第4章27「審判不在の椅子取り3」
繰り出され続ける圧は刃のように。刃は形を持たない風のように。
風は収まる事を知らない嵐のように。嵐は少女の姿となって目の前の嵐を食い殺さんとしている。
少女二人の間に剣や槍という、目に見えて危険と解る脅威の持ち込みは…衆人にも解りやすい形である得物は一切ない。
ならば魔法が得意なのかと問われれば、それも違う。二人は魔法を放出する才能はないし、纏う事しかできない。仮に二人が魔法を放っているかのように見えるのなら、それは想定の裏を突いた必殺の一撃だろう。
ではその嵐を起こしている原因は何かと言うと…彼女ら自身の細い腕と脚だった。二人にとって剣や魔法以上に信頼できる得物が、それなのだ。
「覚えてるかしら、ここでアンタと初めて殺し合った時の事を」
「殺し合った記憶はありませんが、私がソレイユ様を一方的に殴り倒した記憶ならあります」
「しれっと嘘つくんじゃないわよ暴走女!その寝惚けた頭蹴り飛ばして記憶思い出させてやる!」
音速を超えて弧を描き迫る拳がソレイユの銀髪を穿ち、軸足を斬り落とす勢いで蹴り薙ぐ脚を足場にレイラが後方へと跳躍する。
躱し、穿ち、逸らし、弾き、時に受けるやり取り。互いの口が動く中でも拳と脚は止まらない。それどころか、互いの躰の中心に風穴を開けんとヒートアップすらしている。
細い二人の躰の芯に直撃しようものなら木っ端になるであろう暴力を、しかし二人は一度たりともまともに被弾せずに手足を動かし続けている。もはや約束組手ではない、奇跡の乱打戦と呼ぶべき応酬だった。
しかしこの応酬も長くは続かない。危うく相手の拳と脚を被弾しかねない躱し方を互いにしてしまった両者は、頭を冷やすべく距離を開いていく。
一度離れたのなら思考もリセットすれば良いものを、それでも二人の戦意はまだ完全に消えきっていない。二人が構える拳と脚が、まだ相手の柔らかい内臓を求めて疼いているからだ。
「ーーソレイユ様、念の為に伺います。私の邪魔をしたという事は…先ほどの審判者様の話、真に受けていると捉えても?」
「あぁ、ここにいるアタシたち20人…いや居るのは15人だっけ。まぁ人数はどうでも良いけど、この場にいる人間で殺し合わせて戦争に見立てようって戯言だったわね」
開会宣言と共に一方的に告げられた戦争遊戯、それが二人の戦意を高めている原因である。
端的に言えば稚拙な煽りだったが、しかし実際に景品を求めて動き出している者がいる以上、戦争遊戯として最低限の機能は果たすだろう。
尤も、とある軟体生物からあらかじめ話を聞いていたレイラにとっては、既に心の準備ができていた話だ。なので必要以上に感情を昂らせる事はなかった。
しかしソレイユはどうだろう。話を聞いて居残った2人を除いて、閉じ込められていた部屋から動き出した以上は何かしら腹に一物抱えていてもおかしくない。レイラのように誰かを救出する為に動いているのなら、話は違ってくるのだが…。
「そこは黙秘させてもらおうかしら。そうすればアンタも、アタシの嘘は見抜けないでしょう?」
「確かにその答え方であれば、私にも判りません。なので質問を変えさせていただきます」
ソレイユは明言を避けた。けれども現実、こうして行く手を阻んでいる。これが答えだと提示されたレイラは、感情に薪をくべ始めた。
拳を握り、眼の鋭さが増す。その力のあまり、包む黒い手袋がギチギチと悲鳴をあげ始める。今のレイラの腕力であれば、極限まで鍛えた業物であったとしても容易く粉砕してくれるだろう。
その腕力が、もし人体に振るわれたとしたらーー果たして内臓が潰れる程度の怪我で済むのだろうか。
「ソレイユ様、徒手空拳で私に勝てるとお思いですか?」
「それにはイエスと答えるわ。当然でしょ?アンタと何度やり合ってると思ってるの…よッ!!」
そんな脅し文句は聞き飽きたし、被弾も想定内と言わんばかりにソレイユが影に潜り、再び距離を詰めて襲い掛かる。
背後を取っては勢いを殺さず蹴りつけ、脚を掴まれるより前に影へと潜っていく。しかしレイラに浄化の恩恵がある以上、小さなダメージを連続で与えるのは悪手だ。
当て逃げ戦術も有効でなければ、ソレイユの体力をいたずらに奪っていくだけだ。それでも脚を繰り出し続けているのには理由がある。
「影渡りの恩恵に頼るのは結構ですが…。恩恵ありきの戦い方しかできないのであれば、そろそろ地面に埋めて差し上げましょうか?」
「ハッ!埋まるのはアンタの方だっての!!」
レイラの纏う浄化は、自身の傷すら癒す最強の鎧。しかしいくら頑丈な鎧であっても、使い過ぎれば壊れ、綻びる。
では、その魔力を無駄に放出させる手っ取り早い方法は何だろうか。それは、愚直に手数で攻める事だ。
しかし攻撃の手段は何でも良い訳ではない。魔法は当然ながら、剣や槍といった得物は重くて話にならない。
仮にその重量の問題がクリアできる業物を用意できたとしても、その業物は何かしらの魔法が仕込まれているものだ。たとえ鍛える為に特殊な土や火などの材料を使おうものなら、その段階から浄化してしまう。
ならば、その道の達人に技を振るってもらうか?…それも否だ。
とはいえ、剣の達人やら大魔法師といった人間に任せれば経験は当然として、間合いも攻撃力も常人が扱うよりも大きく期待できるだろう。
しかし、物を持つ時点でどうしても重さが乗ってしまう。これは素人であれ玄人であれ、誰もが平等に負う枷だ。
そうなれば速度で勝る事も叶わないだろう。何せ相手は、光速で戦場を動き回りながらも殺しを一切しなかった戦の巫女。常時手加減をしている女一人に、太陽の国は手も足も出なかった。
ーー無茶苦茶も良い所だ。この女の恩恵の所為で、国に保管されている業物を何本も塵にさせられたのだから。
けれどもお陰で、レイラに対する最も有力な攻撃法が見つかった。相手と同じ土俵…徒手空拳で戦えば良いのだ。
「アンタの浄化でいくら傷が癒えるって言っても!何度も蹴られたら魔力もいつかは底をつくわよね!」
一際大きな音が、レイラの背骨を粉砕するほどの飛び蹴りが炸裂する。大きくレイラの躰が仰け反り、地面から足が離れた。
この瞬間ばかりは、レイラも防御姿勢が崩れてしまう。
(ーー取ったッ!)
ソレイユの影移動により、レイラの細い首にソレイユの腕が絡まる。このままへし折ろうと力を込めながら、ニヤリと笑みを浮かべて勝利を確信したその時ーーソレイユの背中に悪寒が走った。
「忠告はしました。それも二度。マイティ様との協定もありますし、私も手を出さないよう…相当に加減し、我慢してきました」
浄化するものがなければ良く、そして下手に浄化をすれば相手を傷つけるもの…人体であれば、レイラもいたずらに恩恵を使う事はできない。
ソレイユが導き出した結論は正しい。正しいからこそ、レイラの表情に変化が現れた。
「ソレイユ様。そろそろ私も、反撃…して良いですよね?」
黒く包まれた得物が、巻きついているソレイユの腕にかかる。
ソレイユからレイラの表情は見えないが、絶対零度を思わせる声色からは、ソレイユの腕に触れる得物からは。まるで死神を思わせる殺気が込められていた。




