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夢渡の女帝  作者: monoll
第1章 日常が塗り替わる日
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第1章12「女帝と沈む太陽2」

 大胆不敵にも笑みを浮かべて立ち塞がる女神様の姿に、しかしレイラさんにふんする女がひるむ様子はない。それどころか、女は更に口元を歪ませて微笑わらう。


「折角楽しいところだったのに、邪魔しないでくれる?」

「他人の娯楽を否定する気はないよ。ただ、その娯楽の限度が過ぎたものだったなら話は別だ。…今の拳、彼を殺す気だっただろう?」


 女神様の言葉に、レイラさんに扮する女の表情かおから遊びが消えていく。女のその切り替わりの早さに、思わず身震いした。

 …ここからは、女の争いだと直感する。漫画やゲームに描写される、可愛い言い争いなんてものでは決してない。一瞬でも隙を見せれば殺される、そういう類の争いなのだと。この場を突如ピリつかせた雰囲気が、オレに教えてくれた。


「『墓標に灯を(アウェイク)』」


 そんな雰囲気に動じる事なく、女神様が動き出す。金の宝杖をクルリと回すと、彼女の杖の先端から火球が現れた。

 大きさが女神様の頭くらいのそれは、電気を通した電球のように夜の帳を煌々(こうこう)いている。しかし煌々(こうこう)とする割に光量はそこまで強くなく、ちょうど澄み渡った夕暮れの空の、あの穏やかな明るさを彷彿とさせる。けれども火球と形容する割には、こうしてすぐ近くに立っていても不思議とその熱を全く感じない。そんな矛盾だらけの小太陽に、興味本位でさらに近づいてみると…。


「おっと、それに触れるのはやめた方がいい。更に深く夢に潜りたいのなら、話は別だけどね」


 こちらを見向きもせずに、背後に目がついているのではないかと錯覚するタイミングで忠告される。…心が読める妖怪のような自称神様が相手なのだ、もうこの程度では驚かなくなった自分に嫌気が差してきた。


「まずは、キミが何者なのかを暴いていこうじゃないか」


 オレが十分に離れた事を確認すると、火球が突然二つに分裂する。パックリと割れるように、ではない。細胞分裂のように、あの火球が2つの均等な欠片に分かれたのだ。


(あの球、生き物…なのか?)


 もしオレの想像通りであればこの火の球、相当厄介な機能を有している。あの分裂した火球が、もし成長したとしたら。その成長速度が、あまりにも速かったらーー。


「素晴らしい発想だね。でも、60点といった所かな」


 口にすら出していないオレの推測を、突然採点された事に腹がつい立ってしまう。どこに減点要素があると言うんだ!


「残念ながらこれは分裂止まり。成長というものはこの段階では存在しないから、マイナス50点。けれど、『成長』を促す技も存在するからプラス10点。ほら、持ち点100からの加減方式だから60点だろう?」


 加点方式と減点方式のハイブリッドを独自かってに作るんじゃねぇ、気儘きまますぎるわ神様か!?自称だけども女神様だったよチクショウ!


「何もせずに見ているだけだと思ったのかしら、ねッ!」


 確かに女の言う通り、こんな見るからに放置できない技を、ただ指を咥えて待つだけの者はいないだろう。女神様の入念な下準備を防ごうと、てきも脚を鋭く何度も繰り出していく。素人から見ても洗練されているその身体捌きは、確かにどこかレイラさんを彷彿とさせる。

 だが、レイラさんはパンチを主体にした戦い方をしていたのに対し、この偽物はキックを主体にしているらしい。攻撃を繰り出す度にひるがえる白いスカートに、オッサンの自制心をフルに使って視線を集めないよう逸らす努力をしてみる。だが哀しいかな、絶えず動き回る脚と布の動きに男のさがが釣られ、つい視線がそれを追ってしまう。…中は見ないぞ、バレた時が怖いからな。


「攻撃が、当たらない!?」


 紙一重で蹴りを捌き、あるいは宝杖で受け止め、しかしカウンターを仕掛ける事なく防御に徹し続けている“ヤツヨ”。心が読めるような化物女神様の事を思えば、さもありなんといった光景だ。しかしそんな能力など知る由もない相手おんなにとっては、そこは未知の領域。焦燥を隠せなくなるのも無理はない。


「キミの心は一辺倒すぎて飽食しそうだ。そろそろ味に変化を加えよう」


 女神様がニヤリと口角を上げ、蹴りを避けながら宝杖を再びかざすと、小さな太陽たちがおもむろに動き始めた。

 一つは相手おんなに突進し、一つは距離を保ちながら遠距離光線射撃を続けている。近距離と遠距離の攻撃を巧みに使い分け、相手おんなの思考のテンポをずらしていく。シンプルな戦術だが、効果は覿面てきめんだったらしい。


「くぅっ…!?」


 相手おんなの表情に焦りが見え始めた。…無理もない。女神様の指示がなくとも独自に動く、小太陽の緩急つけた攻撃たちはてきの集中力を根こそぎ奪いにかかっているのだ。あの小さな太陽たちは、燃え盛る見た目とは裏腹に、近距離にいても熱量を感じさせない。つまり、あの存在を把握するには目視が最適解という事になる。

 正体不明の光線を避け、突撃してくる小太陽をかわし、時折混ざる女神様の杖の一撃もいなす。もっとも、女神様の一撃は杖の扱いに手慣れていない感がこちらにも伝わってくる始末だ。当たればラッキー、程度にしか女神様も想定していないだろう。


「杖を使うのも久しぶりだったからね。心配ではあったが、問題なかったようで安心した」


 ”ヤツヨ”のグルリと手を回す仕草で、小太陽たちの動きが変化する。瞬間に放たれたのは、まるで今までの攻撃が手加減だったとでも言いたげな、両太陽からの光線攻撃。ただしそれが、小太陽たちが高速で突進しながらの攻撃だったとしたら、避けられる自信はあるだろうか。オレにはない。


「避けるしか、ない…!」


 それでも、この女はの道を選んだ。脚を狙う遠距離こうせん攻撃なんか受けていられないと、てきは攻撃を回避する事に集中していたらしい。…確かに、回避能力には目を見張るものがある。実際、これまでのあの女神様の攻撃を一度も被弾していないのだから。

 だが、その内の一つが突然掻き消えたとしたらどうだろう。


「なッ!?」


 目視に頼ったてきの回避プランは、一気に崩れる事になる。1つ目の小太陽の攻撃を避ける事はできても、消えた2つ目の火球の攻撃がいつ飛んでくるのかが分からない。

 惑い、迷い。気がつけば、てきの懐に2つ目の小太陽が潜り込んでいる。最早、戦闘に支障の出る深手は避けられまい。


「『微睡む魂の起床(リマインド)』」


 瞬間、その太陽が大きく膨れ上がり、女の全身を飲み込んでほのおに包む。勢いよく燃え盛る火力に反し、それに危害を加える事はなく。ただ静かに、ほのおは身にまとっていた変装…否、外見だけを焼き尽くして霧散した。


 正体が露わになった女の姿は、忍者のような風貌だった。見た目はレイラさんと同い歳くらいだろうか。黒いマフラーを首に巻き、忍袴もその色にならう。女神様のほのおあおられているのか、銀色の肩に掛からない程度の長さの髪が風になびいている。

 しかし幼い顔立ちと慎ましやかな胸では、くのいちを名乗るにしても「妖艶な」と形容するには苦しいだろう。折角の鎖帷子くさりかたびらなのにお腹を出していたり、脚や背中にから紅の紐リボンが映えているのも、その背伸びをした幼さ故だろうか。


「…何の真似?今の攻撃、あたしを殺せる絶好のタイミングだったじゃない」


 情けをかけているつもり?と抗議の目を向けてくる女。だが、女神様は軽くその視線をいなした。


「これはボクなりの気遣いさ。キミたち()()への、ね」


 確かに意味が解らない、と首を傾げそうになったオレは、瞬間全身の力がガクリと抜けてしまった。…この疲労感、覚えがあるぞ。仕事で無理を重ねた後にやってくる、いつもの脳と身体の過労働疲労オーバーワークだ。

 頭が朦朧とし、動きたい意識とは裏腹に熱を持った身体が重い。睡眠状態の身体を無理やり起こしているからか、オレの呼吸も浅い上に心の鐘を早く打っている。まだ襲われるかもしれない。ここで意識を手放すわけには、いかないというのに…!


「一つ、彼への気遣い。彼には後で説明するつもりだったから、ここでは言葉を最小限に留めよう。けど、もう一つ…キミへの気遣いについては」


 熱に浮かされたオレの意識が沈まないよう、無理やり繋ぎ止めながら。「解るよね?」と言外に含みつつそれから外した、女神様の視線の先を探す。

 向けているのは、教会の入口。仮に今、あの教会の中で五体満足で動く事のできる人物(みかた)がいるとしたら、一人しか答えが思い浮かばない。


「ーーカケル様に、何をしようとしているのですか?」


 白と青の修道服風のドレスを身に纏った、怖い拳の女教皇様が。静かな怒りをたたえながら、そこに立っていた。

●どうやって変装しているんだ、この女忍者…。

影纏いの恩恵は意外と便利で、対象の影を踏む事で、見た目だけでなく声までも借りる事ができる。ただし対象が元々持つ恩恵ちからは借りられないので、誰かと接触する時は話術と体術(自分の力)で乗り切るしかない。


●「タロット」

手にカードを握るイメージをしつつ、そこに魔力を流しながら「アウェイク」と宣言する事で起動する。

この異世界においては、神様を気取れるような超越チートの力を使用者にもたらすが、それ故に制限も多い。


・安全に力を振るう事ができるのは、一部の例外を除いて一度の起動につき3分のみ。それ以上の時間、力を行使する事も可能だが、例外なく使用者の命を削る。

・大アルカナの数だけ存在し、原典オリジナルは2枚以上存在しない。また、一人で複数枚の「タロット」を所持する事はできない。

・使用回数がカウントされる。別段これ自体に意味は持たないが、「タロット」に身も心もっていくとされている。


元々は”ヤツヨ”の居た世界の超越物質だが、どういう訳だかこの異世界にも流れてきている。

余談だが、起動するコツは自分の中の世界ーー心象世界を具体的にイメージする事、らしい(”ヤツヨ”談)。「墓標に灯を」とか響きがカッコイイよね、女神様!(なお超絶地雷原の模様)


●「女帝」の小太陽フレア

周囲に熱を感じさせない、ただの光る球。ただし”ヤツヨ”が指定したものは容赦なく燃やしていく。

このON/OFFの切り替えはほぼ一瞬で行われ、更には”ヤツヨ”の思考の中だけで切り替えが完結するという、嫌らしさの権化とも呼べる技。この異世界の住人たちでは、まず攻撃の見切りは不可能。

今回の『微睡む魂の起床(リマインド)』という技は、これを応用したもの。変装のガワ()()を燃やす指定をした為、中身の女忍者が燃えずに済んだ…といった具合に、かなり精密な攻撃指定ができる。能力向上バフの解除にも使用でき、牽制として”ヤツヨ”がよく用いている。


また、一度きりだが分裂も可能。その場合は熱出力も低下するが、基本的に触れれば即アウトなので、攻撃の手数が増えるだけ。火力低下のデメリットがデメリットしていない、出し得のクソ技。


●”ヤツヨ”の戦闘能力

接近戦を主体としたインファイター…なのだが、現在はそれを封印して、苦手としている後衛に徹している。苦手というだけで、弱い訳ではない。

読心術にも長けており、相手の戦闘能力を見抜くばかりか、弱点すら簡単に見抜いてしまう。


●レイラさん、最後めっちゃ怖くない?

いつの間にか教会の外に出ていた依頼主、それどころか刺客に襲われているとなれば、ブチギレも止む無し。相手が既知であろうとも、容赦はしない。

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