第4章閑話2-5(初めて太陽が月に敗けた時5)
闘技場と謳う割に観客が少ない…どころか、誰一人として観客が居ない寂しい会場。その中心で、二人の少女が相対していた。
白と青の法衣ドレスを身に纏い、その袖から覗く黒い手袋を嵌め直す少女。こちらはどこか鼻歌交じりに、心身ともに落ち着いた様子で軽い足取りで地面の感触を確かめていた。
対する黒マフラーを巻く忍者少女は、既に緊張を高めている。表情こそ不敵に笑っているものの、隠しきれていない殺意が節々に滲み出ていた。
今にも膝を突き出し吶喊しそうなソレイユを前にしながら、白い少女の余裕な態度は崩れない。寧ろ、いつ吶喊してくるのだろうかと好奇に満ちた眼でソレイユを観察しているようにすら見える。
⦅へぇ…見え見えの挑発には乗ってこない、と。近接戦に慣れているつもりなのかしら⦆
膝すら隠れるようなロングスカートドレスを、戦場でも着るような世間知らずが相手なら決着も早いだろう。
その予感がするだけに、折角組まれた試合が消化不良になる事がソレイユの中で確定し、つまらないストレスが溜まってしまう。
とはいえ…退屈だったこの数日も、決して無駄ではなかった。
管理者の職務怠慢を指摘するのも億劫になってきていたソレイユだが、今なら水に流してやってもいいとさえ思っている。
武者修行の一発目を本番に据えてくれた事、それも敵国の親玉を用意されたとなれば、俄然やる気も沸いてくるというもの。折角の据え膳だ、全力で潰させてもらうとしよう。
『先手はお譲りします。どうぞ、好きなタイミングでいらしてください』
『そう?ならお言葉に甘え…てッ!』
互いの四肢をどれだけ伸ばしても届かない、絶妙に空いた距離を影を使って一瞬で詰める奇襲技…「影縮地」という技だ。
重心移動や態勢変化といった、一段目の行動を相手に見せずに移動できる代わりに、影が伸びている地上でしか使う事ができないのが欠点だが…。しかし相手の虚を突き確実に先手かつ攻撃権を得られるのであれば、そのデメリットは存在しないに等しい。
『はッ!壊し甲斐のある大きな的ねッ!!』
鋭く薙いだソレイユの脚は、戦巫女の背面をしっかり捉えた。
ゆったりとした衣服の中にある、女にしてはよく鍛えられている肉が、足袋を通してその防御を削る感触を伝えてくる。躰の芯までは捉えていないのだろう。
ならばもう一度と、今度は遠心力を利用した上で影移動し、戦巫女の側面に立つ。ちょうど後頭部に薙ぐ脚が衝撃の頂点となる位置だ。
ーー鈍い打撃音が、会場中を響かせた。ソレイユの脚は、確かに狙い通りに戦巫女の後頭部を蹴り飛ばした。
戦巫女の躰が大きく前のめりに倒れ、頭が地面に急接近する。受け身すら取らずそのまま倒れたなら、吹き飛ぶのは意識だけではないだろう。
だが…。ソレイユの渾身の蹴りを受け、訪れる筈だった戦巫女の顔が地面に埋まる瞬間は、まだ来ない。
後衛職であれば一撃で意識を刈り取る威力で打ち込んだ筈なのに、まだ戦巫女は前傾姿勢を保っている。
⦅コイツ、動きにくい服を着ている癖に前衛職なの!?⦆
ならばこのまま袋にしてしまおう。女の前衛職なら尚のこと加減は不要だ、その柔肌に目一杯傷をつけてやるーー!
影の移動を駆使して今度は正面に立ち、起こそうとしていた上体を抱えて腹に膝をくれてやる。瑞々しい女の肌の中に、しっかり着こんでいる筋肉が内臓潰しを阻むものの、突き抜ける衝撃までは防ぎきれない。
だが、それは単発で攻撃が終わった場合の話だ。いかに防御が固い相手であっても、同じ場所に集中砲火を浴びせればヒビが入るのは道理。
『こふっ』と空気が漏れた音を確認すると、避けようがない、そしてガードも間に合わない必中のタイミングを狙って、すかさず顔の中心へ再度膝をかち上げて脳を揺らしにかかった。
『欲しがりの女にはとっておきの膝をくれてやるッ!』
膝に硬い衝撃が返ってくる。同時に、ねっとりとした液体がソレイユの忍袴を濡らした。
勿論、折角手に入れたトドメを刺す機会を逃したりはしない。頭を押さえ、硬い果皮に包まれた実を割る要領で、ソレイユは何度も膝を突き上げていった。
『…ッ、……ッ!』
戦巫女の躰が震え、構えようとしていた腕がダラリと下がっていく。
人体における急所の集合体を滅多打ちにされているのだ、もし事情を知らない誰かがこの現場に遭遇したら、間違いなく割って入って戦巫女を助けた事だろう。
しかしここは闘技場の会場の中、部外者の侵入など現れる筈もない。つまり、ソレイユの気が済むまでこの膝地獄は終わらない。
その地獄の官吏となっているソレイユは、実にご機嫌だった。眼前には満身創痍に身を震わせる戦巫女、心地良く溜まる疲労に比例して濡れていく膝に、確かな手応え…ならぬ脚応えを感じていた。
文字通り潰れていく戦巫女が、可哀想だとは微塵も思っていない。ただ、名前負けする弱さとは恐れ入ったと鼻で笑う程度には哀れに思っていた。
視界が塞がり思考が混濁する中、これ以上の戦闘は不可能だろう。ざまぁみろ、そしてもっと顔に膝を入れさせろ。アンタの無様をもっと見せやがれ。
『う、く…』
辛うじて意識を保っているように見える戦巫女だが、少なくとも脳には大きなダメージが入っている。…否、ダメージを与えた自信がソレイユにはあった。
そしてーー地面をポツポツと濡らしている鉄臭い赤い斑点が、戦巫女が未だ伏さない違和感もさらりと流せる程に、ソレイユの嗜虐心を燻らせていく。
『降参するなら今の内よ?「参りましたソラ様」って言いながら、アタシにその頭を思いっきり踏ませてくれるなら命は取らないであげるわ』
念の為に自分の名前を偽り、形式上の降参を促してやる。勿論、命を取らないというのは嘘だ。
敵国の親玉を討ち取る、絶好の機会を逃すような真似はしない。手を伸ばすだけで何のリスクもなく、目の前にある大金を掴む事ができるのなら、誰だって手を伸ばすように。
乞えば命が救われるという甘く屈辱的な罠を、ソレイユは目の前にぶら下げてやった。
『ふ、ふ。良い蹴りでした。やはり見込んだ通りの実力をお持ちのようです』
しかし戦巫女は、ソレイユの罠を掴む事はなかった。それどころか笑ってすら見せた。
…脳を揺らしておかしくなったのか?と訝しむソレイユ、しかし同時に違和感を覚えた。
先の膝は確かに顔骨を粉砕した筈だ。だから口から血が垂れているのだし、脳を震わせた事で脚が小刻みに震えている。
顔骨を粉砕する程の衝撃を受けた脳が、正常な機能を果たしているとは思えない。だから考える力なんて簡単に戻る訳がないし、言葉を発する力が絞り出せる訳がない。
ならばーー顔骨を砕いたのに何故、言葉を話せているのだろうか。
『良いものが見れましたので、こちらも手の内を明かしましょうか。私が持つ浄化の恩恵は、文字通りあらゆる物を浄化し、治してしまう力です。たとえそれが…折れた骨であったとしても』
『…は?』
ソレイユの中で立てていた、証明されてほしくない仮説を裏付けられた音がした。
つまり何か?この女、無敵という事か?よく見れば垂れていた筈の血は既に止まり、粉砕した筈の顎も元通りに動いている。
それだけではない。確かに白い法衣ドレスに飛び散った筈の血は、一体どこに消えてしまったというのか。
⦅まさ、か。自分の躰だけじゃなくて、触れている物なら何でも対応可能な超回復能力って事ーー!?⦆
与えたダメージを瞬時に回復させる恩恵なんて聞いた事がない。だが現実、その証左を眼前で見せられては信じるしかない。
ギリ、と歯を強く噛む音がした。手心を加える必要のない相手である事は理解していたつもりだったが、どうやら無意識に命を取る事を避けていたらしい。
次の一撃で必ず殺すと考えたその時、再び戦巫女は思い出したように口を開いた。
『それともう一つ。便宜上、こう呼ばせていただきますが…』
『?』
まだ何かあるのかと、影を纏わせ構えるソレイユ。しかしソレイユの臨戦態勢を見ても尚、戦巫女は構えない。
拳を構えるよりも先にやる事があると言わんばかりに、戦巫女は視線で鋭くソレイユを刺した。
『「ソラ」様、それは偽名ですね?』
『ッ!?ーーんぉッ!?』
名前を伏せるのは間違いだったと、未来の自分がいたら叱責されていた事だろう。
ソレイユの嘘を看破した途端、戦巫女の纏う穏やかなオーラが激しく燃え盛る。そう認識した途端ーーソレイユの腹に穴が開くような衝撃が突き抜けていった。
『ぉぐ、んぉえぇッ…』
『ここがいくら闘技場の中だからと言っても、戦場と同じく命のやり取りをしている事に変わりありません。一瞬の隙、油断が命取りですよ?』
一閃、とはまさにこの拳の事を言うのだろう。
「戦巫女が地面を蹴った」瞬間と、「ボディブローが突き刺さった」瞬間。同時に起こる筈のない奇跡が、この一瞬にもまるで満たない時間の中で起こった結果、ソレイユは戦巫女の前で首を垂れる羽目になった。
『いつまで打たれた腹部を庇っているんですか?私が相手でなければ、今差し出しているその頭を踏まれて死んでいますよ?』
『っ。うる、さい…!』
今しがた自分が提示した降伏勧告をそのまま返され、ソレイユの失いかけていた戦意が戻る音がする。
何をされた、とはもう考えない。だがもし…同じ事をされたとしたら、果たして対応できるだろうか。
…否、できるのかではない。やるのだ。それしかソレイユに残された道はない。
時間をかけてようやく立ち上がったソレイユを見下ろす戦巫女は、待ちくたびれたと言わんばかりに初めて拳を構えた。
『結構。では続きを始めましょうか』
『このーーぅぐッ!?』
なのでまずは、どこから攻撃が飛んでくるのか分かるように影を全方位に展開する。避けるにしても防ぐにしても、戦巫女の攻撃してくる方向が判らなければ話にならない。
しかしその答え合わせの時間はすぐにやってきた。黒く塗り始めた地面を、不自然に真っ白に消していく一本の道をソレイユが知覚した瞬間、再び正面腹部に衝撃が走る。
⦅コイ、ツ!?さっきから、腹ばっか狙ってーー⦆
『腹部ばかり狙うのは何か理由があるのか、という表情ですね』
こちらの物申したい事をピタリと言い当ててくる戦巫女の読心術に、更に顔をしかめる。
実際、ソレイユが知覚できない速度で放たれる拳が顔にめり込んだ場合、反撃させる余地すら残さず相手を制する事ができる筈だ。
認めたくはないが、圧倒的な戦闘技術の差がそこにはあった。だからこそ、何故未だに戦闘を長引かせるのかが解らない。
『本当は蹴られた顔に返したい所ですが、そんな事をしたら簡単に貴女様の意識が飛んでしまいますからね。折角私の拳に耐えられる方が現れたというのに、一瞬で戦いが終わってしまったら勿体ないじゃないですか』
ソレイユの疑問に、戦巫女は不思議そうに答えを返してきた。
『バケモノ』と悪態を突きたくなる衝動を抑えられた自分を誉めてあげたいと、ソレイユは心の中で思う。戦闘狂とは、まさに彼女の為にある言葉だと思わされた。
一人で立ち向かっていって勝てる相手ではない、この女の気紛れ一つで相手の生き死にが決まる戦場など、誰が立ちたいと思うだろうか。
『それに、お腹を出す衣装で戦場に立つなんて珍しいと思いまして。攻撃の回避に余程の自信があると見ましたので、的にしようかと』
『長丈ドレスをヒラヒラさせてるアンタに言われたくないわーーぅぶうッ!?』
尤もな指摘を理不尽な拳で封殺され、ソレイユの躰がくの字に折れ曲がる。ようやく内臓の悲鳴が落ち着いたのに、再び大声を上げて暴れ始めた。
酸の臭いが込み上げてくるが、押し留めようにも堰が壊れているので垂れ流すしかない。地面を、ソレイユの黒いマフラーを汚し、脳内物質でドーピングしていた戦意にいよいよ翳りが見えてきた。
脚よりも威力のある拳なんて聞いた事がない。そんな理不尽を何度も貰う身にもなってほしいものだ。
せめてもの抵抗と白いドレスに口から出した酸を吐きかけてやるが、しかしあっという間に元の真っ白なドレスに浄化されてしまう。
『はしたないですよ、零すのなら自分の服だけにしてください』
吐きかけられた袖を払う仕草が、最早ソレイユにとって挑発だった。しかしそれに応えるだけの気力が、既に搾り取られてしまっている。
満身創痍なソレイユが嘔吐く様を、戦巫女は不機嫌そうに見下ろしていたが…ふと、悪魔の閃きをしてみせた。
『ですがーー貴女様がどうしても私の服を汚したいのなら仕方ありません。暫く「ソラ」様には、固形物を受け付けない身体になっていただきますね?大丈夫、胃酸は今から大量に作って差し上げます』
『ゲホッ…。何その冗談、笑えないんですけ…どッ!』
躰の中心に今もしぶとく居残る鈍痛、それに呼応して生命の危険信号を発する脳による、生命の撤退命令に従って影を全方位に再び展開する。
ただし、今度は戦巫女の出方を測る為ではない。ソレイユ自身がこの場から逃走する為の全力展開だった。
本当は敵に背を向ける戦闘などしたくはなかったが、要らない自尊心の所為で命を落とすよりは断然マシだ。だからこれは、理に適った戦術なのだーー。
そう自分に無理やり言い聞かせながら辿ろうとした影の道は、突如として途切れた。
まるで、塗り潰した影を真っ白に浄化したかのような所業。これを成し遂げられる犯人は、一人しかいない。
⦅浄化って、まさか相手の恩恵も消せる訳…!?⦆
遠距離からの魔術を無効化し、無理やり近接戦に持ち込む戦場の鬼。しかも一連の行動は、どれだけ距離を離されていようとも関係なく物理的に詰めてくるのだから理不尽極まりない。
こんな魔猪みたいな女が何人も生まれる前に、潰しておくべきと考えるのも道理だった。国を挙げてたった一人を仕留めにかかっても、討ち取った報告が中々上がらない理由が、こうして相対した事でよく解った。
その魔猪女から距離を取ろうと、先の全方位に展開した時に仕掛けておいた影苦無を伝って別の道に逃れようとする。
しかしその道も、瞬く間に浄化されてしまった。それどころか、展開していた影すべてが戦巫女のひと踏みで掻き消されてしまう。
『これ以上逃げられると萎えますので、仕込みを全部潰しておきました』
『バケ、モノめ…!』
今度こそ悪態が口から飛び出し、一矢報いんとやぶれかぶれに脚を突き出すソレイユ。だが、そんな丸分かりの攻撃軌道では戦巫女に当たる訳がない。
攻撃の軌道が分かるのならーー宣言通りに胃酸を大量に作るつもりなら。そのタイミングに合わせ、戦巫女が拳を振るわない理由がない。
ーー空気が弾ける音がした。それが戦巫女の拳が放たれた音だと理解した時には、ソレイユの腹に拳が着弾していた。
『んぼぇッ』
ベコリとへこむ鳩尾、込み上がる喉を焼く酸。今度こそと押し留めたつもりだったが、その酸の量があまりにも多く、簡単に口から零してしまう。
全身から力が抜け落ちていく感覚と、尚もしぶとく躰に残り続ける意識の乖離が気持ち悪い。その所為で、噴き出す酸の量が青天井だ。
『ご安心を、同じ女のよしみで顔は避けて差し上げます』
気持ち悪さの多重奏に膝を折りたくなる意識は、しかし簡単に暗転させてはもらえなかった。
軽やかな戦巫女のステップはソレイユに攻撃のタイミングを掴ませず、意識の外から軽く音速を超えた拳撃の乱舞が襲ってくる。そのいずれもがソレイユの腹を抉り抜き、臓腑が揺動した。
『ごぼぇッ、うびゅッ、げぁッ、…』
赤を通り越して真っ黒に腹が潰され、こねくり回されているのに。戦巫女の拳一発だけでも致命傷足り得る威力を誇っている筈なのに、ソレイユはまだ生きている。…否、生かされている。
ソレイユの躰は、戦巫女の浄化の恩恵によって回復と破壊を高頻度に繰り返しているのだ。そのお陰で鋭痛と鈍痛が共存し、飛んだ意識が無理やり現実に引き戻されてしまう。半永久的に繰り出される戦巫女の連撃に、ソレイユの戦意は完全に削ぎ落された。
しかし、戦巫女の気紛れなのか第三者の横槍が入ったのか。拳の暴風雨は突如として降りやんだ。
打ちのめされたソレイユの躰は引きつけを起こしながら、受け身を取る事なく真っ赤な地面へと吸い寄せられていった。
どうにか立たなけばと、無意識に躰をよじろうとするソレイユ。勿論、満身創痍の彼女にそんな余力など残っている筈がない。
気持ち悪い酸の臭いがする、液体を多く含んだ粘着性のある砂が、ソレイユの綺麗な肌を汚していく。すぐにでも引き剥がしたい、洗い流したい筈なのに、躰が言う事を全く聞いてくれない。
『もう寝るお時間ですか?私はようやく身体が温まってきた所なのですが…』
やけに鮮明に聞こえたその言葉は、敗北を認めたくないソレイユの最後の心の支えを粉々に打ち砕いていく。
自らの不敗記録についた初めての汚点だ、屈辱以外の何物でもない。ここで意識を失えば、その記録が決定的になってしまう。
今ならまだ覆せる。相手が油断している今が、反撃のチャンスだーー。
『「ソラ」様が満足に脚を動かせないのであれば、これ以上続けても意味がありませんね』
弱弱しくも自らを鼓舞し、僅かながら回復したソレイユの戦意は。たった一言、頭上から降ってきた戦巫女の言葉で再び砕け散った。
夢物語が現実になる筈がない、というダメ押しの言葉のナイフだった。
あぁ、敗けたんだーーようやく敗北を認めたソレイユは、意識を黒い海の中に溺れさせていったのだった。
これより先の記憶は、ソレイユ自身あまり覚えていない。本能が思い出す事を嫌がっているのかもしれない。
密かに国に返されて兄様の大目玉を食らった事は朧げに覚えているが、しかしその道中はハッキリとした記憶まで浮かんでこなかった。
ただ、その記憶より先に意識の変化があった事は覚えている。「次こそあの女を這いつくばらせてやる」、そんな半永久的に叶う筈のない目標を、ソレイユが立て始めたのだ。
その意識は忌まわしい事件を経ても色褪せず、ソレイユの中に尚も残り続けているーー。




