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夢渡の女帝  作者: monoll
第4章 希望を夢見た宙の記憶
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第4章30「審判不在の椅子取り6」

 小さな水たまりを掻き混ぜて渦を作り、そこに蟻を入れる子供の遊びをしていた事を思い出した。

 グルグルと回る世界、必死に回らない世界に辿り着こうと藻掻く様を眺めた幼少期。我ながら惨い遊びをしていたものだと思う。岸まで泳ぎきった蟻をもう一度と渦の中心に放り込む畜生だったと回顧する。


 …まさかこの頃は、夢の中の世界で自分が同じような体験をする事になるとは思わなかっただろう。大人になったオレでもそう思う。幼少期に犯した罪を、今になって清算させられている気分だ。


「お、おち、落ちる!落ちる!!」

「騒ぐな客人、思考の邪魔だ。このまま落とされたくなければ、その雑音製造機の音量を下げろ」


 幸い今は覆面男という、態度の冷え切った道連れが一人いる。落ちそうになるオレを支えられる程度には男の筋力があった事も追い風だ。

 おかげでオレは紙一重のところで命を繋いでいた。しかし現状、状況を打ち破る打開策が何もない。それどころか、徐々にオレの身体が穴に引き摺り込まれている。最早オレの命が詰むのも秒読みだった。


「術を二重に仕込んでいた?…いや違う、それならば私の破却ブレイクが対処できる。たとえ多重の仕込みであっても見逃す筈がない。だが現実、私の破却ブレイクは有効でなかった。ならば一体何を先ほどは破却ブレイクした?私のあずかり知らぬ所で再度術をかけられたか、あるいは術を破られる事で新しい術を誘発させた?」


 …オレの絶命危機も、この覆面男にとっては些事らしい。器用にこちらの腕を掴みながら、何かメモを取るかのように宙に指を滑らせ続けていく。

 恐らくこの男にしか見えないし理解できない数式が並んでいるのだろうが、そんな数式を並べるよりも見るべき対象が違う気がするんですけど!?


「今分析している時間があるのかこの野郎!?早く助けてくれ!!」

「…客人、私には私のやり方がある。先にも宣告したが、私に悪い気紛れを起こしてほしくなければ言葉を考えたまえ」


 あーそうですか、客人オレの命は分析にかける時間よりも軽いって事ですかそうですか!お前のその覆面今すぐ剥いでやろうかチクショウ!!

 オレの渾身の睨みも、「しかし罠であったとして私に見破れない筈がない。そして何より…」などと再び自分の世界に入ってしまった事で回避されてしまう。こっちを見ろォ…!!


 そんなオレの怨念籠った視線がようやく功を奏したらしい。想定以上に影の穴の引力が強いらしく、いよいよ覆面男の踏ん張りが利かなくなっているのが解る。つまりオレの死が間近に迫っているのだ。

 オレの身体の大半が穴に沈み、いよいよ視界が黒く浸食されつつある中。確信を得た覆面男の目がギラリと光った気がした。


たった一人にしか(・・・・・・・・)働かない引力(・・・・・・)。成程、こちらの用意した鬼札を早速試運転する者もいたとして不思議な話ではない…!」

「結論が出たなら!早く!助けてーー」


 どうやら覆面男はこの現象を起こした犯人を突き止めたらしいが、残念ながらその推理をじっくりと聞いている時間はない。

 人間の腕力と謎の黒穴ブラックホール、どちらの引っ張る力が強いかは言うまでもない。いよいよ顔の大半が呑まれたオレを認め、ようやく覆面男も重い腰を上げる気になったらしい。


「チィッ、時間を掛け過ぎたか…!」


 そこで覆面男は、もう一度銃を構えて撃鉄を上げる。勿論腕力がその分入らなくなるので、オレの身体は黒穴へと深く潜っていく。

 地上に出ているオレの身体の面積は、もう引っ張られている腕しかない。いよいよオレの命を刈る死神が首元に大鎌を添えてきた。


 恐る恐る視線を下に向けると、何もない真っ黒な世界が広がるだけ。どこに繋がっているかも、どこまで続いているかも分からない広大な黒は、まだ入口に立っているだけである筈のオレの心を狂わせるのに十分な恐怖いろだった。


破却ブレイク!!」


 オレの身体全てが黒の世界と同化する直前、覆面男が引き金を引く。その標的はオレではなく、その手前。

 瞬間、オレの身体をもう一度衝撃が突き抜けた。そして今度こそ、真っ黒な世界に全身が放り出されてしまう。


 だが先ほど見た景色と違うものがあった。闇という言葉が相応しい世界の中、ただ一点の極小の小さな白。ーー何となくそれが、この世界の底なのだとオレは悟った。

 恐らく、今の覆面男の銃はこの突破口を作ってくれたのだろう。それには感謝しなければならない。変化のない世界で永遠に過ごす羽目にならなかった事には、感謝しなければならない。


「ひとまずは客人を預けよう。だが憶えておくといい、私は一度ひとたび受けた感情アダには必ず応えると」


 でももっとスマートで、オレもこんな目に遭わずに済んだ方法がもっとあっただろうが。

 オレは降ってきた覆面男の宣告に対し、喉から出かかった言葉をどうにか押し込み、精一杯のしかめっ面を返してやった。

 男は自ら、用意した堅牢な盾とも呼べる規則を捻じ曲げた異空間を手放した。

 その経緯に理不尽の片鱗を感じながらも、男からすれば今回の攻撃はまだ可愛い悪戯のようなものだ。自らを理不尽の化身と呼ぶのなら、この程度の理不尽イタズラは享受しなければ。


「フフ、しかし自ら心を傾けに来る者がいるとは。或いは、命じられて傾けた(・・・・・・・・)か」

「両方という選択肢もあるかもしれないわねぇ」


 白い翼を背中に生やした女が男の独り言に割って入る。「その可能性もあるだろう」と、闖入者を意に介する事なく男も言葉を返した。

 ソレイユですら敵意を隠しきれなかったにも関わらず、まるで協定でも結ばれているかのように敵対する素振りを見せない二人。実際、二人の間柄は主従関係そのものだった。

 むしろ敵意を見せようものなら、女の首にある枷は即座に細い骨をへし折った事だろう。


 現在二人がいるのは、先ほどまで女教皇と隠者の死合(・・)を見物していた特等席に繋がる、唯一の階段を下りた先の廊下。しかし男が通ってきた筈の階段は、まるで存在そのものが無かったかのように壁と同化し、通り抜ける事ができないようになっていた。

 摩訶不思議な現象すら見なかった事にしている覆面男は、全く異なる話題を女に切り出していく。


「シャルロッテ、状況は?」

「討ち取ったという報告はまだよぉ。焦らないでドンと構えていなさいなぁ」

「そうは言うが、今後の展望を考えるとせめて2枚は手元に欲しい。その為の開催宣言だったのだ」


 腕を組み、ふむと指を顎に乗せて考える覆面男。

 ここで覆面男が言う2枚とは、男が各々の部屋に用意した鬼札だ。使用者の心を蝕み、命を削る諸刃の剣を、何故最初から回収せず(・・・・・・・・)強奪する必要があるのだろう。

 女はそんなごく自然に浮かんだ疑問を見なかった事にして、話題をすり替えて男に返した。


「そもそも、無垢な子を無理やり染めるだなんて…普通なら本人たちも嫌がるわよぉ?」

「訂正したまえ、私は彼女らに手をつけてはいない。ただ適正のある者を選び、指示をシャルロッテに都度与えているだけだ。その結果、自然と染まっていくのだよ」

「見解の相違ねぇ」


 期待していた答えではなかった事に肩をすくめる女が、首についた枷から鎖を鳴らす。その反応が不服だったのか、男はさらに言葉を続けた。


「そも、生物としてこの世に降り立った以上は何かに汚染され続けていく。無垢のままで在り続けられる訳がないのだ。特にヒトは特性上、何かに染まらずにはいられない。たとえそれが、毒素の塊のような塗料だったとしてもな」

「まだ難しい話をするつもりぃ?私、これ以上は脳がパンクしそうだわぁ」

「…これくらいの例え話は理解してもらいたいものだがね?」


 今度は男が肩をすくめる番だった。自ら話題を振っておいて勝手に打ち切るとはどういう了見かと、殺意に似た冷たい視線だけで訴えてくる。

 女はその刺すような視線に気付きながらも、「聞こえないわぁ」と適当に場を流すのだった。

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