第4章36「色染まるバケモノたちの舞踏会6」
戦いの中は基本的に、個の力は数の暴力に敵わないものだ。
勿論、個々の力が強いに越した事はない。団体一名様と比喩されるように、一騎当千の活躍が見込める異世界モノの話だってあるくらいだ。数の暴力に抗う事も時には可能かもしれない。
しかしそれは、数に頼った側が平々凡々な戦力しか用意できなかった場合に限られる。統率のとれた強い軍隊にかかれば、いくら個人が洗練されていようとも、圧倒的な力を持っていようとも、最後には嬲られ殺されてしまうだろう。
軍服女が召喚した土の兵士たちは、「強い軍隊」に相当した。彼らの手には土でできた得物が握られているが、まるで本物の剣や槍のような光沢を持ち合わせていた。
(光沢…?あの兵士たちの武器、土じゃないのか!?)
記憶の底で眠っていた過去の知識から、今しがた見た筈のオレの認識を改める。
土である事には変わらない…筈だが、しかし見た目が金属となっている以上は何かしらカラクリがある。その突然変異の原因は…恐らく超越物質だろう。
(だとしたら、この女のタロットの効果は…物を変質させる能力だ。見た目が土でも、金属を纏っているって考えた方がいいのかもしれないな)
軍服女に抱えられながら、オレは一人状況を考察する。それくらいしか今のオレにできる事はないからだ。
とはいえ、戦闘素人のオレが考えられる事など程度が知れる。なのでもし誰かと合流できた時の為に、少しでも情報が欲しい所なのだが…そう都合よく自分の力をポロっと自慢するようなミスはしてくれないかーー。
「見たかモニカ姉ぇ!これがカノンの“戦車”の力、弱点隠しの力よ!!」
(言ったー!?それ自分で言っちゃダメな奴じゃないの!?)
…訂正、情報統制ガバガバだった。白薔薇女が思わず眉を顰めたくらいだし、特大級にやらかした可能性があるな。
実際、「どうぞ自分を攻略してください」と言わんばかりの大盤振る舞いだ。いいぞもっと吐き出せ、何だったらオレからおかわりを要求しよう。
「ちなみに今召喚した兵士たち…やたら物騒な武器を持っているんだけど、あれって全部本物だったりする?土でできた精巧な偽物ってオチじゃない?」
「とーぜん本物!そこらの宝剣にも匹敵する硬さに仕上げているわ!それに基本は土だし、風で折れるような事はないしね!」
「へ、へぇ」
白薔薇女がギロリとこちらを睨んでいる。これ以上何も聞いてくれるなと圧をかけられ、オレも口を噤んだ。
…しょうがないじゃないか、素直に自分の手札を晒してくれるなんて誰が思うよ?ババ抜き最弱王でも少しは隠す努力をするぞ。聞いてただろアンタも!自分の能力公開に何の躊躇いもなかったぞ!?
「カノン、妾の命令を忘れたか?それとも改めて命じ直した方が良いか?」
「ハッ!?い、今すぐこの場を離れます!おのれウルスラ様のお気に入り、カノンの純真につけこんで誘導尋問をするなんて子狡い真似を!」
「アンタが気前よく話をしてくれるとはオレも思わなかったんだけどな!?」
目を剥きながら思わず反論してしまったオレだが、しかし当人は聞く耳持たず。「ではウルスラ様、行ってまいります!」と律義に敬礼し、土の兵士たちもそれに倣って礼をする始末だ。上司の悪い所を敬礼する手の角度ごと真似るんじゃない。
勿論、目の前で敵の逃亡を許すほど心が広くない和装女はすぐさま風を展開。手刀に風を纏わせ、狙いを眼前の白薔薇女から切り替えていく。
「妾の領域の中に居るのだ、そう易々と逃げられると思うなよ?」
手刀の先をこちらに向けて構えるのと同時、銃弾のような形をした風が射出された。その威力は相当のものらしく、衝撃を抑えにかかった土の兵士が複数人仰け反る。
柔拳ならぬ銃拳かよ!?とはオレの中での理解を間違えたツッコミだが、それはつまりオレに心の余裕が残っている証拠だ。ありがとう土の兵士、でも吹き飛ばされても尚持ち続けている物騒な武器はどこかに放り投げてくれ。
「雑兵風情が妾の風を止めるか…!」
「風術が土術に敵う訳ないでしょー!カノンの話を聞いていないなら耳の検査をしてもらいなさい!それとも、世界の常識をイチから勉強してくるかしらー!」
倒れた兵士に構う素振りすら見せず、オレを抱えた軍服女は一目散に白薔薇女の言いつけを今度こそ守る。離脱する際のひとさじの挑発と高笑いも忘れずに。
やめてね?煽りに煽ってすたこらサッサと逃げるのはやめてね?巻き添えを食らってるオレにさっきの風の銃弾が当たったら、身体が爆発四散する自信があるよ?戦闘民族基準で煽るのは心臓にとても悪いからね?
ーー心臓の不規則な拍動が気持ち悪くオレの耳を衝き、顔を真っ青にしたオレの最悪の想像を裏切って、その後一度も風の銃弾が飛んでこなかったのは。和装女の精神的な強度が、陳腐な煽り文句程度で折れる事がなかったからだと信じ、オレは抱かれるままに戦線を離脱するのだった。




