第4章33「色染まるバケモノたちの舞踏会3」
一口に白と言って、皆はどんな印象を抱くだろうか。多くは無垢や純潔といった、穢れを知らない意味で捉えると思う。
何かに染まりやすい色であるが故、他者から何らかの影響を受けやすい。つまるところは自己のない操り人形…それがオレの考えだ。
だが目の前で嗤う女にオレが抱いた感情は、それとは真逆のもの。女の纏う白は染まる事を赦さない色…無垢と呼ぶにはあまりにも傲慢な色、という印象を受けた。
「カノン、どこまでこの男に話した?」
「ま、まだ何も話はしておりません!これからする所でした!」
「そうか、これからだったか。その割には愉しげな土術を展開していたようだったなぁ?まさか、妾に先んじて味見しようだなんて考えてはーー」
「そそそそんな滅相も!ウルスラ様に先んじてカノンが手を出そうなど、これっぽっちも考えていませんでした!」
間に立つオレを差し置いて、勝手に話が進んでいく。…成程、プリシラ(正確には“悪魔”だった気がする)が世界で一番自己中なお嬢様と評していただけの事はある。
顔を真っ赤にした軍人女が慌てふためく様を、白薔薇女が愉しむ図…そして何となく二人の会話内容から、上司と部下のような関係だろうかと見当をつけてみる。実際、この関係性は正しいのだろう。
だとしたら、今も軍人女の足元で寝続ける…道化っぽい格好をしている女もまた、白薔薇女の部下なのだろう。…まともな格好をした部下はいなかったのか?
「まぁ良い、カノンで戯れるのは後の機会にしよう。妾からの話を優先する」
「光栄であります!」
光栄に思うな、恥じろ。尊厳を踏みにじられようとしているんだぞ?
そんなオレの抗議の視線に気付きつつも、しかし白薔薇女は敢えて指摘しない。軍人女の気分が良いのならトコトン放置するのだろう。…後で真実を知った時に後ろから刺されないようにしろよこの野郎。
「で?アンタの話って一体何なんだ?」
「雑草のお気に入り、貴様を今より妾の婿とする」
「…いきなり求婚とか馬鹿なの?」
話の三段跳びを披露され、オレは思わず正直な感想を口にした。
最近の男側の恋愛事情から女側から仕掛ける事が流行らしいのだが、今回の白薔薇女の仕掛け方はその流行とは毛色が違う気がする。
そも、冴えない三十路男にも好き嫌いはある。相手の選り好みができる身分にない事は重々承知の上だが、それでもこの白薔薇女に手を出そうとは微塵にも思わなかった。
「答えは当然ノーだ、おととい来やがれチクショウ」
「貴様ッ!ウルスラ様に見初められたというのに、なんと無礼な…!」
「よい、カノン。元より此奴はそういう男だ」
軍服女が土の剣を再び錬成し、こちらを威嚇してくる。それを白薔薇女は表情ひとつ変える事なく片手を上げて制する。
その件はありがとう。多分止めなかったら本気で刺してきたと思う。けど同時にオレの頭の中の大半を、混乱の感情が支配した。
「おいその反応は待て。アンタ、オレの何を知っているって?」
「確かに貴様について妾が知っている事は少ないが、重点は幾らか押さえているつもりだ。身長体重は勿論のこと、気性、性癖の嗜好は必修事項ーー」
「プライバシーの侵害だし必修事項って何だよ!?というより、いつどうやってアンタはオレの事を知ったんだよチクショウ!!」
つまりは赤裸々に知ってるって事だろうが!と吼えるオレ。そもそも必修事項って何?オレのプライバシーから何を学ぶんだ?
口を開けば他にもアレコレと文句が垂れ流される事間違いなしなので、話を進める為に一旦お口チャック。一応オレの意図を汲んでくれたらしく、白薔薇女は口角を上げる。
「だが、この程度の情報であれば妾だけでなく、先の顔合わせの場にいた輩はおよそ全員知っている筈だ。そう驚く事でもなかろう?」
口のチャックは、簡単に外れる事になった。
世界全てから矛先を向けられた気分だ。およそオレという一個人の中で完結させて良い問題ではない。…否、理解して良い問題ではない。
視界が揺れ、歪んでいく。立ち方をつい忘れてしまいそうになる。それ程の認めがたい衝撃が、オレの脳を襲った。
「ま、て。全員知っているって、どういう事だ」
「…二度も妾に同じ説明をさせるつもりか?だがそれはそれで趣がある、世界の理を妾に解けと言うのなら喜んでその話を受けようーー」
「そういう意味じゃねぇ!どうして!オレの個人情報を!どこぞの誰とも知らねぇ人間たちが平然と知っているのかって話をしているんだッ!!オレの個人情報は教科書に載るほど大事な知識か!?」
思わず言葉を遮り、声を荒げた。そうしなければ、平静を保てないと本能が声のボリュームを調整したらしい。
実際それは正しかっただろう。心臓が嫌な音を立て、血の巡りを早めている。頭が割れるように痛み、吐き気も胃の辺りからこみ上げてくる。
「書にしたためて広める、とは中々味な表現を。しかし貴様の様子では、妾の考えは正しく的を射たようだ。今もしぶとく生きているあの田舎娘、その辺りの重要な説明すら貴様にしなかったらしいな」
「今はアンタの杓子定規はどうでも良い!何故アンタらがオレの事を知っているのかを答えろ!!」
「そうだな。貴様の意思があるか否かで今後の妾の取るべき行動も変わる。これくらいは必要経費と考えよう」
尚も背後で土の得物を造ろうとし、こちらを再び睨む軍服女。それを白薔薇女は片手で制し、オレを見据えた。
さてどんな言い訳を聞かせてくれるのかと、心の中で腕を組んで詰め寄ろうとした途端。
「貴様はこの世界の主人だ。貴様の望む解は、この一言に尽きる」
熱暴走を起こしているオレの思考を冷まさせるよりも前に、白薔薇女は再びオレの思考炉に火をくべた。




