念ながら今は命懸けの仕事タスクを積み過ぎている。

 …命を盗らんと襲ってきた相手を、これからどう助けていくのかはさておき。早い所この八方塞がりな状況に、ほんの少しでもいい。波紋を浮かべるような変化を作らなければ。


「それじゃ、拘束具これ外すわよ」


 そんなオレの思考を他所よそに、忍者女はオレの影に呑まれていた腕の鎖を強引に、そして盛大に音を立てながら引き千切ってみせた。…オレの夢世界の中の女子たち、パワフル過ぎない?


「ッ!?カケル様、どうしてソレイユ様の錠を解いたのですか!?」

「厄介だナ…」


 その派手な解錠音は、当然レイラさんやマント野郎の耳にも届いている。こっそり抜け出すにはもう手遅れで、二人の厄介な視線を一時的だがこちらへ釘付けにしてしまった。

 聖職者ひとりはオレへ、刺客ひとりは忍者女へ。各々の思惑は異なれど、あちら様の警戒度をいたずらに上げてしまったらしく、平時であれば頭をまた抱えていた事だろう。


「確かにこのまま防戦するよりは良い選択だとは思いますが…思いますがぁ!」

「後で謝りますから!そんな恨めしそうというか泣きそうな声出さないでください!?」


 気持ちは解らなくもない。折角拘束していた刺客を、再び戦闘で黙らせる手間を増やしたのだから。

 …いやちょっと待て。恨めしい声の中に少し、嬉しそうな表情いろにじんでいるな?後々の忍者女かのじょとの再戦に、実は今から心躍っているなレイラさん?

 嘘をつけない彼女の性格故なのか、戦闘狂チックな一面が窺えて内心ドキドキしている。…ここで言う「ドキドキ」は、戦々恐々としている意味での方だぞ。


「逃がさン」


 対して、一人シリアス真っ盛りなマント野郎は赤白く発光させた長い棍をこちらに向ける。その構え方に、オレは嫌な予感を覚えた。

 今まで対レイラさんで見せていた打撃戦の構えとは異なり、まるで小さな砲丸を撃ち出すような不思議な構え。それを向けられた瞬間、ぞわりと背筋に何か冷たいものが走り抜けた気がした。


「突っ立っていると死ぬわよオジサン!」


 避けなければと考えたのと同時、忍者女の足払いで「うおッ!?」と情けない声を上げながらその場に崩れ落ちるオレ。その一拍後、オレの胴体があった所には炎の弾が通り過ぎーー派手な破壊音を牢屋へや中に響かせた。

 …あのマント野郎、遠距離攻撃まで完備かよチクショウ!おまけにあの炎弾、丈夫そうな石壁も簡単に貫通してるじゃねぇか!


「急に足を払うな痛ぇよ!でも助かった!」

「オジサン、ひょっとして痛めつけられてよろこぶ人?」

「んな訳あるか!燃やされなかった事に礼を言ったんだよ!」


 あらぬ誤解をされそうだったので即座に否定。世の中は寛容かつ広いものだが、オレの中にそんな扉はない。

 一方、レイラさんはと言うと。こちらを庇うように警戒しながら、新しく現れたモノに視線を奪われていた。


「牢屋の壁の奥に、通路が…?」


 レイラさんが驚くのも無理はない。実際、オレも一緒に驚いている。忍者女が拘束されていた壁の後ろ、そこに隠れていた通路が顕わになり、向こう側の見慣れた豪華牢屋へやまで炎の弾が突き抜けた事が分かる。

 こうして図らずも、忍者女かのじょの話が眉唾ではない事が証明された。これで脱出口が確保できたと言って良いだろう。

 とはいえ、あの仮面マント野郎の炎の一撃はどう対処したものか。オレのような人間がまともに浴びれば、簡単に焼失するだろう事は容易に想像できる。このまま背を向けて逃げた所で、狙い撃たれない幸運に身を任せる自信がオレには無い。


「逃がすカァッ!」


 どうやら相手方にとって、この脱出口の出現は想定外だったらしい。ボゥッ、と空気を爆ぜる音と共に炎の弾が飛んでくるのだが、攻撃の間隔インターバルが徐々に狭まっていくのが解る。いよいよもって、仮面マント野郎の形振なりふり構わない全力攻撃を予感させた。


「くぅ…っ!」

 

 両手に光を集め、レイラさんが浄化の恩恵で防いでくれている。しかし所詮は数の暴力、レイラさんも次第に浄化しきれなくなり、防ぎきれなかった炎の弾がこちらを焼かんと進出し始めていた。


「こんの脳筋女、攻めさせたら無双する癖に護らせたらからっきしとか、使えないったらありゃしないわ!」

「これでも全力なのです!この場の適材適所ですし、そもそも私が遠距離戦に向かない事くらい、ソレイユ様はご存知でしょう!?」

「知ってて言ってんのよ!!オジサン焼いたら蹴り殺すわよ!?」

「その台詞、私は殴る方で返させていただきますからね!?」


 …仲が悪いのやら良いのやら。こんな命を落としかねない状況だと言うのに、やれやれと肩を思わず落としてしまう。

 一見すれば、気の置けない女の子二人がワイワイと会話するだけの流れに、男一人オッサンが混ざるのはいたたまれない気分になる。内容が大変物騒なのは目を瞑ってもらおう。

 ともかく、レイラさんの防御が機能している間に少しでも通路へ逃げ込まなければ。幸い、通路内は男一人分以上の幅がありそうだ。50メートル8秒台が人生最速だったオレでも走り抜けるのにそう時間は掛かるまい。


「すみません、レイラさん!もう暫く耐えてもらえませんか!せめて自分が、向こうの牢屋へやに辿り着くまで!」

「む、難しいと言いたい所ですが…!やって、みせます!」


 いよいよレイラさんの声にも余裕が無くなってきている。こちらの声に応えるのも精一杯らしい、ならば全力疾走あるのみ。背中をレイラさんに任せて、非戦闘員オレはひたすらに隠し通路の先を目指すだけだ。


「ちょッ、待ちなさい!」


 慌てて後ろから追いかけてくる忍者女が、あっという間にオレの横まで追いついてくる。相応の筋力差、たったそれだけの事実なのに何故かオレの心の中で一筋の涙が流れた。


(そんなにオレ、足遅いのか…)


 つい足がもつれそうになるが、どうにか転倒だけは避けてひたすら走る。

 たった十数メートルだけの通路の筈なのに。先のマント野郎の炎の弾で壊された、向かい側の牢屋へやの光がもう見えるのに。到着地ゴールが遥か遠くに感じてしまう。

 通路の暗さ故ではない。背後から迫る死の炎弾を必死に防いでくれているレイラさんを、どこかまだ信じ切れていないオレ自身の焦燥感が、確かに前へ進んでいる筈の身体から視界ひかりを奪っているのだ。


「あたしが先行するわ」


 そんな焦れた心を読んだのか、忍者女が影に潜ってオレの背中をスルリと抜いていく。…この忍者女、影さえあれば本当に何でもアリなのかよ。


「はァッ、はァッ」


 実際、向かい側の牢屋へやまで辿り着くのに3秒もかからなかった。舗装されていないとはいえ、障害物のないただの直線。無残にも壊された牢屋へやの元の入口を勢いのまま通り抜け、地上への帰還路かいだんがある通路へ躍り出る。


「そん、な」

「冗談、だろ」


 しかし、オレたちはそこで足を止めてしまった。何故かって?答えは簡単だ。


「おっと、間の悪い登場だね」

「流石の俺も、開いた口が塞がらないゾ」


 オレが目指していた出口の前に、既に先客がーー。今の今まで姿を見せなかった女神様と、レイラさんが壁になって攻撃を防いでくれている筈のマント野郎が。互いの武器を交えながら立っていたのだから。

●「あたしを助けて」

前振りからしてあまりにも怪しい文句フラグですが、ソレイユ自身からこの言葉をもらうのは全編を通して最初で最後。現時点ではあまりにも不可解なこの言葉の真意は、もっと先まで展開が進んでから関わってきます。お楽しみに…。


●ヒロインちゃん、ソレイユを解放されて感情グッチャグチャじゃない?情緒大丈夫?

ヒロインちゃんにとって、ソレイユは主人公君とある意味近しい立ち位置にいます。「敵国の賢者」ではなく、「一人の女」として見てくれる…これがヒロインちゃんの好感度を上げるコツです。

ソレイユが向ける殺意かんじょうの大部分は、裏表のない「一人の女(レイラ)」に対するものなので、恍惚に近い感情がヒロインちゃんの中に込み上がっているのです。…もしかしなくても変態か?


●50メートル走8秒台

当然、強制的に身体を動かす習慣があった頃の記録です。歳を重ねて身体が固くなり、筋量も衰えているこのオジサンにとって最早届かない過去の栄光ですね。おぉ無様…。

ちなみに、隠し通路は精々が15メートル程度。短距離にも関わらずあっという間にピチピチの女の子に追い抜かれるオジサンは、泣いて良いと思います(実際泣いてます)。

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