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夢渡の女帝  作者: monoll
第1章 日常が塗り替わる日
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第1章11「女帝と沈む太陽1」

 気を失った老司祭を縄で縛り終え、ようやく一息つく事ができる。とはいえ、主に奥の部屋から漂う、鉄の気持ち悪い臭いが取れない間は気も休まらないが。

 せめて血のない所へと、逃げるように教会の外へ出る。日は、すっかり沈み切ってしまっていた。…この教会を除いて、現代の灯のない原始的な闇に呑まれてしまった街の様子に、改めてこの集落の人気ひとけの無さを思い知らされる。


「これで良し、ですね。後はいつも通り、日が高い時間になったら適当に詰所の近くに置いておきましょう」


 エントランス付近に老司祭を転がしておく、レイラさんの手馴れた様子に若干の恐怖心があおられる。濃い夜の色の所為せいだと自分に言い聞かせながら、オレはレイラさんに頭を下げた。


「レイラさん、ありがとうございました。お陰で助かりました」

「いえ、これも私の務めですから」


 助けてもらったら御礼おれいをする、これ大事。特に今回のような、命に関わるような問題に巻き込まれた時は尚更だ。

 …それにしても、こんな都合が良すぎる場所に、あの老司祭のような刺客がポンと現れるものだろうか。それこそ、オレたちの行動を尾行していないと起こり得ない偶然だと思うのだが。


「では、そろそろ私たちも休みましょう。カケル様、どうぞこちらへ」


 レイラさんが手招きしてくれている。だが、今はどうしても建物の中に戻る事を躊躇ためらってしまう。教会中を充満している鉄の臭いをどうにかしない間は、今は闇にまぎれてしまっているが、この教会の周囲にある建物の1つを借りて過ごしたいくらいだ。


「も、もう少しここでゆっくりさせてください。どうにも今戻るのは、ちょっと…」

「カケル様、もしかして教会に苦手意識があるとか?大丈夫ですよ、私がついていますので」


 いや、教会が苦手…という訳でもないか。だがそれ以上に、どんな場所であれ血の臭いは大変よろしくない。たとえ夢物語つくりものだったとしても、教会プラス血とかホラーゲームにありがちな要素てんこもりで心臓に悪いじゃないか。


「そうじゃなくてですね、単純に気分の問題といいますか」

「気分?…あぁ、静かな雰囲気が苦手とか?」

「どちらかというと静かな方が好みです。って、今はそんな事どうても良くてーー」


 ずいずいと距離を縮めてくるレイラさんに、思わずオレも後ずさりする。おかげで教会の入口から少しずつ離れてしまい、夜の闇に呑まれそうになっていく。今はレイラさんが一緒とはいえ、流石にあかりのない場所から離れすぎるのは良くない。闇夜から刺客が襲ってくる可能性も、まだゼロとは言い切れないのだ。


「血の臭い、というのか。その…今あの教会に染み付いている臭いが嫌なんです。こう、鼻の奥にツンとくるような…刺激臭が」


 正直、森の中で猪を捌いている間も辛かった。咄嗟にレイラさんも「申し訳ありません、気がつかなくて。こちらの臭いも浄化しておきますね」と対応してくれたので、何とか堪える事ができたが。…そうだ、レイラさんならこの臭いも浄化できるのではないだろうか。


 そんな淡い期待の眼差しをレイラさんに向けた時の、こちらをさげすむ表情に。オレは身も心も凍りついた。


「何をそんなに怯えているのです?今更、血を見たくらいで。いい加減慣れて下さい」


 …おかしい。レイラさんとは確かに一朝一夕の仲ではある。言い方に語弊があるのは承知の上だが、要するにビジネスライクの付き合い…顔を合わせて1日も経っていないのだ。ましてや、このような血を見る機会は2回…いや、集落入口の乱闘で顔を殴られたならず者が鼻血を出す所を含めれば3回か。その程度でしか実際に流れる血を見た事はない。人間が流す鼻血以外の血を見るなんて、この教会が初めてだ。

 レイラさんの人となりを正確に把握した訳ではない。だが、少なくとも今のような反応をする性格とは、とても思えない。


「自分が、悪かったです。確かに、血の臭いには…これから慣れていかなければ、でしょうし」


 だから、ひとまず教会の中に入りましょうと。何故か教会から遠ざけようとするレイラさんを説得しようと試みた。


『おや、ボクが少し席を外している間に面白い事になっているじゃないか』

(「…今話しかけるんじゃねぇ。タイミングを考えやがれ」)


 そこへ、いつの間にかぱったりと会話が無くなっていた自称女神様からの念話コールが。この絶妙に間の悪い時に、突然話しかけてくるのは心臓に悪すぎる。…この気儘きまますぎる猫のような駄女神には、社会人のTPOをイチから学んでいただく必要がありそうだ。


『ふむ、ボクとしてはタイミングよく声をかけたつもりだったのだけどね』


 しかし、当の女神様(”ヤツヨ”)はオレの対応に不満げな様子。…おいおい、これは知識我流のインチキマナー講師マスターカケルさんの出番か?落第生に更なる赤点付与教育を施すのは得意です。要らない?そう…。


『いや、気がついているのであればそれで良いのさ。ボクの知らない交友関係を持つ事も大切だ、いさめる事はしても縛る事はしないとも』


 いや顔見知りだろ、念話越しだけども。思わず表情に出してしまったが、それが二人の行動を決定的なものにする。


『…だとしたら、すぐに彼女を呼び戻すんだ。それが叶わないなら、緊急策を講じよう』

「あぁ、バレちゃったか。戦場慣れしてなさそうな一般人だし、簡単に騙せると思ったんだけどなぁ」


 レイラさんの声で、それの表情に悪意が満ちていく。女神様の忠告と同時だった事もあり、オレの思考は混乱を極めた。

 だが、その中でもハッキリとした事があった。目の前のレイラさんにふんした何者かは、しかくだ。


「けどもういいや、これくらい離れていれば流石にすぐの助けは来ないし。…じゃ、ボコってあげるねオジサン」


 距離を詰められる。丸腰同然のオレの腕に、女の手が伸びる。それに捕まれば、間違いなくオレは五体満足ではいられなくなる予感がした。…体重の差はあるだろうが、技能は当然(あちら)の方が上手だ。このまま身構えるだけでは、ただただ蹂躙じゅうりんされるだけだ。


「ぐッ…!?」


 少しでも掴まれないように、しかし背を向けず少しずつ後退する。だが、教会から離れたくない心がオレの身体を引っ張り、思うように足が後ろに進まない。…これが、武道を知らない素人の抵抗の限界だった。


「捉えたッ!!」


 確実に、女がオレの腕を掴んだ。咄嗟に腕を払うが、しかしそこは女の攻撃範囲内。一手以上も対応が遅れるオレの腹に、女の拳が迫る。…ダメだ、ここは耐えるしかない。

 その一手以上もあった差は、唐突にオレたちの間に差し込まれた壁によって均衡が崩れた。思いもよらぬ乱入者に、オレは思わず後退…しようとして尻餅をつき、女は即座に態勢を立て直す。


「ーーこれ以上は見ていられないから、介入させてもらうよ」


 その乱入者は、空色のカーディガンをほのおのようにはためかせていた。右手に握られた黄金の宝杖ほうじょうから、夜の帳をく焔光を滲ませている。狐面を斜めに被り、桃色の髪をふんわりと遊ばせる女神様が。不敵な笑みをたたえながらオレを庇うように降臨していた。

⚫︎縛り上げたファルス司祭

ここで使われた縄は、浄化の恩恵ちからが存分に籠められたレイラのお手製。ただし即席の為、力が有り余っている者は過剰に自身の恩恵ちからを垂れ流す事で自力脱出が可能。要するに、モン⚪︎ターボール的な枷。

牢屋に入れず、エントランスに転がすだけに留めたのは、単にレイラの甘さ故。翌日、ちょっと月の国の国境近くまで担いでサッと置いてくるつもりだったらしい。…ファルス司祭は荷物ではありませんよ、ヒロインちゃん?


⚫︎知識我流のインチキマナー講師マスター

これでもTPOはある程度弁えられるが、「慇懃無礼ヤロウ」と怒られる実績コト多数。主人公君、社会人のマナーくらいはちゃんと学ぼう…?


⚫︎“ヤツヨ”の緊急策

後に紹介する「タロット」の起動の事。まだ状況を手探りする段階の為、“ヤツヨ”自身もこれまで直接介入は避けていた。


今後、何度もお世話になるこの「タロット」。使い方を間違えれば猛毒だが、その毒性を現時点で正確に把握しているのは彼女だけである。メタな解説をするなら、「使い過ぎればフラグが立つので、用法用量は()()守ろう」。

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