第1章01「虚しいいつもの夜」
程よく都会に憧れて流行モノをあれやこれやと着飾る田舎町も、夜の帳が下りれば元の寂しい現実に帰ってくる。僅かな街灯も仄かに自分を示す程度にしか主張せず、人気の無くなった通りを静かに照らしていた。
丑三つ時を回っても田舎町で夜に活動するのは、精々が眠たい目をこすって働く人間か、昼日中の鬱憤を晴らす為にマフラーを吹かせて走り回る人間のどちらかだろう。だが困った事に、そのどちらにも属さない奇特な男が一軒家の一室に引き籠っていた。
そんな男の名前はカケル。とある会社勤めのサラリーマン、年齢=彼女いない歴の寂しい三十路を半分超えた冴えないオッサンだ。…言ってて寂しい?自覚はあるんだよチクショウ。
結婚を考えなければならない時期とはいえ、清潔感の欠片もない175㎝、80㎏の肥えた売れ残り男と結婚を考える女なんてまず居ないだろう。そもそも土俵にすら立つつもりのなかった男が今更努力した所で、最良の賽の目を出す幸運がオレに備わっているとは到底思えない。
勿論、社畜である以上は最低限の身だしなみは整えているつもりだが、結局はそこまでだ。テレビに登場するイケメンやらモテ男と比べ、オレの手札は残念ながら貧相だ。オシャレのいろはを達人から叩き込まれた所で、勝負にすらならないだろう。
そんな風が吹けば倒れる駄々同然の持論で武装し、今日も「いい加減に家庭を持ちなさい」砲撃に大破しながらも、オレは趣味のゲーム漁りに没頭する。
この日オレが遊んでいたのは『タロット・パレット!』という格闘ゲーム。パッケージに映っている女の子たちが可愛く印象的だったから、という邪な理由で購入したものだ。現在はオレの操作するお姫様が、自慢の細腕で10人ほどの腕自慢格闘女子たちを伸している。
何故数ある格闘ゲームの中から、わざわざニッチな作品を遊んでいるのか、だって? 理由は簡単、可愛い女の子たちに素手で殴らせ合うという、最近あまり見かけない格闘ゲームコンセプトに惹かれたからだ。
…おっと、ドン引きされるのは重々承知しているが、勘違いだけはしないでほしい。オレは、仕事場で溜まった鬱憤を晴らす場所を求めているだけだ。オッサンになったとはいえ心は男子、女の子という栄養分は少なからず欲してしまうもの。理解を得られるとは思ってはいないが、社会に出れば人畜無害なので大目に見てほしい。
当然ながら、ゲームの内容をそのまま現実で再現したい!といった危険嗜好は微塵もないし、フィクションと現実はゲーマーでなくても区別はしっかりつけるべきだ。良い子の皆は分別をつけて、レッツエンジョイ人生。
「…よし、勝てた」
言葉とは裏腹に、少し疲れた声で勝鬨をあげる。オッサンゲーマーにとって、一つのゲームをゆったりと、あまねく遊ぶ心の余裕は無くなりつつあるもの。特に年々増していく体力低下は致命的だ。若いの、今のうちに体力作りに励むと良いぞ。
当然、筋トレやアウトドアな趣味を持てばそうはならんやろ…と母上からお言葉をよく頂戴する訳なのだが、しかし気分屋なオレの気が一向に乗らない。
…いや、アウトドアな趣味は実際に試してみたのだが、オレはとことん不器用らしい。テントも禄に立てられず、バーベキューで火をくべる事すら満足にできない体たらく。何も満足にできない自分に嫌になったのが最後の思い出だ。
「ふぁ…」
――軽いフラッシュバックは頭を振って強制的に無にするに限る。それとも、単に脳が活動限界を迎えていたのだろうか。気が付けば時計の短針は2と3の間を示しており、脳が休息を欲して生あくびを零すのは至極当然と言えるのだろうが。
幸い、ベッドとの距離は目と鼻の先。ゲームの電源を切るのを忘れずに、後は朝6時過ぎのアラームを設定して布団に潜ればグッスリタイムだ。電子音が鳴れば、朝食を軽く済ませて仕事に出かける。そんな、いつものルーティーンが始まる。
…そう、いつもの生活と何も変わらない。変わらない筈なのに、最近になって何故こんなにも虚無感を抱くようになったのか。その理由はオレ自身、昔から薄々と気づいていた。
日常の中に刺激が足りないのだ。全くの非日常という訳ではないが、何かイベントが欲しい。けれども現実、そんな事が起これば一大事だし、慌ただしくなる日常の中心にオレは居たくない。
それでも、日常の中で収まる程度の非日常なら少しはあってほしいものだ。…いやはや、我ながら欲深い矛盾だらけなヒトだこと。
ともあれ、ルーティーン通りにベッドまで辿り着いたオレは、いつも通り布団の中に潜る。
立体物やポスターといったオタク気質溢れるグッズが皆無な素っ気ない部屋に、ようやく夜の帳が下りてくる。幼い頃からの習慣で、誰もいない部屋に「おやすみ」とだけ呟いて、オレは意識を沈めていった。
●『タロット・パレット!』とは?
一言で表現するなら、「推しタロットを愛でる格闘ゲーム」。タロットカードをモチーフにした女の子キャラクターが、たった一人のタロットマスターを目指して戦うという、つまる所のキャラゲーです。
カケルが好んで使っていたのは「女教皇」、ですが「隠者」も気分に合わせて使っていたみたいですね。
●カケル(主人公君)、そんな睡眠時間で大丈夫か…?
朝6時起き、食事・身支度を30分で済ませる上、電車通勤なので電車内で仮眠を取る毎日。実質4時間程度の睡眠時間…主人公君の脳は当然ながら満足に働いていません。
このままの生活を続ければ、間違いなく廃人まっしぐらです。良い子は真似しないようにね!