第2章05「焔の隣人5」
レイラさんに手を引かれて辿り着いた先は、オレが目を覚ました牢屋という名の豪華部屋だった。他にもいくつか牢屋らしき部屋の横を通ってきたものの、いずれも入居者をまだかと待つプライベート丸見えの檻付きオープンルームだ。
…いや牢屋と言うからには囚人を監視できないような造りには出来ないし、むしろそれが正常なのだが。日用品だけでなく、調度品までが牢屋に揃う完全個室な環境の方がおかしいのだ。…おかしい、よな?
「さてカケル様、あの方に今日一日この教会の中で過ごすよう厳命されてしまいましたが…。どうしましょう、教会の中でできる事も限られますし」
かく言うレイラさんも無計画だったらしい、うーんと小さく唸る声が隣から聞こえてくる。てっきり何か目的があってここまで引っ張られてきたものとばかり思っていたが、単に礼拝堂から…”ヤツヨ”から離れたかっただけのかもしれない。ひょっとしなくても、とんだお茶目さんである。
(今なら、さっきの『眠りの森』って何なのか話が聞けるかもしれないけど)
今、この話題を出すのは少し違う気がする。知ってしまった単語の意味は把握しておきたいものだが、あの女神様の同じ轍を踏むのはよろしくない。そもそもオレは、彼女の厚意に身を預けているのだ。恩を仇で返すような事はするべきではないだろう。
(そのうち、レイラさんから話してくれるのを待つしかない…よなぁ)
それはそうとレイラさん、オレと一緒に行動しなくても良かっただろうに。歳の離れた異性相手であっても律義に共に行動しようと考えてくれる辺りは、やっぱり心根の綺麗な子なのだろうと改めて思う。そんな彼女の優しさに少しでも報いるべく、オレも何か良さげな案を捻り出さねばなるまい。
「とりあえず、3人目の情報を知っていそうな人と話をしてみるというのはどうでしょう?ほら、交渉次第でこぼれ話が聞けるかもしれませんし」
「確かに情報を得るなら対話も必要、だとは思いますが…」
オレの妙案は、しかしレイラさんに難色を示されてしまう。無理もないか、自分の命を奪いにきた相手と再び対面しようという提案なのだから。
けれども、この教会から出てはならないと”ヤツヨ”に申し渡されてしまった以上、それを破ってまで関係を悪化させるのはよろしくない。大人しく、今やれる事をやる。それがベストなのだと、何もできない事に焦りを覚えるオレ自身に言い聞かせた。
「レイラさんと一緒なら、自分も気持ちが楽になりますし。…やはり、ダメですかね?」
「いえ、ダメと言う訳ではなく!カケル様があのお二方をご覧になるにあたって、少し心の覚悟が必要な気がいたしまして…あはは」
引き攣ったような笑みを浮かべるレイラさんだが、残念ながら昨夜の戦闘の一部始終を“ヤツヨ”を通して見聞きしているオレにとって、レイラさんの心配するような無様は恐らく晒さないだろう。…息の根を止めた後なのでお話できません、みたいな展開であれば別の覚悟も必要なのだが。
「…カケル様のお心は、変わらないようですね」
オレの表情を、じっと見つめて観察していたレイラさんも、遂に根負けたらしい。軽く息を吐くと、改めてレイラさんはこちらに向き直った。
「では、最初はどちらの方とお話をしましょうか」
…ごく当たり前のようにレイラさんに聞かれて、ハッとオレは思い出した。
確かに牢屋に共犯二人を一緒に入れておく訳にもいかないし、性別がそもそも違うので牢屋を分けるのは必然だ。そんな事すらオレの頭からすっぽりと抜けていたとか、我ながら流石にどうかしている。
閑話休題、レイラさんの言う通り話を聞く相手をここで決めなければ。正直どちらでも良いんじゃない?…というのが当初のオレの考えでもあるのだが、先ほどの”ヤツヨ”の死の宣告が、魚の小骨の如くオレの喉奥に引っ掛かっているのも事実。足りない頭を捻って、相手を選んでも罰は当たるまい。
(もし老司祭に会うとしたら…)
老司祭…オールバックの黒髪に白色が若干混ざり、主張控えめな髭を蓄えた初老の男だ。名前は確か、ファルスだったか。
レイラさんとの戦闘中に、何者かと結託して念話妨害を行った疑惑が一番濃い人物だ。ただし老司祭本人が妨害していたというよりは、3人目が一方的に力を貸していた…らしいのが”ヤツヨ”の見立てのようだ。それとは別に何となくだが、彼と交渉するには相応の用意が欲しい気がする。
(なら忍者に会うとしたら…)
忍者…黒いマフラーを巻いて忍袴を穿いた、鋭い脚技を繰り出す華奢な女だ。こちらの名前は、ソレイユと言ったか。
直情的な彼女の戦い方からして、何かしらの情報が引き出しやすい性格だとは思うのだが、問題は何の情報を引き出すのか。そして、彼女の虎の尾を踏まない為の立ち回り方が重要だろう。一歩でも判断を誤れば即アウト、踏み込む決死線は見極めなければならない。
…当然、一番最初に会うのは忍者の方だ。情報が得やすい方からアタックを仕掛けるのは定石だし、感情爆弾庫は早急に対処するべきだろう。話題については正直、出たとこ勝負をするしかない。
(出たとこ勝負?上等、こっちは現実で毎回同じような事やってるんだ)
自分に、この選択は間違いないと言い聞かせる。忍者女と会うのは今でも怖い、けれども最初の一歩を踏み出さなければ事態は何も進展しない。
(二の足を踏み続ける殻付きヒヨコにいつまで甘んじているつもりだ、いい加減覚悟を決めろオレ…!)
恐怖に負けそうになる自分に喝を入れるように、拳に力を込める。その手が未だレイラさんの警戒の範疇である事に、オレは気付かないフリをした。
「忍者女に、会いに行きましょう」
「…かしこまりました」
そんなオレの強がりを、レイラさんも気付かないフリをしてくれた事に。オレは心の中でそっと感謝した。
●豪華牢屋と普通の牢屋って何が違うの?
広さはどちらも一緒。違いは完全個室かオープンか、そして調度品の質と量だけ。前者は元の懲罰房を豪華牢屋に変えた為であるが、後者の調度品についてはレイラの手が存分に入っている。「カケル様の為に整えておかなければ」の一心で、浄化の恩恵まで使って調度品一つ一つに触れていったのだとか。
牢屋の中の違いは、コレだけである。
●1章でレイラにボコられた二人ってどうしているの?
主人公君と同じく地下牢にいるが、こちらの二人はしっかり牢屋に繋がれている。
この教会にはエントランスから右側、左側に地下牢へと続く階段があり、カケルがいる現在地点は右側の最奥の地下牢。左右で牢屋の造りに差はなく、牢屋の数は左右の合計で6つ。
二人は左側の地下牢に繋がれており、ソレイユは豪華牢屋へ、ファルス司祭は出入り口に近い牢屋に入れられている。




