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夢渡の女帝  作者: monoll
第4章 希望を夢見た宙の記憶
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第4章35「色染まるバケモノたちの舞踏会5」

 「没入も過ぎればただの猪だ」。…一方向にしか物を見ない馬鹿な奴という意味だと、昔からよく賜った不名誉な言葉だ。

 何かを考える時、オレは周囲の情報をシャットアウトする。脳内タンスにしまい込んだ情報きおくを呼び起こすのに、周囲の雑音こえ情景しかいも不要だ。これをオレは思考潜航と常に表現している。

 この思考潜航が多い事が原因で先の言葉を賜ったのだと理解していても、昔から「考えて行動せよ」と言われて育てられたのだから今更修正は難しい。調整という言葉が存在しない、幼少期の理不尽な二律背反である。


 通常は学校やら家庭の中にある理不尽の中で、自分なりに調整する事を覚えていくものだが、それでも人間は誤るものだ。調整のつまみも、歳を重ねれば加減も緩んで歯止めが利かなくなってしまう。

 一度緩んだつまみを締め直す事は容易ではない。だからこそ常日頃からつまみを引き、締めるよう努めなければならないのだーー。


「ほうほう、ヌシが妾のつがいじゃな?肥えた身体は今後どうにかするものとして、その褪せた魂の在り方は妾の好みじゃ」


 そのつまみを緩めようとする声が、オレの心臓を撫でた。

 高潔でありながら妖艶、まるで絵物語で見る狐のような美貌が、オレを真正面から見定めてくる。常人ならば生唾を呑み、時に溜息を漏らすだろう。

 しかしオレはこのかおを知っている。心を蕩けさせる女としてではなく、オレとプリシラを襲った恐怖の対象として記憶に刻まれている。


(フローア村で遭ったコイツは偽物って聞いてはいたけど…本当に瓜二つじゃねぇか!)


 オレの意識外から唐突に現れた和装の女。彼女の手に嵌めた篭手から流れる風の魔力が、艶やかな長い黒髪と深紅の外套をなびかせた。

 膨らみの大きい胸を包む桜色の着物は儚さを思わせ、脚をすっぽりと隠す紫紺の袴から覗くブーツが大正浪漫を彷彿とさせる。空手を思わせる彼女の動きは、偽物(・・)のそれとそっくりだ。


「ヌシ、妾の下に来ぬか?そこの器用貧乏にび、へつらう地獄の生活と比べれば、妾の提案は甘美であろう?」


 再び玉のような和装女の声が、オレの耳朶を震わせる。今度は恐怖の感情を突き抜け、こころに響く声色でオレを蕩けさせようとしているのが解った。

 白薔薇女の見解を聞いた直後なので、ついオレ自身の性癖について無意識に振り返ってしまうのだが…。確かにオレは、大正浪漫な衣装に惹かれる事があると思い出した。成程、ほぼ見ず知らずの相手であるにも関わらず心が揺れ動いたのは、性癖これが原因か。

 やはり、オレの性癖が形となって目の前に現れているのだと思うと途端に恥ずかしくなる。どうか誰にも性癖デパート(この夢世界)の存在がバレませんように…。


「カノン、いつまで呆けている。その男を連れてくこの場を離れよ」


 オレの浮つき始めた心は、白薔薇女の鋭い指示によって現実に引き戻された。

 目の前で起こる和装女の蛮行を黙って見過ごすつもりはないと、今も唖然としている軍服女に行動を急かしている。


「し、しかしウルスラ様!カノンはウルスラ様の騎士です、騎士が早々に戦場を離れる訳にはーー」

「ならばここで無駄な血を流すか?それは妾の望まない事だぞ」


 白薔薇女にギロリと睨まれ、具申した後ろめたさもあるのか思わず委縮する軍服女。その余波で庇った腕を尚も回されるオレに締め付けダメージが入るが、そちらには気を配ってくれないらしい。

 勿論、和装女にとって逃げる気満々な相手を刺さない理由がない。風の魔力を爆発させ、早々に白薔薇女の防衛線を突破しようと手刀と拳を乱舞させた。白薔薇女もまた、打撃を全て受ける土の壁を最小限に展開し続けていく。


「キサマも一人称が()か?カカッ、妾と同じじゃな。同じ場に呼称が被る相手が何人もいると聞こえの悪さが際立つ故…キサマ、消えるか?」

「そのような程度の低い理由をいくら出されようと、妾の首は誰にもやらぬ。しかし、敵国むこう側の要人けんじゃが自ら供もつけず妾の喉元に飛び込む度胸は気に入った。余興に踊ってやっても良いぞ、対価は貴様の命だがな」


 勝手に話がオレを介さず進み始め、漏れ出る殺意が激しく火花を散らしていく。二人が帯びる魔力は、いよいよ常人を巻き込まない配慮がなくなってきている。

 防護服もなく晒され続ける身にもなってほしいものだ。呼吸や思考がまだ働く分、レイラさんの殺意ものよりは幾分マシだけども。


 とはいえ、戦闘凡人かつ現代世界で殺意に晒され続ける生活を送ってこなかったオレは、慣れてきたとはいえ蛇に睨まれた蛙の如くその場から動けなかった。

 むしろ無闇に動くべきでないと、本能が悟ったのだろう。逃げろとは言われたが、こんな魔力の圧が強い中で単独行動する事などできないし、我ながら正解の択を引き当てたのでは?と考えてしまう。


「逃げるわよ」


 …しかし、その択を真っ向から否定する軍服女。敵勢力と分かってはいるものの、レイラさんに似たカラーリング衣装だからか、思わずオレの口も軽くなってしまう。


「それ自体は賛成だが、オレはアンタと別口で逃げたいんだけどな。むしろ今動くべきじゃないだろ。あの和装女の出す風、誰一人この場から生かすつもりは無さそうだけど?」

「ウルスラ様の命令は絶対よ、逃がさないし殺させないわ」


 がっしりと首を根っこから掴まれ、いよいよ逃げる事ができなくなったオレ。…80キロ程度ある男の体重を、いとも簡単に片腕の力だけで持ち上げてくれるんじゃない、と突っ込む気力はもう枯れました。

 さて、猫よろしく掴まれたオレを連れてどうやって脱出するのだろうか、と気になった頃。軍服女はふと、今もまだ寝こけている道化姿の女に対して声を張り上げた。


「モニカ姉ぇ、いつまで寝てるのモニカ姉ぇ!仕事だから起きてよ!!」

「あと24時間寝させて…むにゃ」

「し・ご・と・し・て・よ!!」


 24時間寝たらもう1回眠れるドン、ってか?使い古された寝言ネタをありがとう、戦場の真っ只中だぞ今すぐ起きろ。

 自分の命の危機でもある筈なのにマイペースが過ぎると、思わず目元がピクリと小さく痙攣する。まるで休日のだらしない自分を見ているかのようだ。


「んー…分かったよぉ。まだ怠いけど、カノンちゃんの頼みなら仕方ないね…むにゃ」

「今言った事と現実が矛盾してるんですけど!!良いからさっき使ってたアレ、もう一回使ってよ!」

「えぇ、ヤだよぉ。あの力、使うとめちゃくちゃ疲れるんだもん…」


 駄々をこねるように頬を力なく膨らませる、ぐうだらな道化女。鼻ちょうちんが今にも作れそうなほど瞼を重そうにしているのが分かる。

 正直、この状態の人間を働かせるのは気が引けた。倫理感とか、情が移ったとか、そういう問題ではない。単に仕事をこなす量に差が出てくるからである。


(疲れた人間に鞭を打っても良い事はない。それは現実でも夢でも同じかぁ…)


 夢世界いせかいだから体力無限です!みたいな魔改造チートは搭載されていないのは、既に自分の身をもって実証済みだ。

 しかし、夢世界いせかいの住人にもそれが当てはまるとは。たまに現実側に思考が寄るよな、オレの夢。夢ないなぁ…。



 さて、少し気になった事を道化女が言っていたので、短時間だけ思考潜航をしてみたいと思う。議題は「あの力」とやらについてだ。

 彼女が言っていた「疲れる」という言葉、どこかで聞いた事がないだろうか。勿論イエスだ、オレはこの力…正確には副作用(・・・)に心当たりがある。 


 答えは超越物質(タロット)。“ヤツヨ”らが口にした、現実離れした夢世界いせかいの住人ですらも力に溺れさせる異物だ。

 どこで誰が作った迷惑物質かは分からないが、現実に即したタロットが再現されているのだとしたら…タロットの数は22個。


(この部屋に落ちてきた直後、道化女に対して軍服女が言ってたよく分からない力(・・・・・・・・)。覆面男の「廻れ、審判の歯車(アウェイク)」という超越物質(タロット)起動呪文(・・・・)。もしかして開会宣言の時にいた女たち、覆面男と同じように何か超越物質タロットを与えられているんじゃないか?)


 オレの中で、散らばっていた謎に対する符号はぐるまが徐々に噛み合っていく。

 要所要所で恐らく向き合わなければならない疑問はまだあるかもしれないが、オレの今立てた仮説は正しいのだろう。そうでなければ、オレの今後の身の振り方に大きく関わってくる。

 だから今は、この場に集まった女たちが奥の手(タロット)をまだ握りしめている点に留意すべし、という結論が得られただけでも良しとしようーー。



「あぁもう良いわッ、モニカ姉が動かないんだったらカノンがやるんだから!」


 軍服女の癇癪を起こしたらしい声に、オレの意識が戻ってくる。

 ちょうど考えが纏まった後なので少し心の余裕が生まれているのが自分でも解った。戦闘素人ながらも、周囲を見渡す余裕すらある程だ。

 だからこそ、オレは見てしまった。感情のままに超越物質(タロット)を使用したらどうなるのかを。


轍が欲するは勝利のみ(アウェイク)ッ!!」


 オレを抱える軍服女の周囲を、瞬く間に土の鎧が取り囲む。…否、土の人形と言い換えた方が良いだろうか。

 その人形たちが持つ得物も千差万別。塗装さえすれば本物に見紛う業物たちを、惜しげもなく創り出しては土の兵隊に持たせていく。


「カノンの活躍が見れなかったって、後悔しても遅いんだからね!」


 そんな土の一個小隊が出来上がる頃。軍服女の剥き出しの敵意が戦場へやを支配したのだった。

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