第1章10-2「フローア村の決闘4」
こちらは第1章10-1「Choose One」のAルート(正解ルート)になります。
会衆席の森の中に身体を忍ばせた。席と席の間は十分空いているのだが、席の背が気持ち小さめだ。自衛の為には自分自身を丸くする必要がある。…丸くなると自分の飛び出た腹がつっかえて、なかなか良い座りができないが。夢から醒めたら、毎日の運動くらいは検討しよう。
それに、オレからレイラさんに護衛を依頼したのだ。護衛されるヒトが遠くに離れすぎてしまっては本末転倒だろう。
「やれやれ。レイラ殿の外套を纏う者がその体では、上に立つ者の教養も知れてしまうというもの。隠れられるのでしたら、もう少し頭を使っていただきたかったものですな」
ひどい言われ様だが、老司祭のぼやきに構う余裕はオレにない。若者は今を生きるのに必死なのだ、ご高説を垂れるのは結構だが、それは鏡を相手にしてもらいたい。
「いえ、良い判断です。近すぎず、遠すぎず、私がカケル様を護るには十分な距離です」
色々言われたが、どうやらこの隠れ方は正解らしい。大半の2択を必ずと言ってよい程外してきたオレは、レイラさんの言葉に思わず胸を撫で下ろす。おかげでうるさい鼓動も、少しは落ち着いてきた気がした。
だが、結局オレができるのはここまでだ。後は、レイラさんの頑張りに託すしかない。
「お待たせしました、ファルス様。…貴方様の行いに、裁きを下します」
レイラさんのその言葉を皮切りに、床が吹き飛んだ。否、レイラさんの踏み込みが床を叩き割ったのだ。
…あんな身体能力で繰り出される打撃なんて、まともに受けたら命がいくつあっても足りない。一体彼女の細い脚のどこにそんな力があるのかと疑いたくなるが、その後の瞬間跳躍しているかのような彼女の走法技術を目の当たりにして、仕組みを知る気すら失せてしまう。
「輝きの壁ッ!」
レイラさんの跳躍に合わせるように、老司祭は光の壁のようなものを何重にも連ねていく。その壁魔法らしきものが完成したのと同時、
ガシャンッ!!!
浄化の力を纏ったレイラさんの右ストレートが、一瞬でそれらを割り抜いた。…オレが今見ているのは、空手家の瓦割りか何かかな?
「相変わらずの馬鹿力ですのぉ」
「お褒めに預かり光栄です。お返しは拳でよろしいですね?」
老司祭の軽口を返すと、障害物のなくなった直線距離を更に詰めるべく、レイラさんは更に力強く踏み込んだ。だが、相手も棒立ちで攻撃を待つ訳がない。老司祭は、再び手にした書物に力を籠めていく。
「光の矢」
書物から生まれ、老司祭の手に取り出されたのは、眩い光の弓矢。先ほど光の壁の応用なのか、まるでそこに実態があるのかと見紛う光の束がそこに在った。それらが幾重にも編まれ、象っているのだろう。つまり、あの老司祭の手の中には高密度の光術が籠められている事になる。あんなもので射抜かれたら、身体の中身も焼け爛れてしまうだろう。
対するレイラさんは、回避する素振りを見せず、そのまま前進する勢いのままに拳を振りかぶる。…まさか、このまま殴り合うつもりか!?
「では逝ね、賢者殿」「その矢が当たれば、ですけどね」
老司祭の番えた弓から放たれた光の矢は、一直線に人体の急所…レイラさんの眉間へと直進する。当然、向かってくる彼女を一撃で致死させるのであれば、心臓や脳を狙うのが定石だ。つまる所、分かりやすい軌道は避けるのも苦労しないという訳で。
「顎の骨を砕けば、その魔術も使えなくなりますよね?」
矢の軌道が予測できるなら、避ける事も容易い。射線上にあったレイラさんの身体は、床を踏み抜くと共に再び跳躍し安全圏へと逃げていた。
…彼女の身体能力で回避できないとは今更考えてもいないが、実際にその回避を目の当たりにして、「マジかよ…」と思わず口にしてしまう。レイラさん、やはり生前は戦闘民族だったのかな?
「次の矢は、避けるのはお勧めしませんぞ。背後の置物を壊してしまいますからなぁ」
老司祭が番えるあの矢が、レイラさんから狙いを外してこちらに向いた。成程、レイラさんが避けるのなら当てられる所を狙えばいいと。これでは置物が死んでしまう…すぐ避けろオレ!?
「ふぉーっふぉっ、そーれ当ったれーぃ」
「ぅぉああああッ!!?」
慌てて身体を翻しながら起こし、転がるように会衆席の森を必死に走る。オレが通ったすぐ後ろは、光の矢が障害物もろとも焼き尽くしていた。
思わず振り返った事を、後悔した。焦げた床と無事な床の境界が、オレの足を焦がすかどうかの境界線と同じだったのだ。少しでも反応が遅れていれば、今頃オレの足…どころか、オレの身体は矢の衝撃ではなく、熱によってウェルダンに焼かれていた事だろう。
「はぁッ、はぁッ」
呼吸が荒くなる。頭が痛くなる。命を狙われるという現実を、まだ脳が理解を拒んでいる。視界の隅で、あの老司祭が第2射を番えているというのに、オレの腰はすっかり抜けてしまっている。
あの矢が、こちらをまっすぐ視ている。歯が、カタカタと音を立てて震え出す。あれがこちらに向かってきたら、今度こそオレの身体に風穴が開く。早く逃げなければと頭の中の警鐘が鳴り止まないが、しかし身体は全く言う事を聞かなかった。
「これ以上は赦しません!」
その2射目は、結果的にオレへ放たれる事はなかった。レイラさんが射線間に無理やり割り込み、老司祭に防御か攻撃を捨てさせる選択を強いたからだ。
仮に防御を捨て、このまま矢を射れば軽減度0%のレイラさんの拳が飛んでくる。攻撃を捨て、先ほどの光の壁を展開すればすぐの攻撃を防ぐ事は叶うだろう。
「こ、の…っ!!」
老司祭の顔色が変わり、慌てて弓矢の形を変え、光の壁を展開しようとする。どうやらこの老司祭、相手と差し違えてでも目的を達成するタイプではないらしい。オレも同じ選択を強いられたら、防御を迷わず取るだろう。
しかし、老司祭の場合はその判断が遅すぎた。レイラさんの放った横殴りの脚が、展開されかけた壁ごと書物を持つ手を弾く。防御が展開しきれていれば防げていたであろう一撃は、肉を打つ鈍い音と共に自らの武器を殺す結果になった。
「ぐッ!?」
「お覚悟ッーー!」
空手になった老司祭の顎へ、拳が垂直に突き上がる。まるで真下から隕石でも落ちてきたような衝撃音が、教会内を震わせた。
「ぐぅ、ぉぉ…」
膝をつき、呻き声をあげる老司祭。既に身体の力が抜けきっているらしく、重力に抵抗する様子もない。激しく揺れた彼の今の脳では、床に臥した自分の身体を起こす事すら厳しいだろう。あれでは10カウント以内に立ち上がる事は不可能だ。
「私が裁くのはここまでです。後は…然るべき場所でファルス様の罪を濯いでくださいませ」
勝者の鐘を打ち鳴らせないのが大変惜しい。オレは、倒れる老司祭に静かに手を合わせるのだった。
●ファルス司祭の戦闘能力
光魔術のエキスパート。特に放出する力に優れており、相手を射る光の矢は並大抵の盾を簡単に貫く。魔術の盾で対処可能だが連射も可能なので、攻撃手を譲ったらまず勝てない。
かと言って接近戦を仕掛けられた場合は、亀のように籠る用に光の盾を展開してみせる。その熱量を貫ける物理攻撃はなく、攻略するには魔術で無理やり中和する必要がある。
ーーというのは通常の話で、レイラの身体能力と浄化の恩恵があれば応戦が容易。たとえ光であっても浄化できる上、射出された光の矢すら回避するヒロインちゃんの戦闘能力が頭おかしいのである。




