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夢渡の女帝  作者: monoll
第2章 眠れる森と焔の夢
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第2章01「焔の隣人1」

 オレが再び目を覚ますと、そこは見知らぬ天井がオレの視界いっぱいに広がっていた。現実のオレの部屋の壁紙の色ではなく、かと言って木のような質素な造りではない。しっかりとした石造りの一室のようだが、自然の光が差し込まない閉鎖的な空間は、人によっては圧迫感を覚えるだろう。

 隙間の多そうな石壁の見た目に反し、スキマ風などが吹き込む様子もない。それでいて密閉空間独特の熱のこもり、埃などの臭いのこもりもなく、清潔ささえ感じる。高機能空気清浄機でもあるの、この部屋?


 部屋を見渡してみると、オレが寝かされていたベッドを始めとした調度品には、統一性のある洋風な高級感があり、まるで奮発したホテルの一室に泊っているかのような錯覚に陥ってしまう。


「あ、れ…」


 そういえば、何故オレはこんな所で寝かされているのだろうか。確か昨夜は、忍者おんなに襲われて、足蹴にされて、それでーー。ダメだ、ここから先の記憶がおぼろげだ。どうやってこの場所に辿り着いたのか、全く覚えがない。

 部屋の観察に興味が向くより先に、まずは自分の状態確認の為に視線が落ちた。白シャツに量販店で買った黒スーツ、これはオレの身につけている服そのものだ。汚れも目立ったものはなく、まるでおろしたてのような清潔感がある。…何だかそれはそれで、現実のオレらしくないモヤモヤ感はあるが。


『おや、起きたのかい?夜明けまでもう少し時間があるようだが』

「うおッ!?」


 突然寝起きの頭の中から声を響かせるんじゃねぇ、心臓に悪いわ!身体も思いっきり跳ねたじゃねぇか!


『世の中の男は、子や女の声を目覚まし(モーニング)にする事があるとキミの記憶で読んだので試してみたのだが…。ふむ、個人差があるようだねぇ』

(「んなもん当たり前だッ!アンタへのオレの好感度が、そこそこ高いだろうというアンタの認識にオレはモノ申したいね!」)


 そもそも目覚まし(イベント)ってのは、ある程度好感度のある当人同士だから成立するものであって。間違っても、その手の知識皆無の女神様(いせい)が、お試し感覚でやって良い事じゃない。というか、また勝手にオレの記憶を神様気分で覗いたな!?


『元より、ボクは女神のなり損ないだと言っているだろう?そもそも、神様ボクにだって未知の領域はある。知らない事は自分で調べて試す、当然の帰結だろう』

(「調べるにしても、まずは当人の了承は取るべきだろ!」)


 クワッ、と思わず顔をしかめながら空を睨むオレは、同時に視界の隅に淡い水色の髪を捉えた。しまったと咄嗟とっさに表情を戻したものの時既に遅く、オレの百面相の一部始終を見ていたであろう、白と青の気品ある衣装を纏う聖職者ーーレイラさんは、心配そうにこちらへ近寄ると、可憐な顔でじっとオレの目を覗き込んでくる。


「大丈夫ですか、カケル様!もしかして、まだどこか浄化でき(なおせ)ていない所がありましたか?」

「あ、いや…これは」


 ペタペタとレイラさんに身体を触られ、異性たにんからのボディタッチに慣れていないオレがたじろぐ中で、クツクツと笑いを堪える駄女神様の声が頭の中に響く。…三十路を折り返したオッサンの初心うぶな反応が余程新鮮だったらしい。マジで覚えてろよこの女狐。

 ギリギリと脳内で歯を食いしばりながら呪詛をばら撒き続ける、そんなダメ人間(オレ)の事を。本気で心配をしてくれているのだと解る、レイラさんの声色と表情が最後のストッパーになっている。これも聖職者のお仕事の一環なのかもしれないが、こんな可愛い子に親身にされたら、オッサンでなくとも固定の彼女の信者ファンが現れるに違いない。

 残念ながら、無計画に心の中の獣を解き放つには歳を少し取り過ぎた(理性が勝ちすぎる)し、そもそも解き放つ度胸もないオレは、ひたすら理性おもしで欲望を抑えるしかない。


「す、すみません。悪い夢を見ていたようです。どこも痛くありませんので、そろそろ離していただけると助かります」

「本当ですか?嘘だったら怒りますよ?」

「嘘ではないです。ほら、この通り」


 煩悩を振り払う為、腕を軽く回してベッドから起き上がる素振りを見せる。レイラさんには申し訳ないが、物理的な距離をリセットしたかったんだ。間近に美少女の顔があると本当に心臓に悪い。

 突然身を引かれたレイラさんはと言うと、それを体勢を崩す前兆と受け取ったらしい。「カケル様っ」と咄嗟にオレの身体を支えるべく手を伸ばしてくれたが、それをオレは軽く手で制止した。

 オレ一人でベッドから立ち上がってみせる所を見届け、ようやくオレの言葉を飲み込んでくれたらしい。ホッと胸を撫で下ろしている彼女の様子に、オレもようやく内心で安堵した。


「ところでレイラさん、ここは一体どこなんですか?見たところ立派な部屋みたいですが」


 そう尋ねると、何故かバツの悪そうな表情を浮かべた彼女は、そのままオレから視線を逸らしてしまった。何かまずい事を言っただろうかと思い返すも、オレには思い当たる節がない。


「申し訳ありませんカケル様、教会の部屋はまだ綺麗にできていなくて。今使える一番綺麗な場所が、この牢屋しかありませんでしたので…」


 マジですか。教会だけじゃなく、牢屋初体験ですかオレ。というより、教会の中にこんな施設があるって初めて知ったよ。

 それに、綺麗に整えられた室内を見渡す分には居心地が悪いという事は無いし、寝具一つ取ってみても非常に質が良い。まさか牢屋ここ以外の部屋は、これ以上にさらに調度品が整えられているのだろうか。書棚や机など、下手したら現実のオレの部屋より充実しているこの豪華部屋ろうや、食分野の問題さえクリアできれば一生ここで住んでも良いかもしれない。


『流石にそれはボクが困る。もしそんな事になったら懇々と、夢から醒める事の必要性をキミの夢枕で説く事も辞さないよ』


 …、……。非常に名残惜しいが、目の前にある夢の生活は諦める事にしよう。これ以上、激闘を繰り広げた功労者(レイラさん)の大切な時間をったら罰が当たる。決して、嫌な説教を夢の中でも聞きたくないからではない。


「自分より、レイラさんの方こそ大丈夫ですか?あれだけ激しく蹴られたんですから、休んでいた方が良いのでは…」

「私は大丈夫です。恩恵の都合、大概の傷はすぐに治りますから」


 そういえばと気になっていたオレの心配を、レイラさんは笑顔で返してくれた。…その顔が腫れ上がってさえいなければ、オレも素直に安心できたのだが。同時に、ここまでしてもらって何も返せていない自分が無性に腹立たしく思えた。


「…カケル様、ご心配いただきありがとうございます。そのお気持ちだけで、私は救われますので」


 感情が顔に出てしまっていたのだろう、気遣わしげな表情でこちらを見るレイラさんが痛ましい。自分の不甲斐なさと、彼女の健気さの天秤が全く吊り合っていない。何とかして彼女に報いるすべはないものかーー


「それでは、カケル様の事について教えてください。思えば今まで、私の事ばかりお話していてカケル様のお話を全然聞いていませんでしたね」


 そんな思案も筒抜けだったらしく、レイラさんから話題の水を向けられる。…確かに言われてみればそうだ。「森で迷っていた」とはあの時言ったものの、それ以外のオレ自身の事は何一つ語っていないのだから。我ながらよくもまぁ信頼関係が構築できていたと錯覚したものだ、何も聞かずオレを信じ続けてくれていたレイラさんの人徳に感謝しかない。


「分かりました。それでは、何からお話しましょうか」

「…まずは昨夜の事について、詳しくお聞きしたいです。特に、いつの間にか居なくなっていたあの女性について」


 おっと、女神様そこからですか。オレとしてはこのまま正直に答えても良いし、そうするべきだと思うのだが、果たしてオレの記憶を勝手に閲覧えつらんし放題な当神とうにんの考えや如何いかに。


『構わないさ、別に隠す事でもないからね』


 回答を焦らされるものと想定していただけに、正直肩透かしを食らった気分だ。だが、こうして本神ほんにんからお墨付きをもらったので、遠慮なくバラしていこう。


「あの駄女神…こほん、”ヤツヨ”は自分の味方というか、協力者というか。少なくともレイラさんと敵対する事はありません」

「協力者…その割には不思議な関係なのですね」


 不思議な関係と評されて、オレはつい苦虫を噛み潰したような表情を作ってしまう。そんなオレの変化に何かを感じ取ってくれたのだろうか、レイラさんも釣られるように苦笑を漏らした。


「あの方、かなりお強いですよね。私一人でしたら、あの場を切り抜けられなかったと思います」

「そ、そんな事はーー」


 ない、と。言い切りたかったが、先の戦闘を思い出すとレイラさんの言葉を強く否定できなかった。”ヤツヨ”の介入がなければ、忍者おんな相手に勝てる筋が見えにくかったのは事実だったのだろう。

 さて、弱者が強者の傘に入るのは当然だ。もし強者が、その”傘”の話を切り出してきた時は、何を気にしている時なのだろうか。


(レイラさんの目が、笑っていない)


 少しでも言葉を探す時間を作ろうと視線を泳がせ、レイラさんのその目を見た時。そこでようやくオレは、彼女がこちらを追及しているのだと遅い理解をする事ができた。

 つまりこう言いたいのだ。私より強い人が知り合いに居るのに、何故私に援助を求めたのか、と。


「…カケル様。お答え、いただけますか?」


 やはりオレは表情に感情が乗りやすいらしい。こちらが悟った事を答えてほしいと、レイラさんはただ静かに待っている。

 言葉を選ばず、その答えを明確に出す事は可能だろう。だが、それが正解だとはオレ自身が思わなかった。


(”ヤツヨ”の事が信じられないから、レイラさんの力を借りたかった…だなんて。一体誰が信じるって言うんだよ)


 せめて本人が何の脈絡もなく登場し、場を荒らしてくれれば解決の糸口も見つかりそうなものだが…。いや、こんな行き当たりばったりで自分勝手な願いにこの自称女神様が動く訳ーー。


「それ以上彼を追及しないでもらおうか。その代わり、ボクが説明してあげよう」


 そんなオレの都合の良い女神様が、まるで機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)のように。あるいは、童話に出てくる悪戯好きの妖精のような気軽さでオレたちの前に現れたのだった。

●何だこの高級感溢れる豪華牢屋へやは…

ヒロインちゃん(レイラ)が、せっせと埃まみれだったこの豪華牢屋へやを整頓していた成果です。女忍者ソレイユ相手に散々蹴られた後のお掃除、ご苦労様です。主人公君はもっと労わってあげて…。


元々は敵国の諜報員から情報を絞り出す為の懲罰房。どの教会にも備わっている施設だが、その機能を棄てて綺麗に整えているのは、このクライムハート教会のみ。

他の牢屋も不要と、この豪華牢屋へやほどではないが、現実における一人部屋としての機能を充分に兼ね揃えている。

…が、完全に牢屋としての機能を棄てきった訳ではないので、(豪華牢屋も含めて)しっかり準備すれば問題なく機能できる。


まるで、今後外敵に触れる事はないと言わんばかりのこの教会の牙の抜かれよう。実際に外敵が現れた時、果たして機能できるのか…?


●この主人公、目覚ましフェチかよ?!

違います。彼の名誉の為に言及します、断じて違います(滝汗)。

とはいえ、人並みには欲があるのは確か。やっぱり人間は、煩悩にまみれている…。


●強者の”傘”

ピラミッドの頂点に立つ者が、下の者が路頭に迷わないよう粉骨砕身する事は、現代では珍しい事でもない。

今回の場合、レイラの下に入るか、”ヤツヨ”の下に留まるかの2択を迫られている。ここでレイラ以外の選択をすると、後々大変な苦労をする事に…?

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