第2章10「水物の心」
空気を焦がす嫌な音が、発光しながら牢屋に木霊している。どうにかして牢屋から脱出したいが、入口はマント野郎に塞がれてしまっており容易には叶わない。
ならば強行突破するしかないのだが、マント野郎の長い仕込み棍のような武器が、こちらを赤と白を明滅させて睨んでいる。先ほどの打ち合いで退いたレイラさんの、真剣な表情で長棍の動きをじっと観察している辺りから、接近戦に長けた彼女であっても突破するには一計を案じる必要があるのだろう。
(何もできないオレは、せめて邪魔にならない場所に移動したいけど…)
周りを見回しても、残念ながら道はない。武器も転がっている訳もなく、ただあるのは壁に鎖で繋がれ、磔にされた忍者女だけ。
今この拘束具を外せば一緒に戦ってくれる、みたいなお約束展開を期待したい所だが、忍者女のレイラさんに対する毛嫌いっぷりから望み薄である事は言うまでもない。
「何よ、こっちをジロジロと見て」
「この鎖、どうやって解くのか気になってな」
オレの爆弾発言に思わずレイラさんの肩がピクリと動いた気がしたが、怒られるのは未来のオレに託して今は視線を合わせないようにする。
実際問題、この窮地を脱するにはこの忍者女の協力がどうしても必要不可欠だと思う。その為には拘束具から解放する必要があるのだが、残念ながらレイラさんのような恩恵がないので、力技での突破は難しいだろう。
「なぁ、君。あの怪しいマント野郎に命を狙われているみたいだし、鎖を外す代わりにオレたちと協力してくれない?」
「オジサンだけに力を貸すなら、利子マシマシで返してくれる条件で考えなくもないけど、オジサンはあの女と共闘しろって言いたいんでしょ?お断りよ、そんな事するならここであの盗賊に殺された方がマシだわ」
元々レイラさんと忍者女は敵同士、こちらの都合で共闘しろだなんて提案に乗る訳もなく。こちらの予想通りの返答に、オレは諦め半分で肩を竦める。
「一体何が君たちをそこまでの仲にさせたんだ…」
「オジサンには関係ない話よ」
ツンと顔を背けられ、いよいよ取り付く島もない。こんな状況でも気の強いお嬢様だこと、とオレも呆れてしまう。
こうしてオレたちが駄弁っている間にも、レイラさんがマント野郎との攻防に勤しんでいるというのに、オレが何もアクションを起こさないのはいただけない。今のオレに出来る事を、まずは考えなければ。
「…何してんのよ」
「いや?無理やりにでも拘束具を外そうかと」
「あたしの話聞いてた!?あの女と共闘するのは嫌だって言った筈だけど!?」
拘束具がなければ脚で滅多打ちに遭っていただろう忍者女の暴れ具合に、しかしオレは怯まない。
「ならオレに協力してくれ。さっきの話だと、君はこの牢屋の抜け道を知っているんだろう?オレはここから出たいんだ」
「…ふぅん、あの女を見捨てると。良い判断じゃない、ちょっとオジサンの事見直したわ」
レイラさんを見捨てる選択肢がオレから提示されたものと幻想したのか、忍者女の暴れ脚がピタリと止んだ。
…当然、こちらはレイラさんを見捨てるつもりなんて欠片も考えていないので、忍者女のご期待には添えられそうにない。
「馬鹿言うな。レイラさんの戦いの邪魔にならないように、今のオレにできる事をするんだよ。その為に一旦離れて行動するだけだ」
「あっそ」
現実を突きつけると、途端に機嫌が悪くなってしまった。女心は、30年近く生きていても男のオレには解らないらしい。
そんな中でもガチャガチャと拘束具を外せないか試行錯誤するが、頑丈な鎖を外すのは容易ではない。それを4本、両手両脚に付いているのだから全部を解くには骨が折れるだろう。
「仮に、仮によ?あたしがオジサンとここを出るとしてさ」
「ん?」
何か突破口は無いだろうか、と思案しようとしたその時、ふと気がついたように忍者女が口を開いてきた。この短時間で急に考えが変わったとは思わないが、耳を傾けてみる。
「報酬、用意してくれるの?」
…成程、報酬か。敵だった相手を一時的でも引き入れるには、欲で釣るのは確かに道理だ。
だが、オレもその話題が頭を過ぎらなかった訳ではない。口にしなかったのは、重大な問題点があるからだ。
「こう見えてオレは一文無しだ。何も出せるものは無ぇぞ?」
現実世界でもお財布事情が厳しいのに、突然堕とされたこの夢世界にそれらを持ち込める筈もなく。レイラさんと護衛関係が結べているのも、レイラさんの10割厚意に甘えているだけなのだ。そんなオレが差し出せる報酬なんて一体何があると言うのか。
「あの脳筋女が居ない所でオジサンの命をもらう、とかどうよ?それなら、あの女を諦めてあげる」
「その時は切り札の使い所だな。自称女神様の警備システムに頼らせてもらおう」
一瞬のきょとんとした表情の後、何かに思い当たったらしく苦い顔を浮かべる忍者女。よほどあの女神様と相性が悪いのか、こちらに舌打ちまでかましてくる始末だ。
「…あたしがオジサンと協力する利点が無くなったわ」
「メリット無くなったからって掌返してんじゃねぇよ暗殺者」
報酬に命差し出せとか意味が分からん。こんなの断って正解だ。
実際すぐに駆けつけてくれるかどうかはさておき、あって良かった女神様保険。レイラさんが近くに居なくても、当分はこの二枚舌で凌ぐ事ができそうだ。嘘嫌いらしいレイラさんの折檻が今から怖い。
とはいえ、このまま忍者女の機嫌を損ねたままでは脱出も叶わない。どうにかやる気を出してもらわないと、事態は好転しない。
「取り敢えず抜け道を教えてくれ。こっちは一分一秒も惜しいんだ」
「なら条件を変えるわ」
この期に及んでまだ食い下がるのかと半ば呆れながら、しかし実際問題レイラさんがどれだけ時間を稼いでくれるか分からない都合、いつ解放できるか分からない拘束具と格闘しつつ耳だけ再び傾ける。それにしてもレイラさん、こんな厳重に拘束しなくても良かったのではなかろうかーー。
「あたしを、助けてちょうだい」
「……は?」
拘束具が外せなくて手を休めていたという訳ではなく、ただ単純に忍者女の言葉の意図が理解できなかった為に、オレの手がつい止まる。
やっぱり女心は解らねぇ、と。たっぷり5秒掛けて、一瞬で凍結した思考を動かして呟いた言葉につい感情が乗ってしまった。
●謎のマント野郎の戦闘能力
長棍を振り回しながら、適宜炎の魔術を放つ中衛職。ヒロインちゃん等、接近戦ばかり仕掛ける面々にとっては、あまり得意ではない戦い方を好む事が多いようです。
今回の戦闘の場合は、懐に潜り込ませないよう長棍で身構えつつ、拳や蹴りが届かない所から嫌らしく遠距離魔術を撒き散らしてくるようで…。あーあ、誰か戦闘を手伝ってくれる人はいないかなー!(クソデカ声)
●忍者女の要求
主人公君が一文無しでも、頭を下げ続ければ一時的に主人公君の盾にもなってくれます。ただし、無理難題な条件を提示してくる為、下手に即断すると痛い目を見ますよ…?
とはいえ、助っ人としての彼女の存在の有無は、今後の展望に大きく関わってきます。チャンスは一度きり、果たして主人公君はそのチャンスを物にできるのか…!?




