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夢渡の女帝  作者: monoll
第4章 希望を夢見た宙の記憶
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第4章41「鹵獲後の始末2」

 喪失感ダメージというのは、実体の在るものか無いものかで差があるとオレは思う。

 例えば、取り分けられた誕生日ケーキを冷蔵庫に入れず一日放置され、クリームの中が大量のコバエの巣になった事があった。一目見ただけで食べられなくなったと解った幼少期のオレが受けたショックは、それはとても大きかったものだ。

 自分のお金なんてものが存在しない時期、年に一度のご馳走を台無しにされた子供の未熟な心が大きく歪む音。そこに『また来年ね』と言われた事も重なって、傷んだ心に追い討ちをかけていく。目の前で食べられた筈の楽しみをビニール袋の中に放り込まれる瞬間は、今も鮮明に思い出せる。

 ーー以来、オレは出されたケーキ類はその場で全て食べきる事を心に固く誓った。それ程に実体の在るものの喪失感は大きいのだ。


 回収した筈のタロットカードを目の前で無くした衝撃は、想像よりも重くオレの心にのしかかってきた。

 勿論、オレの所有物となった訳ではない。する筈がない。ただでさえ自衛手段が乏しい大事なオレの命だ、一つでも多く不安要素を取り除きたいのに誰が好んで超越物質(ばくだん)を抱えにいくのだろうか。


「もういちどきくわ。あなた、かいしゅうしたタロットをどこにかくしたの?」

「さっき言ったろ?どこに行ったのか分からないって。オレも驚いているんだよ、急に光ったと思ったら消えてるし」


 おまけにプリシラには疑いの目を向けられる始末。正直に話をしているのに信じてもらえていないと、感情表現の乏しい彼女の小さな変化から読み取れてしまった。


「かくしごとはよくないとおもう」

「だから隠してないですけど!?ありのままの報告なんですけど!?」

「じゃああなたがさっきとりあげたタロット、どこにかくしたのかおしえて?」

「悪魔の証明!」


 えぇい、こういう時に知恵を借りたいのに何故ずっと黙りこくったままなんだ“ヤツヨ”!フローア村に戻ってきてから全然顔を見せない隠居女神め、好き勝手オレに取り付けてくれた念話機能とか放置していたら何となく嫌な予感がするから早く取り外してほしいんだけども!!

 そんなオレの慌てようから多少の酌量があったのだろう。プリシラはため息をつきながらオレの足元を指さした。


「いくさみこたちとごうりゅうする。そのおんなをつれてきて」

「わ、分かったよ。でも急に起きて首を絞められそうになったらまた助けてくれよ?」

「……どりょくはするわ」


 一瞬の間があったのは気になるが、今は全力で気にしない事にした。人間は知る欲望に勝てないものだが、時には気付かない事で生まれる幸福もあるのだ。後で唐突にレイラさんの前で思い出す事にしよう。

 しかしオレにはそれ以上の…。男と女の組み合わせである以上、どうしても気にしなければならない問題があった。


「ところで女の人って、どう運ぶのがいいんだ?やっぱりこう…お姫様抱っこみたいな感じなのか?」

「あなた、もしかしてひとをまるたみたいにはこぶつもりだったの?あたまいくさみこなの?」


 流れ弾がこの場にいないレイラさんに当たった気がするが、再び未来の惨劇から一旦目を逸らす。

 どうやらプリシラには、オレの訴えが聞き入れてもらえていない。言葉の選び方が違ったのか?と、改めてオレは言葉を直球に言い換えた。


「いやそうじゃなく!あるだろ?当たっちゃいけない所とか触れちゃいけない所とか!正直あまりうまく運べる自信がないんだよ、どうやって持ち運べばいいのか教えてくれ!」

「ひざのうらとこしをおさえる、それだけよ。あいてがきぜつしてるなら、こしをささえるてのほうをかたにしてもいいし、わきからうでをいれてかかえてもいいわ」

「わッ、き…!?」


 脇ってマジか!?当たるだろ、絶対ダメだろ!人体の構造的にも首への負担がかかりそうなんですけど!?

 自動除細動器を使う緊急時ですら色々問題が起こる現代、下手な場所に触れば社会的に即アウト。触れていなくとも周囲の人間が勝手に槍玉に挙げればもれなくアウトだ。現実世界でアウトな事を、夢世界いせかいで実践する気にはどうしてもなれない!


「ほんとうになれていないのね。なら、ここからかえれたらあたしでなれればいい。あたしならどこにあたってもいいし、ふれてもいいわ」

「やるにしてもレイラさんがいる前でな!」


 男女二人が誰の目もない密室でする事じゃないのは確かだ、レイラさんにそう訴えれば喜んで協力してくれるだろう。今頃苦虫を噛み潰しても遅いぞプリシラよフハハハ。


「でもあたしがそのひとをかかえたら、せんとうになったときだれもあなたをかばえないわ。それがいちばんのもんだいよ」

「うぐッ、それはそうだけど」


 痛いところを突かれて話を振り出しに戻され、オレは改めて頭を抱える事になった。

 確かに、非戦闘員であるオレの手が空いても意味がない。緊急時に動く事ができるプリシラの手をフリーにしなければ、本当に必要な時に助けてもらえないのも事実だ。

 それだけはダメだ、摩訶不思議闘技場の腹の中で踊っている間はいつどこから刺客が現れてもおかしくない。

 …くッ、仕方ない。ここは一時の羞恥心と自分に言い聞かせて抱えるしかないか。せめて持つ場所は大事な場所に当たらないよう気を付けるから、訴訟だけはしてくれるなよーー。


 そんな非常に後ろ向きな理性と本能の低次元なせめぎ合いに刺激されたのか、唐突にオレの手が熱を帯び始めた。


「うわッ!またオレの手が光って…!」

「ッ、あなた…!」


 今度こそ止めてやると言わんばかりに、プリシラがオレの腕を掴みにかかる。オレより体温の低いプリシラの肌の程よい冷たさが、火照ってきた今のオレの身体にはちょうど良い。少しの間だけで良いから、プリシラの冷えた体温を分けてくれないだろうかーー。

 しかし邪な感傷には長く浸らせてくれなかった。プリシラが鋳造した武器みずによって撃ち抜かれた筈の土兵たちが起き上がり、オレたちを取り囲むように動き始めたのだ。


「土の兵士!?くッ、もう起きたのかこの軍服女ーー」


 容疑者である軍服女を睨みつけ糾弾しようとするオレたち。しかし当人は、今も意識を失ったままだった。

 念の為にプリシラが拳に水を溜め、軽く数度お見舞いするも起きる気配はない。それどころか、土兵たちは歩幅を縮める事なくオレたちに近付いてくるではないか。

 つまり、唐突にオレたちの周囲を取り囲んだ土兵たちは軍服女以外の誰かが召喚したという事になる。チクショウ、一体誰がこんな事をーー!


『『『ゴーッ、オーッ!!』』』


 雄叫びに似た土兵たちの掛け声の後、吶喊とっかんする土兵たち。その数と勢いを前に、プリシラも非戦闘員オレを護る方を優先してくれたようだ。水の篭手で武装し、いつでも来いと言わんばかりに拳を構えて盾になってくれた。

 しかし土兵たちの狙いは非戦闘員オレではなく、軍服女だったらしい。あっという間にプリシラの腕から掻っ攫っていくと、今度は軍服女を神輿のように数体がかりで抱えて持ち運び始めたではないか。

 それだけではない。土兵たちはそのまま大の男の平均体重以上もありそうな巨腕を振り下ろすでもなく、律義にオレたちの背後まで回り込み、膝をついたではないか。


「「…………」」


 あの、土兵さんたち?プリシラと戦闘しないんですか?しかもオレたちの後ろからついてくる気満々みたいですけど、兵士なのに。引っこ抜いてないのについて来ないでください、兵士だったらさ!


「ねぇ?」

「知らない、断じて知らない」


 どうせ返ってくる答えも解っているだろ、天丼質問はやめてくれよチクショウ!

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