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夢渡の女帝  作者: monoll
第2章 眠れる森と焔の夢
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第2章04「焔の隣人4」

 さて、そんな身の毛もよだつ食事も済んだ所で、折角の1日を無駄にしない為に散策をしてみようじゃないか。そんなアオリ文句がどこかから聞こえてきそうな気さえするが、残念ながらその第一歩は未だ踏み出せずにいた。

 薄いピンク色の髪を逆立てた女神様の、視線による重力あつによって。


ひと様に物を投げるべきじゃないと教えられなかったのかい?特に大事な食べ物を、こんな粗末な扱いにするなんて」

「大体キミ、相手がボクだったからまだ良かったけども、赤の他人に当たっていたらどう落とし前をつけるつもりだったんだい?」

「誰が夢喰いバグだって?正直に答えたまえ、今ならこの杖でのひと叩きで赦そうじゃないか」


 こんな調子で懇々と、ありがたい女帝様の説法をクドクドと食らう事数十分。現在オレは、礼拝堂の冷たい石床に正座させられていた。この姿勢、石砂利の上に新聞紙を敷いて参考書やら問題集やらを解かされていたあの幼少期ころを思い出すよ…。

 勉強せずに遊びほうけていた罰だと言われればそれまでだが、当時はゲームで四六時中遊び倒したいと声高に叫べていたワンパク少年。娯楽それを禁じられ、かと言って思い通りにならないからと屋外につまみ出されて勉強させられていたあの幼少期。当時は地獄の渦中にいると、学校にいる時間の方がまだマシだと、何度思った事かーー。


 閑話休題。まぁ確かに?食べ物を粗末にするような奇行は自分でもどうかと思うけども。だがそれでも、あの中にたむろしていた生物ヤツらだけは許せなかったのだ。あぁ、今思い出しただけでも寒気がする!


「…ハァ」


 そんな言い訳を心で並べてみたら、返ってきたのは深く、なおかつ重い息だった。…しまった!この女神、オレの心を読めるんだった!


「とにかく、他人に迷惑をかける行動はご法度だ。周囲をよく見て行動する事、いいね?」

「も、もしもの時は私が浄化の恩恵ちからで治してさしあげるので、カケル様の対応一つで何とか場は納められるかと…」

黙りたまえ(シャラップ)、そういう話じゃないんだ。今は彼に欠けている一般常識というものをだねーー」


 因みに、こうして庇ってしまうレイラさんも同罪という事で、可哀想な事にオレと同じく正座をさせられている。オレのとばっちりを受けてしまったレイラさんには、大変申し訳なく思う。

 それはそうと、簡単に他者に対して膝を折って項垂うなだれる姿を晒して良いのか、月の国の賢者様トップよ…。


「ーー聞いているのかい?ほら、さっきボクが言った事をもう一度ここで復唱してみたまえ」

「うっ、んぅ…」


 古来より指差しとは呪いの一種と言われるが、風を切るような女神様の指差し(それ)は効力バツグンだった。図星を突かれたオレは、身体中の力がつい抜けきってしまう。

 話が長くて集中力が持ちませんと、つい口から言葉にしそうになる。だが、その思考ですら目の前の女神様は読み取ってしまった。


「ハァ、聞いていないのならもう良い。これ以上の小言は時間の無駄なようだ。ともかく、今日はこの教会の敷地から出る事を禁止とする。良いね?」

「はい…」


 沈黙は時に金にもなる。これ以上爆弾庫に火をつけ、ガソリンを撒き散らすような真似だけは避けたい。ここは大人しく、”ヤツヨ”の要求を呑む事にしよう。

 今日はこの村を見て回りたかったが、明日以降のお楽しみという事で。…後悔先に立たず、後を絶たず。


女教皇プリーステスちゃんもだ。彼と一緒に今日は外出禁止、良いね?」

「な、納得いきません!そもそも食糧の調達なら、この辺りの地理に詳しい私が適切な筈!それに、この”眠りの森”はーー」


 これから反論の弁を並べようとしていたレイラさんの口が、不意に止まった。その様子の変化に「レイラさん?」とつい隣の彼女に顔が向いてしまう。

 …察するに、今のは彼女にとって失言だったらしい。ルビー色の瞳が揺れ、硬化させた表情。それらが現在の彼女の纏う緊張感を如実に表していた。


「”眠りの森”、ねぇ。その如何いかにも重要そうな用語について、詳しく聞かせてもらいたい所だが」

「…………」


 確かに、気にはなる。眠りの森と聞いてオレが真っ先に思い浮かべるのは、秘宝が安置されるような神聖な場所…というゲームの設定。設定が安直すぎる?思考が貧相チープ?良いんだよオレ自身が納得できる設定ならな!

 女神様が言っていた”鍵”とやらも、そういった場所にあるのかもしれないだろう。そんな都合の良い話があれば、という注釈はつくが。


 一歩、”ヤツヨ”が詰め寄る。圧のある女神様の言葉に、しかしレイラさんは動じない。それどころか、おもむろに立ち上がると掌に光を纏わせ始めたではないか。

 …おいおい、今の失言はそんなに聞かれたくない事だったのかレイラさん!?


「念の為に聞いておこう。キミのそれは、どういうつもりかな?」

「明言は控えさせていただきます。ただ、どうしても私からお話を伺いたい事があると仰るのであれば…、力ずくでいらしてください」

「ボクとしてはキミの力を測る絶好の機会でもある訳だが、残念ながら彼はそれを望んでいないらしい。先のボクの要求を呑んでくれるのであれば、今ならそれで手を打とうじゃないか」

「詳細に仰ってください。こちらの意図する内容に、齟齬そごが無いかの確認です」


 そこに立つだけで眩暈吐き気を起こしそうな、一触即発の空気。その中心に、またしても何も発言権のないオッサン一人。

 傍から見れば、よくあるハーレムもの…胸の薄い女の子二人に挟まれる野郎の図。展開を羨む心の健全男子が多いかもしれないが、残念ながら当事者オレからしてみれば地獄絵図だ。心臓に悪いこの展開、夢世界に来てから何度オレは脂汗をかいているんだろうな…。羨ましいと思う諸君ら、代わってあげるから今すぐその安全圏せきを譲ってくれ。


「ボクからの要求は二つ…と言いたい所だが、そこの彼に免じて一つにしようじゃないか。『今日一日はこの教会に留まる』、これだけだ。敷居は最低まで下げている、これ以上の譲歩はしないよ」

「…承知しました。納得はしませんが」


 レイラさんの掌の輝きが収まるのを見てホッと胸を撫で下ろすオレ。そんなオレとは正反対に、”ヤツヨ”とレイラさんは未だその場を動こうとしない。…まだ、視線だけで互いに牽制けんせいし合っているのだろうか。

 ともかく、オレを挟んで火花を散らせるのは遠慮願いたい。再三言っているが、オレのミジンコのような小さい心臓にとって、この厳しい冬のような冷たい空気は毒なのだ。


「では早速、行動で示してもらおうか。ボクも念の為、今日は教会の外には出ないようにしよう。…嫌な胸騒ぎがする」

「それは、どういう意味で?」

「言葉通りの意味さ。真っ先に殺されそうな彼の事を、よろしく頼むよ」


 ようやく言葉を口にしたかと思うと、”ヤツヨ”は陽炎のように実像を揺らめかせ…仕舞いには周囲の風景と同化するように消えていった。オレはその一部始終を呆けたまま、眺めている事しかできない。

 …というよりあの女神、ちゃっかりオレの死の宣告をしていかなかったか!?クソッ、勝手に言うだけ言って消えやがって!せめて命の危機が過ぎるまでは一緒に行動しやがれチクショウ!次会ったらアフターケアの話も詰めてやる…!


「…カケル様、立ち上がる時はゆっくりと」


 脳内が突然の爆弾発言にヒートアップしそうになった頃、レイラさんの凛とした声色で我に返った。見上げると、そこには先ほどとは打って変わって、柔らかな表情を浮かべた白と青の清らかな聖衣が似合う美少女へ。広がる白い袖口から覗いている黒いグローブで包まれた彼女の手が、こちらに差し伸べられていた。


「足が痺れて立てないのでしたら、どうぞ私の手を取ってください」

「そこまで痺れてないですってあだだだだ」


 レイラさんの気遣いに感謝しつつも、全てを他人に頼るのは良くないと見栄を張った事が災いした。足の痺れのせいで上手く立ち上がれず、見兼ねたレイラさんに結局オレの手を引いてようやく立ち上がり終えるが、今度はその手をレイラさんがなかなか離してくれない。


「えっと、レイラさん。もう大丈夫ですから手を離していただけると…」

「ダメです。カケル様は嘘をつかれるのが得意だと解りましたので、私が納得するまではこのままです」


 ぐうの音も出ない正論である。これが嘘を重ねすぎた者の末路か…。

 こちらから無理やり外す事もできなくはない、絶妙な力加減でオレの手が引かれていく。その姿を鏡で見て反省したまえ(してください)、そんな心を通した念話で”ヤツヨ”とレイラさんにたしなめられた気がした。

●カケルの幼少期の記憶

色々やらかしているじゃないですか、この主人公君。石砂利の上で参考書を解き続けるとか、どんな拷問よ?そも、娯楽を全面的に禁じるとかどんな教育しているんですかねぇ…。


なお、これらの記憶トラウマも彼の()()の為の土台になっている模様。大丈夫?この土台、中身が混沌としてない?


●”眠りの森”

先にもお伝えした通り、通称「掃き溜め」。月の国と太陽の国、いずれからも爪弾きにされたならず者たちを揶揄した言葉である。

エリアス湖付近に住んでいるエルフたちに同じ言葉を浴びせると、まず命の保証はできない。

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