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夢渡の女帝  作者: monoll
第1章 日常が塗り替わる日
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第1章13「女帝と沈む太陽3」

 女神様の創り出した、もう一つの小太陽かきゅうが夜闇を煌々(こうこう)と照らす中。二人の少女は向かい合う形で相対していた。片やシスター服の袖を、もう一方はからくれない色の紐リボンを、それぞれ夜の風に任せて揺らしている。そんな彼女らの間に流れる空気は、決して穏やかなものではない。むしろ剣呑けんのんな雰囲気を漂わせていると言い切ってしまって良いだろう。少なくとも、その只中に居続けているオレにとっては、この空気を味わっているだけで胃の中のものが逆流しそうな心地だ。

 そんな張り詰めた緊張感の中、最初に口を開いたのはレイラさんの方だった。


「もう一度問います。貴女様は、カケル様に何をしようとしましたか?」


 普段の物腰柔らかな雰囲気とは打って変わって、言葉尻を強めて詰問するレイラさんに一瞬気圧された女だったが、すぐにその表情を元の調子に戻す。


「別に?ちょーっと、このオジサンと遊んであげようと思っただけだって」

「カケル様のこの表情から、それを真と捉えるには無理があるかと」


 そう言って、チラリとこちらに視線を向けるレイラさん。心配半分、怒り半分といった表情でこちらに視線をくれるが、残念ながらそれをユーモアで返すだけの心の余裕と体力がない。正直、今も立っている事がやっとな状態だ。

 こんな情けない姿を晒すのは本意ではないので、オレの身体に何しやがったのか、あの自称女神様を後で問い詰める事にしよう。…何故この不調の原因が解るのか、だって?そんなのはただの勘だ、けれども状況的にはあの女神様以外に候補はいまい。間違っていたら、その時はその時のオレに状況を任せよう。


「…そ。じゃあさ、アレはどう解釈する訳?」


 女も言われっぱなしではいられないと、オレを今も庇うように立つ自称女神様(”ヤツヨ”)を顎で指す。…確かに、どこからともなく急に現れ、護衛対象を守っている謎の人物ともなれば警戒対象に認定されるのは必至だろう。


「ボクとしては、どのように解釈してもらっても構わないとも。それによって三つ巴の混戦になるか、2対1になるかの違いにしかならないからね」

「へぇ?自分は蝙蝠こうもりですーってアピールしたいワケ?」

「そう捉えるならご自由に。ボクはただ、ボク自身の目的の為に動いているだけだからね」


 嫌味を混ぜるくのいちと、飄々(ひょうひょう)と答える女神様(”ヤツヨ”)の様子から、やはりレイラさんも態度を決めかねているようだ。

 勿論、女神様(”ヤツヨ”)は嘘をついてはいない。この夢に潜る前から彼女の目的を聞かされていたオレからしてみれば、胡散臭いほど真摯しんしに答えていると思う。だから、レイラさんの態度を決めてもらう為には、あと一押しをする必要があった。


「レイラ、さん。この人の事は、後で説明、しますから。あの忍者をーー」


 お願いします、までは言わせてもらえなかった。謎の倦怠感も手伝ってはいたが、それとはまた別の要因で、オレの口はそれ以上の言葉をつむがせてもらえなかったのだ。

 くのいちの弾丸のような突進からの、薙がれる右脚。当然、そんなものをオレが避けられる筈もない。だから、防御を女神様だれかに頼るしかなかった。


「誰か、とルビを振る辺りは確信犯だね。まぁ、キミに倒れられたら困るからしっかり守るけども」


 軽口を叩きながらも、女神様は宝杖でしっかりガードしてくれる。やっぱり持つべきものは心の女神様だな!


「おまけだ、持っていくといい」


 膝を受け止めた杖の先端から火球が生成され、くのいちの頭上から降り注ぐ。流石に本気で迎撃するつもりはないのか、その数はひどく少ない。シューティングゲームで言う所の、イージーモードな弾幕スカスカ具合である。

 ただし、そんな火球でも一撃浴びたらオレみたいな人間は致命傷どころの話では済まない。文字通り、跡形もなく消し飛ぶ事だろう。

 しかし、このくのいちは怯まなかった。火球の間を恐れずすり抜け、あまつさえ追撃の蹴りまで見舞ってくる。その度に女神様(”ヤツヨ”)は宝杖で攻撃を全て防ぎきる。まるでくのいちの脚が杖に吸い付くかのように。…蹴られる場所が、最初から解っているかのように。


「ーーシッ!」


 これ以上攻撃を続けても部が悪いと踏んだのだろう。最後に宝杖へ一蹴ひとけり見舞うと、くのいちは大きく距離を離して体勢を立て直した。


「乙女の顔を迷わず焼きに来るとかサイテーなんですけど」

「戦場では老若男女の差別をしない主義でね。それに、女だから何をしても赦されると思い上がっているのなら、それを正すのも先人の役目というものさ」

「…ホンット、ムカツクわ」


 忌々しげに吐き捨てながら再び構えを取るくのいちは、ずっとこちら(オレ)を見据えている。セオリー通り、一番弱い箇所を集中攻撃する算段なのだろう。刺客らしい、しかし暗殺者と呼ぶにしては相応しくない選択だ。

 だからこそ、背後から迫るレイラさんの突撃にくのいちは反応しきれなかったのだろう。完全に意識を女神様(”ヤツヨ”)だけに向けていたからこその視点漏れ、その代償はとても重かった。


「卑怯とは言わせませんよ」


 くのいちの背中に身体を突き刺しながら、倒れるように地面に叩きつけたレイラさんのテイクダウンによって、くのいちも「かはっ」と肺の空気を吐き出さざるを得なくなる。すかさず倒れ伏した状態のままくのいちの身体に馬乗りし、レイラさんが拳を振りかぶってーー忍者おんなの鼻っ柱のすぐ真横に叩き落す。


「さて、私はこのまま貴女様に(こちら)を叩きつけても構わないのですが。投降なさいますか?」


 衝撃で抉れた地面を敢えて見せ、降伏勧告をするレイラさんの表情は冷たい。美人が怒ると怖いというが、今の彼女ほどその言葉が似合う人も中々いないだろう。実際、オレも思わず震えてしまったくらいだ。

 そんな彼女の脅し文句を受けても尚、くのいちは余裕の表情を崩さない。それどころか、むしろこの状況を楽しんでいる節すらある。


「いーや?今もあんたをこの手で、脚で、ぐちゃぐちゃにしてやりたいって思ってるし」


 それに、と言葉を繋げた瞬間、どこからかドプリと何かが沈むような音がした。…否、沈んだのはくのいちの身体だ。慌ててレイラさんが拳を叩きつけるも、既にくのいちは地面に溶けきってしまっていた。


「あたしの事を忘れたって言うのなら、思い出すまで徹底的にボコってやるわ」


 くのいちの声が、地面の底から響くようにして木霊する。それを合図にして、ぞわりと悪寒が背筋を駆け抜けていく。…どこかで感じた事のある、嫌な感覚だった。


(確か、これって…)


 記憶を手繰り、答えに行き着く前にそれは現実となった。レイラさんの背後から、くのいちの身体が突如隆起したのだ。いや、正確には地面の中から這い出してきたと言った方が正しいかもしれない。


「くッ!?」


 レイラさんも背後のくのいちの存在に気付くも、時既に遅し。くのいちの脚がレイラさんの後頭部を捉えると、そのまま一気に振り抜いた。鈍い音と共に吹き飛ぶレイラさんの身体は、最低限の受け身こそ取ったものの地面に容赦なく叩きつけられる。


「…ほら、立ちなよ。まさか今ので戦意無くしたとか言わないわよね?」


 くのいちが手を招く。それに呼応するように、きょうこうがむくりと立ち上がり、鼻から垂れる少量の血を拭う。

 相手をさげすむような眼が、めつける眼が、二人の間で交わされる。…いよいよ、少女たちの喧嘩の幕が上がろうとしていた。

忍者女ソレイユについて 1

第1章15で思い出したかのように語り始めるヒロインちゃんですが、実際は忍者女ソレイユと顔見知り。それどころか、主に月の国の闘技場でよく邂逅している。

戦績はレイラ相手に全戦全敗。忍者女ソレイユ恩恵ちからが十全に発揮できない場であるとはいえ、敗北続きではプライドが許さないという個人的な因縁を胸に、今回の暗殺命令を受けている。


忍者女ソレイユ恩恵ちから、戦闘能力について

忍者女ソレイユ自身が触れた影を使って、自身を強化する事に特化した恩恵…それが「影纏い」である。

主に建物や岩などの頑丈な物質に触れ、その硬度を利用して物理で蹴る戦い方を好み、ルートによってはレイラと何度も対峙する事になる。主人公君の夢の中の住人が格闘戦ばかりするのは、レイラの他にこの女忍者ソレイユの存在が大きい。

また、今回のように自身の影に潜る事で、一時的な攻撃回避にも使用可能。ただし、その後数秒程度で再浮上しなければならず、その際は完全な無防備となってしまう。更に、浮上できる場所は「自身が潜った影に触れている影」のみ。


一見、夜の戦闘最強か?と思いがちだが、所詮はただのワープ。気配察知でも対処でき、浮上時の無防備な身体に一撃重い攻撃を浴びせられる事が多い。

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