第2章08-1「Choose One(Level 1)」
忍者女が収容されている側の地下の光の量が極端に少ないと、心の愚痴を垂れた事は覚えているだろうか。その理由が、この牢屋にあった。
当の本人は石壁に磔にされ、そこに四方八方から光を当てているのだ。確かに影に潜む事ができる彼女の恩恵の事を考えれば、影を作らせない為に光を多方面から当てるのは当然ではあるのだが…。
(それにしては、やり過ぎじゃないか?)
その光を当てる量が異常だった。恐らく、廊下にあった持ち運べる光源を持ち運べるだけ持ち込んだのだろう。まるでライトアップでもされているかのように、牢屋の中は昼間のように明るい。折角の個室、オレが寝かされていた豪華牢屋と似たような造りだというのに、調度品の類はすべて端に寄せられてしまい、折角の高級感が損なわれてしまっているのが勿体ない。
その調度品代わりに添えられている忍者女を中心に、半円を描くように光源が囲っている様は、一種の狂気を感じざるを得ない。そのおかげで今の忍者女は、影など蒸発してしまったかのような真っ白な世界に、独りポツンと立つ絵本の登場人物のような異様さを醸し出していた。
「カケル様はどうか、目をお瞑りくださいませ。下手に前を見てしまうと、目だけでなく心まで痛めてしまいますので」
レイラさんの忠告が、オレの目の前から聞こえてくる。既に眩しさのあまり目を瞑っているようなものなので今更な気もするが、こちらを気にかけてくれる声掛けそのものはとてもありがたい。…「心まで」と忠告されるあたり、ひどく折檻したのだろうと嫌な想像をしてしまう。
それはそうと、そろそろ手を離してもらえると助かりますレイラさん。オッサン、そろそろ羞恥心が爆発しそう。
「さて、ソレイユ様。今から貴女様に伺いたい事があるのですが、目を覚ましていただけますか?」
こちらの初心な心情を知る由もないレイラさんは、光の中心にいる忍者女に呼びかける。その声に反応したのか、ゆっくりと忍者女が重い顔を上げた…ような気がした。
「何か用?あぁ、またあたしを殴りに来たとか。ほんっと良い性格してるわよね、あんたも」
衰弱しきった小さな声が、拘束している鎖の音で掻き消えそうになる。弱々しい身動ぎの音にも聞こえるそれが、忍者女に残っているダメージ量を嫌でも推し量れてしまう。たとえライトアップされていなかったとしても、レイラさんに忠告されなかったとしても。オレは今の忍者女を、直視できる自信がなかった。
それでも悪態をつきながら気丈に対話するあたり、忍者女は相当に気が強いらしい。てっきりレイラさんの滅多打ちを浴びて、心が折れているものとばかり思っていた。
…まさかと思うがレイラさん、このまま無抵抗な忍者女をサンドバッグにするんじゃないだろうな。流石にそれは看過できないぞ。
「必要であればこの拳、いくらでも馳走しますよ。ですが、貴女様の拘束中にする事ではありませんね。やるのなら、貴女様の手足が自由な時に」
「いや戦る気はあるんです!?流石にそんな拷問めいた事に加担するのは自分嫌ですよ!?」
思わず声に出してしまったオレを、レイラさんに思わず顧みられた気がする。オレは今も律義に目を瞑っているので、実際彼女がどんな顔をしているのか分からないが、何となく苦笑いを浮かべられてた気がする。
「ご安心を、カケル様。今はそのような事をするつもりはありません。もし行うとしても、ソレイユ様から情報を聞き出してからです」
「仮定の部分に一抹の不安材料!」
握られている手が自由なら、その場で頭を抱えただろう。実際、心の中では膝まで屈しながら地に頭をこすらせた。
…確かに、情報収集目的で暴力に訴える発想は現実でも採られがちだが、あくまでここはオレの夢の中の世界。スリル・ショック・バイオレンスの3拍子揃った展開はノーサンキュー、是非とも平和的な解決を望みたい所だ。それともオレの心の奥底では、この3拍子揃ったスプラッタ展開を望んでいるのか…?
「それで、聞きたい事って何よ。言っておくけど、あんたたちが知りたがるような話は何もできないわよ」
「その判断は私たちがします。…昨日の、私を襲撃しに来られた正確な人数について、お伺いしたいのです」
聞き方!聞き方が直球過ぎる!ほら、交渉テクニックとかあるだろう普通!?もう少し遠回しというか、相手が思わず口を滑らせるような言い方はないのか!?
「…………」
案の定と言うのか、忍者女が呆れ顔でこちらを見ている気がする。そりゃそうだ、敵方に情報をペラペラと喋るような口軽がどこにいるんだ。そもそも、忍者女は簡単に口を割るような性格ではないだろう。
昨夜の戦闘中の言動からの、オレの独自分析でこの判断だ。レイラさんも忍者女の事を調べたと言うのなら、求める答えが返ってこない事も容易に想像できると思うのだが…。
「それ、あたしが嘘を言う可能性だってあるわよね。あんたの頭の中、花が咲いてない?」
「し、失礼な!私は至って真面目にソレイユ様にお聞きしているのに!!」
いやレイラさん、今の言葉はどう考えても挑発です。それこそ真面目に返さなくても良いんですよ。
だが実際、忍者女の言う通りではある。こんな心理状況下で得た情報に、果たして正確性があるのかどうか。今回は偶然、“ヤツヨ”から襲撃者がもう1人いると聞いているが、それ以外の情報がまるで無い。その情報が最短距離で得られない可能性を考えれば、ここは別の質問に切り替える方が得策だろう。
(オレがざっと思いつく質問は、「雇い主がいるのかどうか」、「老司祭との関係性」。…どれも内容が直球過ぎる気がするんだよなぁ)
またしても2択。オレの足りない頭では、ありきたりな質問しか思い浮かばないのがもどかしい。せめてもう1つくらい、選択肢が欲しい。できれば、相手が食いつきやすい話題がーー。
「んで、そっちのオジサンもあたしに何か用?繋がれてて暇だし、世間話くらいなら付き合ってあげてもいいけど」
「な、に?」
構えていた思考の壁、その死角を突かれてオレは反射的に薄らと目を開けてしまった。
眩しさの中心、光に繋がれる忍者女と目が合う。彼女の瞳は先ほどのレイラさんとのやり取りに本気で呆れていたらしく、どこか眠そうに細められている…気がする。
残念ながらまだ目が光に慣れていない。「うっ」と思わず空いた手で目を覆うと、忍者女の呆れ顔が更に歪んだ気がした。
「…取り敢えず、話は聞いてあげる。そこの脳筋女よりは、オジサンの方がマシな話題振ってくれそうだし」
「の、脳筋!?」
レイラさんがショックを受けている様子が見ずとも分かる。レイラさんのフォローもしたい所だが、しかしそれよりも。まさか忍者女からこちらの会話に応じてくれるとは。あまりにも意外過ぎて、今度はこちらが呆気に取られる番だった。
「え、っと。それじゃあ、遠慮なく聞かせてもらうぞ?」
思わぬ幸運は、オレの拙い思考回路を更に鈍らせる。当然、オレの心はまだ決まらない。それでも時計の針は止まらない。だから、オレの口からはーー。
●今回はどこがターニングポイントなの?
「忍者女ちゃんとの会話を諦めずに完遂できるか」…正確には、来た道を引き返さずに「この豪華牢屋に留まれるかどうか」です。
この夢世界において、基本的に主人公君が話しかける相手は、諦めずに食い下がれば大体情報を漏らしてくれます。流石は自分の夢の中の世界、便利だねぇ。
けれども残念ながら、この主人公君は女性に対する免疫がない+対人恐怖症が多少(見えにくいながらも)ある為、実はこのターニングポイントを完遂させる事は至難の業だったりします。
また、忍者女ちゃんを抹殺せんと動く勢力との接敵がある為、迂闊に動く事はできません。失敗した暗殺者は粛清されるべし、慈悲はない…おぉ南無三。
忍者女ちゃんを助け、かつ共闘するには、この会話の完遂度が大きく影響します。頑張れ主人公君、ワンモアを叩き出せ!
●レイラとソレイユの仲の悪さが異常やん…。これで共闘なんてできるの?
元より敵国の要人同士、あまり馬の合う間柄ではありません。二人をどこかの闘技場に放り込んだが最後、(ルールに依りますが)間違いなく死者が出るでしょう。
この為、共闘してもらう場合は二人の間を取り持つ第三者が必要になります。第三者となるには、レイラは当然ながら、ソレイユの好感度もある程度上げておく必要があります。
そんな条件に合致する、緩衝材になり得る人物って一体?…おや、こんな所にちょうど良い主人公君が。ストレスがマッハ?胃薬でも飲んで頑張れー。




