第4章29-1「Choose One(Level 5)」
二人の戦闘の一部始終を見下ろしていたオレは、その死闘の結末にただ言葉を失っていた。
間近で二人の喧嘩を見る機会は幾度とあったが、赤面積が広がり続けるほどではなかった。精々が三筋程度の細い赤線が床に散る程度の取っ組み合い、最悪の展開が起こる前に普段は制止が間に合うのだ。
その制止がなかった場合を、オレは認識してしまった。
(な、んで。レイラさん)
オレの意識と現実がふわりと乖離する。部屋から見下ろした先…二人の戦いの決着地点の足元にはおびただしい量の赤が広がっていくように、現実の暴力はオレの世界を容赦なく奪っていく。
レイラさんの恩恵の所為で彼女の靴に触れた箇所から浄化されているようだが、今でも浄化されず残っている量を考えると、殴られたソレイユの安否など一瞬で理解できる。
あれは、およそ人を殴って吐き出す量ではないーー。
この一言を頭の中で思い浮かべた途端、吐き気が込み上げてきた。場所が場所ならその場で戻していたかもしれない。
「面白い手だ。故に、このまま座して待つのでは状況が少し拙い」
オレが吐き気と戦っている最中、覆面男が椅子から立ち上がる。
せり上がった胃酸を強引に押し戻し、数拍置いてようやくオレが振り返った頃には、既に踵を返して唯一の出口である階段の前に覆面男は立っていた。
だが振り返るだけで、オレは何も行動できない。まるでこの場から動くなと、影を遺したソレイユに足元を縫われたかのようだった。
そんなオレの状態など、覆面男が知る由もない。知る由もなければ、オレの戸惑いを気遣われる事もない。
「客人、ここを離れるぞ。私と共に来い」
何が拙いのかの説明もなく、ただ一言だけこちらに投げかけてくる。覆面男の声色と仕草は何も変わらないが、急を要している事だけは伝わってくる。
何故と問いたい所だが、人の生き死にを決める現場に居合わせてしまった衝撃が重すぎた。喉が詰まって息苦しく感じ、口が思うように開かない。
強引に胃酸を飲み込んだのがいけなかったのだろうか。余計に生唾ごと空気を体内に送り込み、腹を痛める悪循環に陥っている。
ボコボコと腹の中でガスが音を立てているのは、きっとストレスの所為ではなく、取り込み過ぎた空気の所為に違いない。そう思わなければ、折角目を逸らした現実と再度向き合わなくてはならない。
「説明する時間も惜しい。来い、客人」
ただこちらを見つめ、一つの選択肢を提示する燕尾服の覆面男。その癖、オレからの疑問を受け付けない矛盾した姿勢が伺える。
人はこれを暴君と呼ぶ。だが不思議な事に、幾分だが覆面男の言葉のお陰で思考する隙間が生まれたように感じた。今なら口が動かせるかもしれない。
故に、オレが出した答えはーー。
Aルート・Bルートと分岐する為、今回は短めです。Aルート、Bルート共に後日の投稿となります。
●今回はどこがターニングポイントなの?5
主人公君の選択は、怪しい覆面男の指示に「従う」「従わない」です。シンプル2択ですね。
…この場面で分岐にする意味あるのか、って?意味はあります。何しろ時間が勝負のカギを握っていますからね。
ヒロインちゃんたちの壮絶なバトルの跡、すぐに駆け付けたい気持ちはありますが…戦う力を持たない主人公君が部屋の外に出ようものなら一瞬で消し炭にされる予感しかしません。しかし、信頼できる味方なんて今はどこにもいません。
それでも進むか、留まるか。主人公君の運命や如何に…。