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夢渡の女帝  作者: monoll
第4章 希望を夢見た宙の記憶
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第4章38「死神の拳よ、戦車を貫け1」

 ドタドタと慌ただしく闘技場を行軍する土の兵士たちの足音から、彼らの焦燥感が伝わってくるようだった。

 正確には、土の兵士たちの指揮者…創り出した本人である軍服女の感情が伝わってくる、だが。


 それもその筈だ。この闘技場は通り道が常にねじ曲がり、地形が常に変動し、挙句の果てには物理法則すら無視した遊び要素(ギミック)がオレたちに牙を剥いている。

 地形を壊してもすぐに修復され、それどころか術を覚えた地形が反撃してくる始末だ。これでストレスが溜まらない方がおかしい。オレだったら力任せに壁を蹴って初見殺し(ギミック)で何度も死んでいる。


 奇々怪々、迷宮(ダンジョン)とはどこの世界においてもオレたちの理解の範疇を大きく超えてくるものらしい。現代オレの知る一般建築で物事を当て嵌めてはいけないのだと、改めて悟ったオレだった。


「あぁもう!何でカノンの土術どじゅつで地形が変えられないのよ!そうすれば簡単に外に出られるのに!!」

「知らないのか?この世界の闘技場は生き物なんだよ」

「貴方には聞いてないわよ、ただの独り言に真面目に返すな!!ってか建物なのに生きてるって何!?」


 その質問は覆面男しゅさいしゃに聞いてくれ。こちらの窓口では受付していません。

 そもそもオレは巻き込まれた側であって、聞きたいのはこちらも同じだ。何で闘技場の中央に向かって走っている筈なのに、地底に潜っているように景色が真っ暗になっていくんだよチクショウ。


「今は土兵タンクマンのお陰で迷わず動けるけど、カノンの魔力が尽きる前に外に出たいわ…」

「(この土の兵士、タンクマンって言うのか…)ちなみにアンタ、あとどれくらい魔力ねんりょうはあるんだ?」

「今の規模を維持するなら、せいぜい1時間って所ね。戦闘なんて今は考えたくないわ」


 上司のが離れたら途端に情報をくれるうっかり(ポンコツ)は無事に復活。再び白薔薇女に遭った時は怖いが、本人が目の前にいなければ怖い事はない。つまり、荷物オレを抱えて軍服女が単独行動してくれている今が脱走のチャンスだ。

 頼む!レイラさんかソレイユ、プリシラの誰でも良いから早く助けてくれ…!


「にしてもこの辺り、ぬかるんでて走りにくいわね。水場はなるべく避けて通りたいんだけど」

「あぁ、雨が降った翌日とか嫌だよな。べちゃっとした土、何も考えずに踏むと滑って転ぶんだよ。アレのおかげで足を骨折した事もあるんだ」

「カノンの土兵タンクマンがそんなヘマするとでも?大体、転ぶのは貴方みたいなノロマくらいなものだし、仮に転んだとしても骨折するとか軟弱すぎるわ」

「うるせぇ!どうせオレは身体もロクに動かせられない運動音痴だし、自転車に引き潰されたオレの足じゃ踏ん張る事もできねぇよチクショウが!」


 思わず声を荒げて反応してしまったが、今しがたカミングアウトした通り、オレは自転車にあまり良い印象を持っていない。

 踏まれた事で爪が陥没し、靴を履いていても尚事ある毎に痛みでのたうち回る犠牲者を。これ以上増やさない為にも、オレは声を大にして言いたい。


 人が行き交う横断歩道をわざわざ自転車に乗りながら飛び込んでくるご老人、悪い事は言わないから他人の足を轢く前に下りる事を覚えてくれ。人がいるのに信号が変わった瞬間に自転車に乗る癖は是非治してくれ。

 たったそのひと手間で救われる若者のいのちがあるのだよ…!


「そういえば、ちょっと臭うわね」

「うるせぇ!どうせ男は年齢を重ねたら、汗腺に脂が詰まって臭いを撒き散らす加齢臭製造マシーンになるんだよチクショウが!!」

「カノンが話題にした手前少し罪悪感はあるけど、その自覚があるなら処理する努力くらいはしなさいよね」


 それはごもっとも。自分のケアができない人間は嘆く権利もないのだよ、改める努力はしなさい。

 でも確かに、この夢世界いせかいに来てからまともにシャワーを浴びた記憶がない。水浴びは何度かレイラさんらの協力でさせてもらっているが、「必要な水の量を確保するのにエリアス湖を往復するのは少し面倒ですよね」と愚痴を零していたのを思い出した。ならば加齢臭が出てきてもおかしくはない。


 …フローア村、いい加減インフラ整えよう?女の子もいるんだから、身だしなみを整える場くらいはそろそろ作ろう?とりあえず村に無事に帰れたら、ソレイユかマイティ辺りに具申してみるか。


「そうじゃなくて、湿気が多くて臭うわねと言ったのよ」

「あ、あぁ成程。それなら納得ーー」


 いや待て、湿気?雲より高い位置(・・・・・・・)に浮く闘技場で、湿気だって?

 見る限り、そして入室した部屋の環境を思い出す限り、比較的手入れされている施設の筈だ。少なくとも今までオレがいた部屋や通路では、湿気なんて感じなかった。

 勿論、火や水といった魔術を使うこの世界において、湿気なんて戦況を左右しそうな要素には目を光らせて当然。なのに湿気を感じたと言う事は、つまりーー


「みぃつけた」


 瞬間、湿気の正体かたまりみずの形になって、鋭く空気を裂いていく。

 みずは土の兵士を貫き、和装女の風の刃を何度受けてもビクともしなかった鎧が兵士ごと溶かした。溶けた兵士がドミノ倒しの要領で後方に倒れ、倒れた土兵に触れたモノたちもまた同様に溶けていく。

 この伝播する呪いの一撃を、触れただけで絶対防御を崩すような死神の一撃をーーオレは知っている。


「ここまでまよったかいがあった。むかえにきたわ、あなた」


 自分の手駒が瞬殺され、唖然とする軍服女など眼中にないと言わんばかりに。赤ずきんを被った死神がこちらに微笑みながら歩み寄ってきた。

「ところでこの先はどうなっていたんだ?」

「ただのいきどまりだったわ。あたしのみずでもこわせなかった」


そりゃ袋小路に水術すいじゅつを思いっきり使っていれば、湿気もたまるよな…。

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