第2章03「焔の隣人3」
レイラさんの”影”を追うーーつまる所、『王族謀殺』の真犯人を見つけたいという事なのだろう。自分の預かり知らぬ罪を被せられたのだから、その犯人を追いたいと願うのは極々当然の帰結だ。そこに付随する激情もまた、納得のできるものではあるとオレは想像していた。
(本物の殺意、って…。息が、できなーー)
その想像と、現実は乖離する。ピアノ線が何重にも首に纏わりつくような気配が、喉元を緩やかに、しかし確実に締め上げ、オレの精神を支配している。下手な行動を取れば即座に命を狩られてしまう錯覚すら覚える恐怖は、ただの呼吸一つすら躊躇わせた。
カタカタと身体が震える。それなのに身体が汗ばむ。纏わりつくのは気配だけではない、すぐそこまで迫る死の恐怖がオレの心臓を握り、耐え難い頭痛が脈打つように押し寄せ、徐々に思考がエラーを起こし始めていく。
今この瞬間も酸素を欲する脳が緊急信号を発し続け、視界の端に映る景色全てが歪み始めた時ーー。
「はいストップ。それ以上は彼が死んでしまうよ?」
ぽんっと軽く手を叩き、”ヤツヨ”の一言で場の空気が一気に霧散した。同時にオレを支配していた嫌な気配は消え去り、しかし突然呼吸できるようになった安心感からか酸素を吸い込む肺が量を受け付けてくれない。「はぁッ、はぁッ」と呼吸が浅く荒くなり、心臓が過剰に収縮弛緩を繰り返す。
「っ!カケル様、申し訳ありません!」
どうやらレイラさん、今の殺意は無意識だったらしい。我に返った彼女が慌てて身体を支えようと手を伸ばしてくる。先程まで纏っていた殺気はどこへやら、今彼女が浮かべている表情はこちらを慮る優しいものだった。
「大丈夫、です。少し驚いた、だけですから」
少し強がってみたものの、まだ身体は言う事を聞いてくれない。震える指が、唇が、一度味わった恐怖の網からまだ逃れ切っていないらしい。オッサンの弱った体力と精神力では、イマドキの若者の激情には耐えられないという事か…。
「とりあえず今のキミのその独白には否と突っ込んでおくよ。…さて、ボクからの評価だけども、今の答えじゃ残念ながら落第点だ」
先ほどのレイラさんの殺気を真正面から受けて平気とは、流石女神様を自称するだけあると、平時のオレなら感心していた事だろう。そんな“ヤツヨ”が溜め息混じりに言葉を挟むと、再び脱線しそうになった話を元のレールに戻した。
「真犯人を追いたい、それは簡単に想像のつく話さ。それと、キミが真実に追いついた後の事はボクの興味の外だ。…ボクが聴きたかったのは、その為の見当はあるのかどうか。闇雲に走り回るより、目的を持って動く方が効率的だ」
確かに、目的もなくダラダラと動き回るのは効率が悪い。ゲームでもそうだろう、レベル上げの為/素材集めの為/隠しイベント発生の為などなど…。普段から「ダラダラと」なんて使っている言葉の中にも、実は目標に対する手順が無意識の内に定められているものなのだ。
恐らく“ヤツヨ”が言いたいのは、その手順を自覚しているのかどうか。それを問われたレイラさんの口は、引き結ばれたままだった。
「その様子だと、本当に何も考えていなかったらしい。大方、事件のあったこの村に来たら何か手がかりがあるかもしれない、なんて期待に縋ったのだろうね」
”ヤツヨ”が再び溜め息をつき、呆れたと言わんばかりに肩を竦めた。その仕草にレイラさんはキッと睨み、一触即発の雰囲気に呑まれそうなオレは、再び心臓の鼓動を落ち着かせる為に胸を押さえる。…もう少し言い方をオブラートに包む事はできないのかこの駄女神。
「仕方ない。そんな迷えるキミたちに、直近の行動指針を示してあげようじゃないか」
言い方はやはり高圧的だが、そこは仮にも女神を自称する存在。自力で解を導き出せない者を突き放すほど薄情ではないらしく、腰に手をあてながら人差し指を一つ立てると、そのままくるくると宙に円を描き始める。
「ボクは彼の心を通じて会話ができるけれど、どういう訳か途中その会話ができないタイミングがあった。キミは、そのタイミングに心当たりがあるんじゃないかな」
「そういえば、この教会でレイラさんが戦い始めた頃からアンタの声が聞こえないとは思ってたけどさ。てっきりパニックにならない為の配慮かとばかりーー」
いや待て、この自由神にそんな心があるとは思えない。実際、あの忍者相手にペラペラとおしゃべりを始めるような神様なのだ。オレへの配慮とか微塵も考えていないに違いない。
つい口から出た言葉を取り消せないのが悔やまれる、文章なら後からいくらでも推敲できるというのに…!
「まったく心外だね、これほどキミの事を慮っている女神モドキもそう居ないというのに。…さて話を戻すと、その原因は至って単純。念話に必要な力場が乱されていたんだ」
オレに視線だけで心の口を噤ませた”ヤツヨ”は、立てていた人差し指が再び宙を掻き混ぜはじめた。すると今度は、日本語でも英語でもない、記号みたいな焔の文字が”ヤツヨ”の指から浮かび上がってくるではないか。
「空気を震わせて伝えるこの音の”波”を声と呼ぶように、念話にも相手へと伝える為の”波”…それを起こす為の力場が必要だ。ところで女教皇ちゃん、もしこの”波”を簡単に妨害したかったらキミならどうする?」
そう言いながら”ヤツヨ”は、指でその文字をレイラさんに向かって緩く投げつける。実践で答えを示してみせろ、という事だろうか。
「私の光術で、波とやらを打ち消す…でしょうか」
レイラさんもオレと同じ意図を汲んだらしく、”ヤツヨ”への答えとして光を纏った拳を文字に向かって繰り出す。元より威力のない焔だったのか、拳に触れた瞬間に文字はあっさりと霧散してしまった。
「…これは人選を間違えたか。まさかキミの術、この手の力も消せるとはね」
レイラさんの解答も正しいのだろう、しかし”ヤツヨ”が想定していた模範解答とは想定が異なっていたらしい。若干不満げに溜め息をつくと、オレに視線を向けてきた。…代わりに答えろという事か。
「壁を作る、か?”波”を相手側に通さなければ良いんだし」
現実で得た知識をかき集め、それらしくオレも答えてみる。レイラさんの「発した力を直接打ち消す」答えが正解なら、「発した力を相手へ通さないよう間接的に妨害する」答えも正解な筈だ。
「その通り、ボクはこちらの答えを期待していた」
オレの答えに満足したらしく、”ヤツヨ”の口角がニヤリとつり上がる。すると何か、あの戦闘の中で老司祭は”ヤツヨ”の念話を打ち消す結界か何かを張っていたという事か?
「残念、そちらの方は不正解だ。女教皇ちゃんとの戦闘は、そこまで気を回せるほど易しいものじゃなかったのだろう」
違うんかい!だとしたら、一体誰が壁を張っていたんだ?せめて当時の状況さえ分かれば考えようもあるのだが…。
「当時この建物の周辺に居たのは5人、キミとの連絡が途絶えた直前の記録からの情報だ。キミたち2人に、今縛り上げている2人。因みにボクは数に含めないものとするよ」
「…計算が合いませんね」
”ヤツヨ”の言いたい事が分かってきたレイラさんとオレは、ほぼ同時に同じ結論に至った。確かあの戦闘では、礼拝堂に3人いた筈だ。オレとレイラさん、そして老司祭。教会の周辺に、という条件なら直後に襲ってきた忍者も該当するだろう。
だが、老司祭は”ヤツヨ”の答えから結界の主ではない事が判明している。ならば忍者かと疑ってみるが、しかし彼女の恩恵があまりにも戦闘に特化していた事を思い出した。
では、申告通り”ヤツヨ”を5人の頭数に含めないものとすると、残る1人は誰なのだろうか。ーー先ほどまでの会話の流れから、自然と答えと今後の方針は目の前に吊るされていた。
●漏れ出てはいけない殺意
主人公君は現代のゆるーい波にしか揉まれていない為、この夢世界の前衛職たちに思いっきり殺意を向けられたら、敵味方の殺意問わず発狂してしまう。
回避方法は必ずある(今回の場合は、「レイラの好感度チェック」が入るイメージ)が、それを上手く見つけられるかどうか。その時々の選択を間違えないかが鍵となる。
●”ヤツヨ”の示す直近の行動指針
ファルス司祭戦において、その場にいた人物は当人たちを含めて5人。主人公君やレイラ、ファルス司祭以外にもあの場にはもう2人存在しているとの事。
1人は「BAD END LOG01」や「女帝と沈む太陽」に登場した女忍者だが、さてずっと戦闘に参加せず観察し続けていたもう1人とは一体?
…というのが、”ヤツヨ”からの出題。しかしこの女神様、解っているように見えて実は5人目を(現時点で)思いっきり外している。やっぱり駄女神様じゃないか!




