第2章02「焔の隣人2」
突然の来訪者に驚くオレとレイラさんを尻目に、闖入者はこちらの一挙手一投足を舐めるように見回していた。この嫌な視線も、牢屋という場所の影響もあってか、余計に窮屈に感じるのは気のせいではないと信じたい。レイラさんの表情も心なしか、オレと話をしていた時より険しくなっている気がする。
そんなオレたちを一通り観察し終えて満足した自由神は、オレとレイラさんの間に割って入るように立ち塞がると、徐に右手をレイラさんに差し出した。
「やぁ、初めましてだね女教皇ちゃん。ボクは”ヤツヨ”、よろしく」
「…カケル様、流石にご友人は選ばれた方が良いかと」
選べるのなら選んでいます。誰が好んでこんな破天荒な女神様と関わり合いになるかって言うんだ。…いや流石にそれは言い過ぎた、だが少なくともオレとの性格相性は悪いと断言できる。
「私はレイラと申します。月の国の賢者、その末席を預かっていた者です。今は…国を追われる身ですが」
「知っているよ、彼を通してずっとキミたちを観察していたからね」
レイラさんも警戒しながら握手を返そうとするも、最後の“ヤツヨ”の一言で更に警戒を強めてしまったらしい。「どういう事ですか?」と視線だけでこちらに問い掛けてくるレイラさんの表情が、トテモ怖い。なのでその表情を、オレの口から真実を語ってほしいという願望だと都合の良い解釈をする事にした。
「すみません、レイラさん。この自由神…ゲフン。“ヤツヨ”がオレの心を勝手にですねーー」
「そう、勝手に彼の心を読んで勝手にキミの事を知ったという訳さ。まぁ、これから仲良くする相手の事を把握しておくのは、今の彼の保護者として当然だと思うけども?」
…過保護な親を持つ子の気持ちが分かる気がした、と突っ込む気力もない。そんな疲れたオレの表情でレイラさんも察してくれたのか、もしくはオレの現実味のない言い訳に呆れたのか、ある程度はこちらの警戒の色を解いてくれたーーように見える。
「さて、ボクの事について知りたいと言ってたね。良いよ、特別にボクが答えようじゃないか」
だからさっきから上からの態度は何なんだ、神様かーーって女神様だよ。オレの愚痴のレパートリーの無さに絶望するわチクショウ。
「む、絶望は良くない。心は明るく真っ直ぐに、まずは深呼吸をする所から始めてみよう」
律儀にも独白への返答ありがとよ女神様、取り敢えず目の前のレイラさんとの会話に集中してもらいたいね。
「…ある程度、今のお二人の表情で会話の見当はつきますが、本当に心を読む事ができるのですね」
「今は彼限定だけどね。心は生きとし生けるものの宝だ、お陰で退屈せずに過ごせているよ」
「覗かれているオレの心は全然休まらないけどな!…恥ずかしい話ながら、こんな調子なので彼女の事が信頼できなくて。そんな中でレイラさんに会いまして、協力をお願いした次第です」
これ以上場を乱されても困るので、強引に話を戻す。これ以上”ヤツヨ”を手綱なしで放置するのはレイラさんに申し訳ない。
「分かりました。まだ全てを納得した訳ではありませんが、カケル様が嘘をついている訳ではない事を改めて理解しました」
腑に落ちない表情ながらも、それでもレイラさんの中で折り合いを付けてくれそうだ。オレへの警戒は解かれ、代わりに”ヤツヨ”への敵愾心が増した気もするが、そこはもう自業自得なので気にしない事にする。
「ところで女教皇ちゃん、これからの目的は決めているのかい?確か、真相が知りたくて森に入ったと言っていた気がするけども」
「…よく私の言葉を憶えていらっしゃるようで」
二人の間で一瞬バチっと視線の火花が散った気がした。漫画などで第三者の立場から覘く分には笑って見ていられるが、当事者に近い立場かつ間近で見るのは非常に心臓に悪い。何より、現在進行形で空気が酷く重いのだ。
とはいえ、流石にレイラさんも”ヤツヨ”を睨み続ける事はなく、ふいとオレに視線を合わせてくる。
「『王族謀殺』の現場、それがこのフローア村です。元々ここは月の国と太陽の国の境にあり、停戦協定を結ぶ為に指定された場所でもあります。お互い敵国の領地奥深くまで、国の重鎮たちを送り出す訳にはいきませんでしたので、妥協案として選ばれた側面もありますが」
「ほぼ境界にあるこの村ほど、両国にとって都合の良い場所だったという事だね。…軍事的にも、政治的にも」
”ヤツヨ”の「軍事的」という言葉でついオレは、学生時代に受けたとある時代の授業中の余談を思い出した。今のこのフローア村と同じように、領地の境界にある商店が”敵国”に潰されないよう生き残る為、旗色をコロコロ変えていたという話だ。
一方が攻めてきた時は攻め手の国の旗を掲げて応援し、形勢が翻り攻め手が入れ替わった時は旗を取り換え、”攻め手”の応援をする。当時は面白半分で聞いていただけだったので実際のトコロは分からないが、フローア村がもしこの話に倣って旗色を変えていたコウモリ村だったとしたら。現在この村は、一体どちらの国の所属に分類されるのだろうかーー。
「着眼点は良いね。実際、キミのその推理は当たっていると思うよ」
「レイラさんの表情をもっと曇らせたいのかこの野郎!?ほら今にも暴れそうな腕を必死に押さえているだろうが!」
“ヤツヨ”が口を開く度、レイラさんの表情に険しさが増していくのは見ていて気持ちの良いものではない。無理やりにでも何とか話題を繋いで話を展開させないと、いつかオレの胃に修復不可能な穴が空きそうだ。
「要するに、甘い汁にも限りがあるって事でしょう?どっちつかずは鉄砲玉にされやすい、もしもの時はこの村ごと叩き潰せば良いだけですし」
疑わしきは罰せよ。結局考える事はどちらの国も同じだった、という事なのだろう。だから両方の国とも妥協案に乗ってきたと。自分たちの思惑で、相手を潰す為に停戦協定という罠に乗ってきたと。
「私は本当に、停戦協定が結ばれるものと思っていたのです。無駄な血を流さない、平和的な解決があの日に出来るものだとばかり…」
だが現実は違ったのだろう。相手の事が認められない、屈服させたいと願う者が国の中枢に多ければ当然、その手の思考に染まっていく。…レイラさんのような”常識外”の思考は不要だと、自国から突きつけられた時の彼女の無念たるや想像すら出来ない。
「女教皇ちゃん、そろそろ明かしてくれても良いんじゃないかな。キミは一体、この村で何がしたかったのか」
苦い思い出しかないこの村に自らの意思で戻ってくるなど、並大抵の精神では叶わないだろう。
沈黙が場に下りる。けれどもそれは数秒の事、意を決したレイラさんはオレの顔を真っ直ぐに捉えながら口を開いた。
「私の目的、それは…。私の”影”を追う事です」
その言葉には、レイラさんの殺意に似た激情が。隠しきれない程の憎しみが込められていた。
●「ご友人は選ばれた方が良いかと」
そうだぞ主人公君、金の貸し借りで友人を無くすような事だってあるんだからね!
レイラも女神様の胡散臭いオーラをしっかり感じ取っており、「これは将来的にカケル様の害になる存在」という評価を、この一瞬で付けている。実際、この女神様の出自からしてその通りである。
…女の勘って、怖いね!
●現在の味方勢たちの、カケルに対する好感度
(数字はあくまで目安、100に近いほど好感度が高いものとする)
・レイラ:85/100
・”ヤツヨ”:40/100
意外と女神様の好感度が低め。それもこれも、事あるごとに主人公君が冷たく当たっている所為である。
ただし現時点で二人の好感度の序列が逆転していると、「焔の隣人3」でレイラの殺意に当てられてた際に対応が遅れてしまい、主人公君が発狂してしまう為、「BAD END LOG」行きとなってしまう。
●『王族謀殺』の現場、フローア村
作中にも触れられている通り、月の国と太陽の国どちらにも属していたコウモリ村。元々の住人たちは、二つの国の戦闘をただの商戦としか捉えていなかった節があった。
その為、レイラは停戦協定を「受け入れられていた」と好意的に捉えていたが、村の住人たちの多くは「オレたちの食い扶持を潰しやがってコノヤロウ」と心中では青筋を浮かべており、実際の所はあまり歓迎されていなかったという。




