第2章09「それは嵐の前の静けさ」
平身低頭の姿勢のままガシガシと蹴られた後頭部を、レイラさんに浄化してもらいながら、オレは忍者女から得られた情報を並べてみる事にした。
まず、忍者女は元々レイラさんをこの教会に誘い出す算段を数日前から整えていた。その為には当然、この教会の構造把握が必要になる。教会を知るには教会の者に尋ねるべし、という事で一度はこの教会に潜入。
元より盗賊の根城になっているこの教会だが、そこの長から案外すんなりと話が聞けたらしい。その際に教えてもらった抜け道の一つが、オレのハッタリで暴いてしまった牢屋同士の連絡路なのだという。
…とりあえず、大雑把かつ簡潔に纏めるならこんな所だろう。よほどレイラさんと会話したくなかったのか、オレに対する口の開き方が尋常じゃないほど軽く、想定していたよりも容易に情報が得られた事はとても喜ばしい。逆に、ここまで口が軽くて良いのかと敵ながら心配になってしまう程だ。
「まぁそれはともかく。早速、抜け道の検証をしてみないとな」
「それよりカケル様、私に言う事があると思います」
くるりと踵を返そうとしたオレの肩に、浄化をちょうど終えたらしいレイラさんの手が乗せられた。あれおかしいな、その肩は忍者女に蹴られていない筈なんだけども。
「隠し事ならまだしも、私の前で嘘はご法度です!怒りますよ、まったく!」
「すみません先ほどまで自分の中の精神トランスのスイッチが入ってました許してくださ痛だだだだだだ!?」
肩こりが解れるとかの次元じゃない、骨が軋んでいるんですレイラさん!?その指に籠めている力をどうか緩めてもらえませんか!?
「ったく、これだから脳筋教皇様は。あたしが蹴った以上にダメージ負ったんじゃない、オジサン」
「私は脳筋ではありませんっ!それに、カケル様のお怪我は後からちゃんと浄化するので問題ありません!」
問題アリです、特に気持ちの問題で大アリです!流石にこのままでは折檻と浄化の永久機関が出来上がりそうなので、少しでも話題を逸らすべく痛みで意識が飛びそうな頭を必死に巡らせる事にした。
「と、ところでレイラさん。この教会には以前にも来た事があるんですか?」
「勿論です。あの停戦協定の日、太陽の国の方も含めた数人を、この村の教会にご案内したのが私ですから」
成程、教会関係者だからと安易に考えていたが、一度来た事のある場所であれば、そりゃ村に着いたら一番にオレみたいな客人をここまで連れてくる訳だ。
「ただ、警護に関わる事なのでこの教会を当時も調べて回りましたが、その時には抜け道なんてものは無かった筈です。当時のファルス司祭だってご存知なかったと思いますし」
当然のように、レイラさんもこの教会を調べた後だったらしい。それと、あの老司祭も隠し通路の話を知らなかったのか。というより、随分長い事この村に残っていたんだなあの老司祭。
それはそうとレイラさん、そろそろ肩に乗せた手に力を籠めるのを止めていただきたいのですが?オレの肩がそろそろ粉々に壊れそうなのですが!?
「あぁ、あの口うるさい司祭。居たわねそういえば。あんな顔でも随分懐かしく感じるわ」
ため息交じりにそう呟く忍者女もまた、過去にこの教会を訪れた事があるらしい。太陽の国のお偉いさんだという眉唾話を信じるなら、確かに停戦協定に駆り出されてもおかしくはないけども。
…その時に「王族謀殺」とやらが起こったと思われるが、レイラさんの当時の動向が何となく気になってしまう。
「抜け道の話も、結局はその盗賊の頭に聞かなきゃいけない、って事か…おぐぅッ!?」
けれど、今その話題は脇に置いておく事にしよう。それよりも、もうオレの肩が限界だった。
バキリと、嫌な音がオレの肩から響いた気がする。しかし瞬時にそれが、レイラさんの光術による浄化で治され、何事もなかったかのように痛みが瞬時に引いていく。
その治療までのサイクルが一度ならまだ可愛いものだ。しかしレイラさんの指から掛かる負荷が緩まる事なく、再び何かを粉砕する音が鳴り響く。
するとどうだろう、痛覚のジェットコースターがここに誕生する訳だ。信じられるか?これ全部、オレの肩で起こっているんだぜ…?
ところで皆は、骨折したらすぐに負荷かけるのは止めような!またすぐに骨折する事になるからね!
「…オジサンが流石に可哀想ね、それ。痛みの感情だけで百面相作れるんじゃない?」
「そう思うなら助けてほしいんだけどなぁチクショウ!」
藁に縋ってみるも、どこ吹く風と受け流される。…それどころか、ニマニマした表情で返されてしまった。こいつ、絶対オレの苦しむ顔で愉しんでやがるな!?
「すみませんでしたレイラさんこれ以上はもうご勘弁くださいぃ!!」
流石にもうこれ以上の痛みは洒落にならないので、縋るようにレイラさんに泣きついた。たとえみっともないと言われようと、今は痛みから解放される事が何よりもオレの中で優先される。
「ひゃあっ!?」
突然のオレの奇行に流石のレイラさんも慌てたらしく、ようやくオレの肩に掛かった負荷が無くなった。同時に浄化も中断されて痛みが中途半端に残ってはいるが、今それを気にしている暇はない。
現代であれば事案発生、即座に衛兵を呼ばれていただろう接触に、レイラさんの膨れた頬が違う意味で真っ赤になるのが分かる。
勿論、抱きついたと言えども無事な片腕で彼女の二の腕を掴んだ程度。ラッキースケベも起こしてなるものかと、感情が暴れる中で理性がギリギリ踏み留まった結果だ。
「カ、カケル様、その、手をお離し下さい!こ、このような場所では、その…!」
「何よ、見せ付けるつもり?日が沈むまでまだ半日はあるわよ?」
「解ってて言ってるだろアンタ!?こっちはそんなつもり毛頭ねぇし、そもそも年齢離れたレイラさん相手にそんな感情持たねぇよ!!」
この歳まで童貞やってたオッサンを舐めるなよチクショウ、こちとら据え膳すら食わぬ絶食種だぞ!?これでも十分攻めてる方だよ悪いかこの野郎!?
あぁ、こんな時に”ヤツヨ”が居てくれればと思わざるを得ない。どこほっつき歩いてるんだよあの女神様ーー。
(そういえば、あの豪華牢屋での会話以来、”ヤツヨ”の念話が全然来ないな。こっちにいる間は念話できないとか?)
ズキリと痛む肩と共に、思考の冷静さを取り戻す。取り戻して思考に耽ると、途端に嫌な予感がオレの全身を震わせた。
今の今まで、あの”ヤツヨ”が会話に関わってこなかったのは、何か理由があるような気がする。
『ボクは彼の心を通じて会話ができるけれど、どういう訳か途中その会話ができないタイミングがあった』。そう言っていた事が、まさか今関係しているのだろうか。
「諸々お揃いのようで何ヨリ」
これから思考の海に深く潜ろうとしたが、突然の第三者の声に意識が現実に引き戻される。まるで、それ以上の思考潜航を許さないと言わんばかりに。
声の方向に視線を向ければ、ボロボロの黒いフードを深く被り、不気味に嗤っている仮面を被った謎の人物。男とも女とも区別のつきにくい肩幅と体躯だが、声質から男なのかもしれないと見当をつけてみる。
「あぁ、誰かと思ったら盗賊の頭領じゃないの」
その時、忍者女から思わぬ情報が飛び出した。まさか、このマント野郎が教会の抜け道を知っているという…?
だとしたら、昨日のレイラさんの100人組手(仮)のお礼参りに来たのだろうか。レイラさんとしても望むところだとは思うが、せめて邪魔にならない場所までオレも退避したい所だ。
「もしかして助けに来てくれたとか?ありがたい話だけど、今はもう少しおしゃべりしていたい気分なのよね。タイミングをもう少し図ってほしかったーー」
やれやれと肩を器用に竦めながら忍者女が文句を垂れていると、マント野郎は手にしていた長棍をこちらに向けて構えた。…正確には、忍者女に矛先を向けているような気がする。
「…そう。余計なおしゃべりをする人形は処分する、って事」
忍者女の冷めた声に、レイラさんの躊躇ない踏み込みが被せられる。一撃必殺の間合いだった筈だが、マント野郎の棍がレイラさんの拳を器用に防いでみせる。その攻防から数拍置いて、マント野郎の持つ棍が急に赤白く光り始めたではないか。
「レイラさん!その武器、何か危険な気がする!」
オレが気付いて言葉にするより早く、レイラさんが一瞬にして飛び退る。
「カケル様、もう少しお下がりください」と緊迫した面持ちでレイラさんの指示を受けたが、残念ながら忍者女が縛られる壁までこちらも下がりきっており、身動きが取れなくなってしまっている。
つまる所、袋小路にオレたちは立たされていた。
(こりゃマジで、やばいかもしれない)
”ヤツヨ”の助けが期待できず、逃げ道のない小さな牢屋で、足手まといを抱えた中での刺客の急襲。状況は、最悪と呼ぶに相応しいだろう。
ジュワリと、マント野郎の持つ長棍から焼ける音がする。それが、オレたちの肉を焼く音にならないように祈りながら、拳を構えるレイラさんの背中を見つめる事しかオレにはできなかった。
●文字が長い。忍者女の話を要約して
ヒロインちゃんマジムカつく、でも何の準備もなしには戦えないから戦場に教会選んでやるー。でも退却路は探しておかなきゃね。
↓
昔いた教会、盗賊の根城にされてやんのぷぷー!でも盗賊のトップから色々教えてもらったからラッキー。(ここまで)
なお主人公君の頭に散々靴跡をつけられた事もあって内心穏やかではないヒロインちゃん、戦場に教会を選んだという話が出た時点で「あ゛?」と威嚇しながら戦闘モードに突入。主人公君のステイがなければ、忍者女の命は今頃ありませんでした。主人公君の胃のHPがマッハで削れていく…。
●痛みと浄化のジェットコースター
回復役だからこそ為せる技で、主に主人公君に対する折檻に用いられる。嘘は良くないよ、好感度にも関わるよ!
なお、主人公君に合わせた絶妙な力加減の為、少しでも動揺すると加減を誤ってしまう事がある。その場の主人公君のアクションによっては、折檻が終了する事もあれば痛みしかないジェットコースターになる可能性も…。おぉ怖い怖い。
●ファルス司祭と忍者女
「王族謀殺事件」の際、このクライムハート教会にて二人は顔を合わせている。つっけんどんな忍者女と、それを窘めるレイラの衝突を、にこやかに笑いながら両成敗する様は当時の笑いの種だった…のだとか。




