第4章29-2「審判不在の椅子取り5」
こちらは第4章29-1「Choose One(Level 5)」のAルート(正解ルート)になります。文章も、その続きからとなっています。
怪しい覆面男の言葉、信用しても良いのでしょうか…?
「わか、った」
正直に言って、これが正しい選択なのかは分からない。もう少し頭を使って考える時間があれば、違った判断ができたかもしれない。
けれど、今ばかりはこの覆面男に感謝しよう。何かを考える事すら億劫に思うオレに、指針を示されるだけでもありがたい。
(……?)
何も考えず足を動かそうとしたが、景色が流れていかなかった。意識的に脚を垂直に引き上げても全く動かない。
影縫い、という奴だろうか。足底がピタリと床にくっついてしまっているような違和感は、まるで物理的に影がオレの足を縫い付けているかのようだ。
影というとソレイユが好んで使いそうな技だが、残念ながら彼女が漫画チックな技を使えるかどうかは分からない。そもそも彼女が近くにいない今、この可能性を考えるのはナンセンスというものだ。
「どうした、何故こちらに来ない?」
「いや、それが。足が、動かないんだよ」
覆面男が未だ動かないオレを不審に思ったのか、歩幅を広げてこちらに寄ってくる。
余程急いでいるのだろう、オレの腕を乱暴に掴むとそのまま引き摺って元来た道を戻ろうとし…。
「…動かない?」
「だから言った通りだろ、動きたくても動けないんだって」
その場から動けないオレの異変に、ようやく気が付いたようだった。…この覆面男、自分以外に気を配れない性格か?
そんなオレの不躾な想像を見抜いたのか、それとも苛立ちの為か、より力強く腕を引っ張られた。
力の入り具合から、床にくっついているのはあくまで足底全体だけらしい。それ以外のふくらはぎや太腿といった筋肉は正常に働いてくれている。
先ほど自分でも試した検証だ、思わず心の中で「無駄なのに」と呟きながら溜息を漏らしてしまう。
それ故か、思考の冷静さを少し取り戻したらしい。ならば痛覚を受信する心の余裕も生まれるというものだ。
「痛だだだだ!?そんなに引っ張るんじゃねぇよ、身体を引き千切るつもりかチクショウ!!」
「引き千切るつもりで力を入れたからな、痛覚が正常そうで残念だ。…しかし今は時間が惜しい、これは四の五の言っていられないな」
聞き捨てならない事を口走ってくれたなコンチクショウ、と睨むオレに見向きもせず、覆面男は懐から何かを取り出した。
それは銃だった。西部劇の早撃ちガンマンが持っているような、シリンダーが回るタイプのものだ。
あまり武器に詳しい訳じゃないのでこれ以上どう表現したら良いのか分からないが、とにかく弾が6発撃てるという謎の知識だけは強烈にオレの記憶に刻まれているらしい。
漫画やゲームの世界ではよく見た、しかし現実世界では映像の中でしか見た事のない凶器の登場に、オレの心臓が力強く何度も跳ね上がる。
ーー猛烈に嫌な予感がする。予感と同時にオレの呼吸が無意識に浅く、荒くなる。
銃なんて気軽に持ち歩いて良い代物じゃないし、一般人のオレに向けて良いものではない。勿論、お遊びで向けるような玩具だなんて決してない。
「待て。アンタ、その武器で今から何をするつもりだ」
「処置に決まっている。あぁ、痛かったら右手を挙げたまえ。聞くかどうかは私の気分次第だがな」
「麻酔なしの外科手術する気かこの野郎!?」
簡単に人の命を奪う事ができる筒が、オレの身体の中心に向けられている。あろう事か、このとち狂った覆面男は「処置」をする為の儀式だと言ってのけた。
そんなの却下だ、全身麻酔なしで激痛に耐えられるとでも思ってるのか!…レミの方じゃないと人体に残りやすいから使えない?それはそう。
ってそんな話は今はどうでもいい、この乱痴気野郎を誰か鎮めてくれ!処置ってメスとか清潔な刃物でするべきだろ、間違っても銃弾でする事じゃない!このままだとオレの身体が蜂の巣にされてしまう!
「動くなよ?動くと撃つ。…いや逆か。動けよ?動かないと撃つ」
「どう足掻いても撃たれる奴じゃねぇか!?」
「ーー『廻れ、審判の歯車』」
「聞けよこの野郎!!って待てその口上」
どこかで聞いた事のある言葉、それに対する疑問を口にしかけたが…しかし覆面男は聞く耳持たず。むしろ気軽に撃鉄を上げて、そのままオレに向けて引き金を引いた。
「破却」
瞬間、全身を衝撃が貫いた。強烈な風を真正面から浴び、圧に耐えられないオレの身体はあっという間に後方に吹き飛ばされる筈だった。
しかし足が動かない現状、吹き飛ばされたとしたら両脚バイバイのバッドエンドでしかない。むしろ覆面男は、この方法でオレの身体を持ち運ぶ心積もりなのだろう。
ベリベリと足底にくっついていた影が剥がれるような幻聴、その音源がオレの脚からではないと自分に言い聞かせ、暗示のループが3週目半ばになった頃…オレの身体が壁に叩きつけられた。
「がッ!?」
受け身も取れず、打った背中のダメージに酔いながら全身に力を入れようとする。
オレはレイラさんたちのように、バリバリの戦闘職ではない一般人なのですぐに立ち上がる事はできない。しかしそのお陰で、オレの脚がしっかりくっついている事を認識できる程度には、自分を観察する事ができた。
(いき、てる…?)
超局所的な暴風を一身に受け止めたかのような重い衝撃を考えれば、ダメージは多少あれど五体満足かつ命がある現状は奇跡そのものだ。
その証拠に、想定していた鉄の臭いはいつまで経ってもオレの鼻を刺激してこない。穴がぽっかりと空いたような違和感もなかった。
(撃たれた、よな?何でオレ、生きてるの?)
くらくらとする眩暈にうなされつつ、オレの身体をさすってみるも…。やはりねっとりとした赤い液体が手につく事はない。
空砲を一瞬疑ったものの、しかし確かにオレの中にある何かを撃ち抜かれた感覚はあった。気のせいだと一瞬考えが浮かんだものの、この手の咄嗟のひらめきは意外と侮れない。
ならば、覆面男が撃ったものは一体ーー。
「処置は終わった。行くぞ客人、時間がない」
だが覆面男の忙しない性格が、思い通りの思考潜航をさせてくれない。ようやく平衡感覚を取り戻したオレの腕を、覆面男が強引に掴んで引っ張った。
「痛たたたた!!歩く、自分で歩くから掴むんじゃない!!」
「時間がないと言っているんだ、この方が効率的だ。客人の速度ではあの女に簡単に追いつかれてしまう」
「あの女って一体誰の事だーー」
オレの抗議は、最後まで続く事はなかった。
オレの足元に穴が開き、あるいはズブリと何かに嵌り、世界が真っ黒に染まっていく。底の見えない穴は、オレを食べる気満々で吸い込んでくる。
「お、ぉぉぉぉぉ!?」
「しまった、まだ破却しきれていなかったか!?」
オレにとっての唯一の救いは、覆面男によって無理やり腕を引っ張られていたお陰でまだ身体の大半が穴に呑まれず済んでいる事だった。
しかしそれも時間の問題だろう、吸い込む力が強いのか少しずつ覆面男の踏ん張りが利かなくなっているのが分かる。
「お、おい!頼むから離さないでくれよ!?」
「タイミングの悪い男だ、客人!私が客人を見放す前にこのような事故を起こしてくれるとはな!」
なんてことを言うんだ、最初からオレを見放す気満々だと言われていたけど今言う事じゃないだろうがチクショウ!
…いや、今はそんな事に文句を言っている暇はない。考えろ、ここから助かる方法…いや助かるのかこれ!?




