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夢渡の女帝  作者: monoll
第1章 日常が塗り替わる日
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第1章02「ようこそ心世界へ ~入門編~」

 目を覚ますとそこは、一面がクリーム色の雲海だった。地平の果てすら雲で埋め尽くされているのではと錯覚する圧巻の景色は、しかし感動よりも先に来た混乱がオレの思考を色濃く塗り潰してしまう。

 無理もない。ふわりと優しく吹く風の心地良さも全身に感じる(・・・・・・)し、鼻孔をくすぐる甘味の香りも感じ取れる(・・・・・)のだから。


(夢の中、にしては現実味が濃い…ような)


 まるで白昼夢の中で彷徨っているような浮動感…実際意識もフワフワと霧がかかったような違和感はあるものの、それは日常茶飯事(いつもの事)なので気にし過ぎたら負けだ。ストレス社会(今の時代)、人間はこの程度の不調で音を上げる事は許されないのだチクショウめ…。


 だから今は、寝起きの脳を支配しているたった一つの大きな疑問符に、オレは意識を割いていた。


(ここは、何のゲームの世界なんだ…?)


 眼前に広がる幻想的な光景は、どう考えても現実のものではない。記憶の中にある、テレビで何度も擦られた現実の物件ネタのどれを思い出しても該当する景色はない。

 であれば、ここが空想の産物…ゲームの世界の中なのだろう、という想像は容易につく。トラックにはねられて転生するとか、先人の足跡だらけの展開(お約束)もありそうだが。


 だが、ゲームの世界と仮定したまでは良いが残念ながらオレの思考迷路はここで行き止まりだ。何故なら、雲海ばかりが広がる景色のあるゲームの世界なんて、オレの記憶の中には無いからだ。


(情報、何か情報はないか…?)


 景色で判らなければ、それ以外の材料を探すべし。幸いオレが立つ場所は地面()が固いらしく、周囲を見渡すにはちょうど良い。

 しかしぐるっと視点を水平に一周させても、雲海以外に気になる物体はない。第一村人もいないのだ、どうやって情報を得ろと言うのか。


 溜息まじりに自分の身体を見下ろし…何となく身につけている服が気になった。

 量販店で買った社会人用の白シャツと黒スーツ、そして黒の厚い生地がお気に入りのコート。何を隠そう、紛れもない普段の仕事着である。


「一体いつ着替えたんだ…。というより、ここまで現実に似せなくて良くない?」

「おや、気に入ってもらえていないみたいだね」


 思わず呟いた軽口、それに返すように女の声が背後から聞こえた。転生モノのお約束(テンプレ)に少し安堵しつつ、しかし新鮮味の欠ける展開に若干肩を落とし、オレはその声の主に向き合った。


 女の身長は150cm前後、線も胸も細く控えめな少女の髪は薄めのピンク色。全体的にウェーブがかかっており、女性らしいふんわりとしたショートヘアーにかけられた狐面が印象的だ。服はラベンダーピンクのワンピースに、空色のカーディガンを袖を通さず羽織っている。

 常に薄く笑ってこちらを見定めている姿は、確かに神様のようだと思えなくもない。しかしどこか幼さが残る顔立ちから、「見慣れないお祭りで羽目を外し過ぎたお嬢様」という評価がオレの中で定められた音がした。


「貴女は一体…」

「おっと、他人の事を知りたいのならまずは自分から明かしてもらわないと」


 …確かに、今この場で敵を作る理由がない。ここは大人しく従って自己紹介しようじゃないか。


「失礼しました。オレはカケル、とある会社で働く社畜です」

「フフ、正直者だね。その素直な心に免じてボクも正直に応えようじゃないか」


 自分が観察された後だからと、もったいぶる態度が気に食わなかったのだが…今は我慢。折角の情報源だ、ここは穏やかに話を進めよう。


「ボクは“ヤツヨ”、ただのしがない女神…そのなり損ないさ」


 “ヤツヨ”…聞いた事がない。思いつく限りのゲームの登場人物、その容姿を思い浮かべてみるが、そのどれにも目の前の少女と合致しない。単にオレが忘れているだけの可能性もあるが、「女神のなり損ない」なんて重要そうな設定が思い出せない程、オレの記憶力が衰えていると思いたくない。


「キミの疑問はもっとも。それに答えるなら、ボクはよそ者だからさ」

「!?」


 待て。この自称女神、今オレの心を読んだのか?いや女神と言うのなら、トンデモ能力の一つや二つ持っていてもおかしいとは思わないけども!というより、神様によそ者って概念あるのか!?


「キミにとって、ボクの存在は異物なんだよ。その概念で言えば、ボクの表現は正しいと思う訳だけど?」


 …心を読む事にはノータッチかよ。というより隠してないなこの態度。苦虫を噛み潰した顔で睨んでも、“ヤツヨ”は不敵な笑みを崩さない。「好きなだけ深読みしたまえ」とでも言いたげな表情に、オレの苦虫顔は更に濃くなった。


「……。それで、その女神様はどうしてオレの夢なんかに出てきたんです?」


 数秒の葛藤の末、どうせ心を読んでくれると半ばヤケになったオレは、溜息をつきながらも話を進める事にした。

 オレの話術が拙い事もあるが、この手の相手は正面から向かっていっても良い事がない。30年程度の短い人生経験の中で学んだ、数少ないオレの持ち物だ。


「なぁに、知り合いとよく似た顔を見かけたからね。つい興味本位でお邪魔させてもらっただけさ」

「えぇ…」


 他校学生交流会じゃないんだから、他人の空似という理由でオレの夢に入ってこないでほしい。というか、プライバシーの侵害とかいうレベルじゃないぞ。

 それならこちらにも考えがある。自称女神様に質問攻めしてやろうじゃないか。学の無いオレの頭がどこまで質問を絞り出せるかは咄嗟の判断力次第だが、オレの溜飲を下げる為に付き合ってもらうしかない。


「よそ者って事は、元々の神様とやらはどうしたんだ。まさかアンタ、成り代わったとか言わないよな?」

「フフ、まさかそんな無粋な事はしないさ。でも個人を視るような存在じゃないのは確かだね。その点、ボクはキミだけに興味がある」


 ありがた迷惑です本当にありがとうございます。というより夢なら早く醒めてくれ。


「“ヤツヨ”って偽名か何かか?日本人っぽい名前だけど、どう考えたって日本人じゃないだろアンタ」

「確かにボクは日本人じゃないね。でも名前をとやかく言われる筋合いはないなぁ。それとも、何かボクの()()()()()に心当たりがあるのかい?」


 …確かに、当てもなく「アンタの名前って偽物じゃないのか?」と言われて気持ちの良いものではない。この程度の言葉で済んでいる間に撤退するのが吉だろう。


 次の質問をと思ったが、オレの口から言葉は出てこなかった。また話題の地雷を踏みそうで少し躊躇したのだ。

 そんなオレの心情を察しているのか、件の女神様は表情を崩す事なく会話を続けた。


「『オレの中にいつまで居続けるつもりなんだ』…。ふむ、これは後で話をしようと思っていた事だから今はノーコメントで」


 ついには自己完結botとなってしまったか、この自称女神。読心術も行き過ぎると嫌われるんだな…。


「それと勘違いしないでほしいんだけど、ボクは傍観者という立場のつもりだ。こうして波長が合ってキミの夢に入ったのも偶然さ」

「偶然…。それなら、アンタもオレと同じように夢を見ているのか?」

「ボクが夢を見るのかと聞かれたら少し思う所はあるけど、今はそう捉えてくれて構わないよ」


 成程、つまりこの自称女神の言う「異物」という言葉に間違いはないらしい。オレのにわと混線したと言うのなら、成程よそ者と自称するのも頷ける。

 ならばさっさと出口を用意して客人にはお帰り願うしかない。押さない、走らない、喋らないも是非守ってくれ。


「ここからが本題だ。キミも願っているその出口だけど、残念ながら無いんだ」

「何を言ったかよく聞こえなかったからもう一度言いやがれこの駄女神」


 ふざけるのも大概にしろ、とオレが詰め寄ろうと踏み出した足を、まるで見計らったかのように自称女神は制止してきた。


「せっかちだねキミは。確かに出口は無い、()()ね」

「…どういう意味だよ」

「言葉の通りさ。でもまさか入口が一方通行で、その先に迷宮が待ち構えているとは思わないだろう?こればかりはどうしようもない」


 おい、他人様の夢を迷宮呼ばわりしやがったかこの自称女神――そう言いかけて、オレは思わず閉口する。

 成程、言い得て妙だ。酸いも甘いも複雑に絡み合った記憶オレの宮殿、その只中に放り込まれたというのなら、いくら神様であっても諸手を挙げるのは無理ないのだろう。


 こればかりは自称女神様が正論だ。吐いた唾は飲み込めないが、後始末は責任を持たなければ。

 それにしたって、オレの夢の中なのに出口がないってどういう事だよ…。


「それはボクも気になっていた。まるで引き籠る為に作られた欠陥迷宮だ」

「おいコラ」


 欠陥ネタはまた擦られそう(ループしそう)だったので、強制的にカット。

 今気になるのは、オレはどうやっていつも夢から醒めているのか、という事だ。現実で意識が覚醒すれば自然と夢から醒めるものだと思っていたが、もしそうでないとしたら…。


「夢は夢のまま。目覚める時は、夢を見ている本人が起きる事を望んだ時だけ…という事さ。どうやら、今のキミは現実への帰還を拒んでいるようだ」

「それは、何故?」

「流石にボクでも分からない事はあるさ。けど、夢を見たいという願望は誰にでもあるものだ。もし『見続けたい』なんて考えに至ったのだとしたら、その夢がよほど心地良いのだろうね」


 言われてみれば、そうかもしれない。毎日仕事に追われて帰宅し、飯を食って風呂に入って寝るだけの生活。そんな日々に刺激が欲しいと思っていたのも事実だ。

 けれども、それが叶ったとして。果たしてオレはそれを受け入れ続けられるだろうか。ゲームのような非日常は所詮、ゲームの世界だから楽しめるのだ。そんな非日常で生き続けていく自信は、オレにはない。


「フフ、そこまで悩まなくても良いじゃないか。キミが思うように、この夢の世界を謳歌すれば良いだけの話。案外、キミの心配するような事は起こらないよ」

「随分楽観的だな」

「ある程度楽観的な方が、生きる上で都合が良いのはキミも分かるだろう?」

「そりゃまぁ…」


 都合が悪い、とは言えなかった。この自称女神様の言う通り、()()を楽しく生きていけるに越したことはないのだから。


「さて、今のキミには二つの道がある。一つはこのままボクと永遠におしゃべりを続ける事。その場合はキミが夢から永遠に醒める事はないだろう」

「おい」


 そこは醒めるんじゃないのかよ、誰が選ぶんだよそのバッドエンドな選択肢。

思わず口を出してしまったが、自称女神様はさして気にする様子もなく、むしろどこか嬉しそうにこちらを見据えている。


「もう一つは、更に深く迷宮(この夢)に潜る事。この場合、キミが現実に帰る鍵を見つける可能性があるけど、同時に夢に迷って閉じ籠る可能性もある。勿論、夢から醒めなければ現実の身体は植物状態だね」


 こんな答えの分かりきった二者択一も今どき珍しい。むしろ、自称女神もその選択肢を推している事も表情から伺える。

 当然、オレの答えは後者だ。見知らぬ女と一生お喋りするなんてどんな拷問だよチクショウ。


「…更に深く夢に潜るには、どうしたら良いんだ」

「キミならそう言うと思ってたよ」


 オレの意志を聞き届けた自称女神様は、虚空から取り出した身の丈以上にもなる金杖で地面を強く叩く。

 その一拍後、オレの意識がフワリと浮いた気がした。まるで、夢の中なのに更に眠気が襲ってきたような――。


「そうそう、言い忘れていたよ。ボクはね、夢を魅せる悪い女神なんだ」


 そういう大事な話は最初にしやがれコンチクショウ。オレの悪態は言葉にならず、視界が真っ白に染まっていく。


「キミがどんな物語ユメを紡ぐのか、楽しみにしているよ」


 最後に聞いた女の声は、ひどく愉快そうなものだった。

ここまでご覧になっている皆さま、初めまして。monollと申します。

物語を始めたら風呂敷は最後まで畳め、を目標に頑張っていきたいと思います。…畳み切りたいなぁ。

1回分の投稿を1500字~3000字程度にして投稿していくシリーズを計画していますが、予定は未定。三日坊主にならないよう当面は書いていきたいと思います。


それでは今後とも、遅筆の拙文にお付き合いいただければ幸いです。


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●「夢の出口が見つからない」

お疲れの過ぎた主人公君の脳が、夢から醒める事を拒んでいる状態です。やっぱり廃人一歩手前の状態だったじゃないか!ちゃんと夜は寝なさい!

女神様も指摘している通り、夢から醒める為にはカケル自身が「起きたい」と思わなければいけません。…ただし、「ただ起きる」だけであれば感情を大きく揺さぶるだけで良いので実は簡単です。


その場合、起きた瞬間に()()()理由で主人公君が発狂するのでおススメはしません。バッドエンド直行便をご利用の方はお急ぎくださーい。

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