第2章08-3「嘘も並べきれば立派な一つの真実」
こちらは第2章08-2「Choose One(Level 1:One More)」のAルート(正解ルート)になります。主人公君はチャンスを活かせるのでしょうか…?
「待て待て!もう少し、もう少し考えるから急かさないでくれ!」
その結果が、少しでも話題を探す為の言い訳だった。残念ながら即興で話題を作る芸当なんて、オレには無い。けれども、この牢屋に来た目的を忘れてはならない。「3人目」の話を聞く事、それが叶わないならせめて、こぼれ話だけでも持ち帰らなければ。
「イ・ヤ・よ、もう待たない。オジサンからの質問がもう無いなら出てって」
まるでこちらの意図を見抜いているかのように、癇癪を起したように距離を取りたがる姿勢を忍者女が見せてくる。
お年頃な娘を持つ父親って、常にこんな心境なのだろうか。独身者なのでその苦労はまだ知る所ではないが、今この瞬間だけでも既にお腹いっぱいだ。
だが、このまま何も話題が出てこなければ本当に牢屋を追い出されかねない。尺稼ぎも本当に限界、これ以上は力ずくの域が言葉ではなく物理に変わってくる。
(何かあるだろ、話を繋ぐ何かが…!)
話題に困った時は確か、相手との共通点を探し、そこから話を膨らませるのがセオリーだと聞いた事がある。けれど、ほぼ初対面に近いオレと忍者女の共通点なんて簡単に見つかる筈がーー。
(共通点…?)
あった。確かに気になる点は見つけた、が。話題に食いついてくれる、のか?自問自答を繰り返したくても、そろそろ光に慣れてくる目からチラリと見えた忍者女の表情からは、遊びが無くなりつつある気配がしている。…猶予はない、やるしかない!
「そ、そういえばこの牢屋ってかなり特殊だよなぁ。向こう側も同じ造りみたいだし、他の牢屋と違って視線も気にせず過ごせそうだし」
「…ハァ?」
第一声落胆、ヨシ。オレからしたら全くヨシじゃないが。「カケル様?」と心配そうにこちらを振り向くレイラさんの表情と声色が、オレに二の句を継ぐ事を躊躇わせる。
気をしっかり持て、オレ。今は思った事を完遂させるんだ、最初から声が上擦った事に気後れする必要なんてない。
「向こうの牢屋、実はオレが使っていたんだが、調度品の上質さが牢屋じゃないみたいでな?かなり広く場所を取っているし、まるでホテルかって思うほど装飾も綺麗だし」
「……」
第二声無言、まだこれも想定内。こちらに「何が言いたいの?」と圧をかけてくる視線が痛いくらいで、大したダメージにはならない。…嘘です、チクチクと心が痛むのでやめてください。
それよりも懸念すべきは、オレの心のままに話をしている為、話題の着地点なんて全く考えていない事だ。一歩でも踏み間違えれば奈落真っ逆さまの綱渡りに、オレの心臓が飛び出そうなほど激しく身体を叩いている。
だからどうした。今更リスクヘッジを試みた所で得られるものが変わらない、むしろ得られる分が少なくなる可能性すらあるのなら、このまま突き進んでやる。
「でもさ。上の階を歩いた時に何となく不思議に思ってたんだよ」
心の皮を厚くしろ。ここから先は、純嘘100%のオレの出鱈目。嘘を、嘘で塗り固めていけ。
「上の階と下の階、たとえ2つ分の牢屋があるのだとしても、必要な歩数が少し多すぎる。ちょうど牢屋と牢屋の間に、もう一つ狭めの部屋があるみたいに」
そして、ついに忍者女の反応が無くなった。ただでさえネガティブな反応、それでも頼りにしていた信号が途絶えた事に、動揺が思わず表に出そうになる。これでは会話の手応えも掴めやしない。
けれど、話の方向性は示してしまった。たとえ嘘の真実だったとしても、オレはこの嘘を、貫き通してみせる。
「例えば…そうだな。囚人達が脱獄する為に造られた、隠し通路とか」
「それで?」
興味を失ったような冷めた口調で、しかし忍者女が反応を示した。マイナス評価からのスタートはしんどいが、今は甘んじて受け止めるしかないだろう。
「オジサンが言いたいのは、ここと向かい側の牢屋が繋がっているんじゃないか、って事でしょ。で?それをあたしが知っているかどうか、って聞きたいワケ?」
思わず「あぁ」と頷きかけたオレの心が、待ったをかける。この嘘を基にしている疑問なので、勝ち目が限りなくゼロに近い博打なのだが、この嘘を構築していくに当たって聞いてみたい事ができた。どうせなら、会話の流れは有効に使わせてもらおう。
「いや、それはオレが聞きたい事とは違う。どうせ牢屋が繋がっていた事を君が知っていたとしても、黙秘権とか言って適当にはぐらかされておしまいだからな」
「じゃあ一体何が言いたいのよ!?」
それはごもっとも。自分でも口任せに飛び出す嘘の舵取りを放棄しているのだ、その内容を相手に理解しろと言うのは酷というものだ。
だからこそ、ここからが勝負所。薄氷の上で下手くそなタップダンスをする心持ちのまま、ようやく光に慣れてきた目を開いていく。
「この教会にレイラさんがやってくる事は想定していた筈だ。なら、レイラさんを強襲する為の準備として、あの老司祭から建物の抜け道の一つや二つくらい、聞いていてもおかしくはない。隠し通路って言うくらいだし、中は真っ暗…影の塊みたいなものだしな」
これが今のオレに出来る、精一杯の解答。オレが必死に探していた、終着駅。
「いくら大量の照明で多方向から照らされたとしても、影は必ずできる。君の恩恵なら、巧く使えば簡単にこんな鎖は壊せただろう。鎖を壊した後は、その抜け道を使って再び身を隠せば良かった。けど、君はそれを使わずこの場に留まった。いや、使えない理由があった。ーーこの教会で、姿を晒してでも匿われる必要があった。違うか?」
さぁ、「本命:オレが論破される 対抗:完全無視 大穴:嘘大当たり」といったオレの予想、どうなる。
すると忍者女は、こちらまで聞こえる程の溜息を大きくつくと、ジトっとオレを睨んできた。
「色々突っ込ませなさい」
「どうぞ」
元より穴だらけの嘘だ、糾弾は致し方なし。ただ現在進行形で胃が痛いので、出来れば手短にお願いしたいですはい。
「確かにあたし、会話を望んだわ。でもこれ、ただの尋問じゃない!やっぱりあんたもそこの脳筋と同じ思考回路なワケ!?」
「す、すまない。そんなつもりは無かったんだが…」
いやまぁ、元々聞きたい事があったからこの牢屋まで来た、というのは事実ですし。…途中からオレの中で変なスイッチが入ってしまったのは、弁明のしようがない。
まともに対人スキルを身につけず、大人になってしまった代償はとても大きかった、という事だ。会話が基本受け身であり、レパートリーが普段から乏しいオレにとっては、こういう駆け引き染みた会話はもう懲り懲りだ。
「カケル様、次はもう少し相手に誤解をさせやすい言葉運びをされると成功しやすいですよ」
「そこ!勝手に未来の審問官作ろうとしてんじゃないわよ!!あたしの話したい気分を削がないでくれる!?」
怒声が今もこの牢屋でハウリングしており、耳がキンキンと痛い。…この忍者女、審問官に苦手意識でもあるのだろうか。
「次。オジサン、あたしの雇い主を聞いてきたけども。あたし、これでも太陽の国の第二王女よ?普通に考えて雇い主とかいる訳ないじゃない」
「えぇ…」
突然のカミングアウトに若干引くものの、しかしレイラさんという前例がオレのすぐ隣でこちらを見ている気がするので、これ以上のコメントは控える。
というより、国のトップに近い人たちがこうして放逐されている現状から鑑みて、両国とも治安が良くないのではなかろうか。今までよくクーデターとか起こらなーーいや月の国は起こってる最中らしいな。まさか太陽の国も同じくクーデター真っ只中とは言わないよな?
「で、隠し通路の事。確かにあたしは知っているわ。向かいの牢屋と繋がっている事も合っている」
「…マジ?」
思わず声に出してしまったが、これは大きな成果ではなかろうか。だが、問題はどこから入る事が出来るのかーー。
しかしそこで、忍者女の表情が一瞬無になった気がした。
「ちょっと待ちなさい、今の反応。オジサンまさか」
「カケル様、もしかして先ほどのお話…ハッタリのおつもりだったのです?」
少女二人から視線で射抜かれ、思わず唸るオッサン。まさか立て続けに並べていた嘘が一部事実だったなんて、夢にも思わないだろう。
まずは白と青の聖職者に視線を移す。引き攣った笑みをオレが浮かべてみせたら、むっとした膨れ顔が返ってきた。…これは後でお説教だろうなぁ、お手柔らかに頼みます。
苦笑いを浮かべる中、問題の忍者女に視線を戻す。カタカタと鎖が震える音が、身体が。彼女の怒りを如実に表している。火山の噴火秒読み、といった所だろう。
「もっとその顔近くに寄せなさい!その顔蹴らせなさい!ついでに横の賢者の顔も蹴り潰してやるぅっ!」
鎖で縛られたまま器用に地団駄を踏む涙目の忍者女と、しっかりと蹴られない距離を取っているレイラさんの間で。嘘を暴かれた狼は、ただひたすら平身低頭するしかなかった。
体調を崩す等で間が空いてしまい申し訳ありません。
少しずつペースを戻していきたいですが、身体の様子を見ながらになります事、ご了承くださいませ…。
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●嘘から出た実、その裏側
建物の見取り図をまともに公開せず、ただ進行する拙作だからこそできた綱渡りの芸当です。私、書いていてヒヤヒヤしていました…。
ただ、隠し通路は作るつもりでいましたのでどーにかこーにか頭を捻らせ…。某論破系ゲームのとある部屋の呼び方を思い出し、こじつけてみました。…うん、無理があるだろう私よ。
●こんな会話程度で忍者女の好感度が上がるの?
今回の会話内容では上がりません。好感度が上がるのは次話以降となります。
ただし、最後に地団駄を踏む所ですが、大人しく蹴られるか否かでも若干彼女の心象に影響が…。ここは大人しく蹴られておきましょう、主人公君も大人ですからね。




