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夢渡の女帝  作者: monoll
第4章 希望を夢見た宙の記憶
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第4章24「深更にその贈り物は届く」

 オレは最初から、こんな不可思議構造の闘技場に用なんか無い。可能であればさっさと脱出したいとすら思っている。

 だが現実の展開は、オレの理想とは真反対に向いて進んでいた。その証拠に、普段の調子を多少取り戻したソレイユの先導によって、オレは真っ暗な影で作られたような階段を上っている。


 周囲は階段の色と同じく真っ黒。まるで別次元へと繋がる通路に迷い込んだかのような先にある光が、どうやらオレたちの目的地らしい。

 光は未だに眩しいが、一段上る度にその真っ白な光が少しずつ色付いていく。ようやく「開会式」とやらの会場に足を踏み入れるのかと、思わず溜息がつい漏れた。

 …いけねぇ、溜息ばかりじゃ幸せが逃げるらしいからな。ここは一つ、ずっと無言を貫くソレイユに小粋な話題を提供しようじゃないか。


「ところでソレイユ。ずっと聞きたかったんだけど、どうしてメイド服なんか着ているんだ?趣味?」

「その答え、聞きたい?良いわよ、今なら片道の冥途行きチケットもセットで付けてあげる」

「すみません余計な言葉でした」


 ニッコリ笑顔のまま振り返るソレイユ、しかし彼女の手には苦無らしきものが複数生えている。丸腰の戦闘素人相手に玄人プロの刃物は反則だろ!?

 諸手を挙げて降参するオレを見て、「フン」と鼻を鳴らすと苦無を掻き消した。…自在に収納できる武器って事か、だったらレイラさん相手にも飛び道具として通用しそうなものだけどなぁ。



(…あれ?)


 思わず溜息を漏らしながら行き先である光に目を向けた時、ある違和感を覚えた。少しずつだが見えてきていた光の先の景色が、その色付きを止めてしまったのだ。

 まるで逆走するエスカレーターに間違って乗ってしまったかのように、上っている感覚が急になくなってしまった…そう表現すれば良いだろうか。

 確実に前へ足を出している筈なのに、とある段から移動しているようで移動していない。勿論、その場で試しに留まっても降りていく事も、別の段差に引っ掛かる事もない。


 通路の構造ギミックもそうだったが、現実離れした設定がこの闘技場には詰まっている。一度通った構造が全く別物に変化する通路もその一つだが、ループする通路も大概だろう。何かの謎を解かないと先に進めない系のゲームかよチクショウ。

 いくらオレの夢の中の世界だとしても、ゲームじみた夢世界いせかいであったとしても、解かせる気のない構造ギミックは実装しちゃダメだろうが。どこかに作者専用抜け道(デバッグコマンド)があるってか?


 そんな事を考えていたら、ソレイユの足がふと止まった。それに釣られ、オレも同時に彼女の一つ下の段で留まる。

 「ソレイユ?」とふと声を掛けた時、改めてソレイユがこちらに振り返った。その面持ちは、真剣そのものだ。


「この先が目的地よ。悪いけどここから先はオジサン一人で行ってちょうだい、アタシはここで別れるわ」

「ソレイユ、まだ他にも何か用事があるのか?だったら付き合うぞ、むしろオレを一人にしないでくれ」

「…アンタは女の着替えまで覗くつもりなの?」


 し、失礼しました…。勿論そんな趣味はないので、早々に土下座モードへと移行する。狭い階段の段に器用に座っているので、実は脚がとても痛かったりする。

 そんなオレの姿勢に大きく溜息をついたソレイユは、トンと爪先を鳴らすと何かをオレの影へと潜らせた。


「オジサンの中にアタシの影を忍ばせておいたわ。何かあれば声をかけなさい、会話くらいなら暇な時に付き合ってあげる」

「あ、あぁ。それはありがとう…ってそうじゃなくて!」


 影の無線みたいなものだろうか。恐らく仕組みは“ヤツヨ”の念話と同じようなものだろう、使い方はまぁ…おいおい覚えていけば良いや。

 だが今オレが気にするべきは、今まさにソレイユがこの場を離脱しようとしている事だ。階段を上り終えた先で何が待ち受けているのかも分からないのに、ここで別行動するのはオレの精神衛生上大変よろしくない。慌てて立ち上がり、ソレイユとの距離を詰めて直談判の構えを取った。


「戦闘力皆無のオレを一人にしないでくれよ!?せめてレイラさんか「あ゛?」プリシラか「あ゛ぁ?」ーーう、ぐ」


 オレの訴えに睨みが何度も挟まり、思わず半歩下がってしまう。

 レイラさんたちの名前すら禁句とか、不機嫌が過ぎるんじゃないか…?いやまぁ、元の調子が戻ってきたと考えたら、少しは喜んで良いのかもしれないけども。

 とはいえ、ソレイユのご機嫌をこれ以上損ねる訳にはいかない。後ろに転げ落ちそうになる身体と気持ちをその場に縫い留めながら、オレはしっかりソレイユを見ながら改めて話を切り出した。…二人の名前を出すのがダメであれば、違う名前なら問題ないだろう。


「その、ソレイユがいるなら、黎明旅団の誰かも一緒に来てるんじゃないのか?だったらその誰かと合流するまでは一緒にいてくれたって良いだろ?」

「それもこの先に行けば解る事よ。ほら行きなさい、それともオジサンのその尻、蹴っ飛ばしてほしいの?」


 頑なにオレの要求を呑んでくれないメイド忍者に思わず眉が寄ってしまう。意地でもここの主と顔を合わせたくないのだろうか。

 それに…行けば解るって言葉選びも気になる。まるで「オジサンの描いていそうな夢物語は今の内に棄てておきなさい」と言われているかのようだ。

 やめてくれよ、オレの嫌な予感は十中八九当たるんだって…。それとケツは蹴飛ばさないでください、さらに割れて真っ赤になります。


「何よ、そんなに行きたくないワケ?…まぁ気持ちは分からなくもないけど、あの外道の決め事には逆らわない方が身の為よ?」


 勿論行きたくない気持ちその通りなのだが…、そもそもオレは待ち人(外道)の事をよく知らないし、見ず知らずの他人が勝手に決められた自分ルールに従う義理もない。

 オレの為にあれこれしてくれるソレイユの心配はありがたいが、やはりこのままソレイユの言う通りに階段を上っていくのは不安が勝ってしまう。階段を一緒に上がって、その後降りるだけだと思うのだが…一体何が嫌なのだろうか。


 じっとりと視線で尚も訴えかけ、睨めっこをする事10秒程度。中々首を縦に振らず、足を動かさないオレに業を煮やしたのか、大きく溜息をついたソレイユは諦めたように口を開いた。


「…あぁもう!分かったわよ、オジサンがこの階段を上りきるまでアタシがここで見ていてあげる!」

「そ、それはそれで羞恥プレイですけど!?」


 これが恐らく、意地でも階段を上りきりたくないソレイユの最大の譲歩だろう。尚もオレと一緒に階段を上る事を拒否する姿勢にはやはり納得できないが。

 しかし、いつの時代どの世界であっても、欲を出しすぎた者はロクな未来が待っていない。…ここは、オレも折れるべきなのだろう。


「はぁ…分かったよ、行くよ。その代わり、背後から天使とかさっきの白薔薇女が上ってこないかしっかり見ててくれよ?」

「分かってるから、ほら早く行きなさい」


 シッシッ、とソレイユに手を振られる。いよいよソレイユの機嫌が傾き始めたらしい。完全に悪い方向に傾く前に、オレも行動した方が良さそうだ。

 重い足を動かして一段、また一段。当然だが、ソレイユとの距離が徐々に離れていく。それが何か嫌な暗示のように思えてしまい、何度もソレイユの立つ場所を振り向いてしまう。


 こちらを見上げるソレイユの表情は何も変化がない。少し機嫌の悪そうな、しかしフローア村にいた頃と比べると覇気に欠ける…まるで作り物の感情ひょうじょうを貼りつけているかのようだ。

 普段から彼女の声や表情、仕草を見る機会がなければ、恐らく違和感すら抱かないだろう。女性と話す機会が少なかった現実世界のオレのままでは、恐らく見逃していただろうーー感情かめんの小さなヒビ。


 普段働かない癖に、オレの感情アンテナはこの手の負の思考を拾いやすい。拾った情報かんじょうが悲鳴を上げていたのなら尚の事だ。

 勿論この受け取った情報かんじょうがオレの妄想という可能性だってある、むしろ妄想乙と言ってほしい。だから…30年も付き合ってきた自分の勘を信じ、オレは足をかけたその段から振り返らずに呟いた。


「また…いつもの忍者姿で会おう。明日の食事、楽しみにしてる」


 ソレイユは答えを返さない。表情の変化も、前を向いているオレには分からない。

 もっと上手い言葉で表現が出来たのかもしれないが、残念ながら今のオレの語彙力ではこれが限界だ。それでも彼女の感情の琴線にギリギリ触れない程度に、載せられる感情を余さず言葉に換えたつもりだった。


 たとえ2、3週間という短い間であったとしても、いつレイラさんとの約束を反故にして襲ってくるかも分からない暗殺者の一人だとしても、それなりに顔を合わせて行動してきた仲だ。見慣れない夜色のメイド服に身を包んでいる理由も、白薔薇女と相対した時の感情を顕わにした理由も、気にならない訳がない。


 そもそもレイラさんの大変ウェルダンな料理はともかく、プリシラの作る料理は実に豪快だ。味付けではなくサイズと量、そしてカロリーが成人男性が摂るにしても多すぎるのだ。

 そんなプリシラの料理をずっと食べていたら、皆がオレ以上に肥えた体型になり兼ねないし、そもそも黎明旅団の面々に同じような食事を振舞うのかどうかも怪しい。料理人ソレイユがフローア村から居なくなってしまったら、誰が黎明旅団の面々の胃袋を満たすというんだ!


 …俗っぽい理由もあるが、白薔薇女と顔を合わせてからのソレイユの落ち込みっぷりは尋常ではない。それこそ、心が軋んで道を外しかねないような危うさだ。

 だからこそ本人の口から「大丈夫」の声を聞きたかったのだがーー。


「じゃあ、行くよ」


 暫く待っても返事が来ない。オレの言葉じゃ力不足だったか…と、後ろ髪を引かれる思いで足を動かそうとしたその時。


「…魔猪ボロア


 ふと、小さな声で少女の声が通路に響く。浮いた足が、思わず戻る。

 振り返りたくなる気持ちはあったが、それだけは踏み止まった。振り返ったら恐らく、ソレイユの覚悟を踏みにじる気がしたからだ。


魔猪ボロアの新鮮な肉、また用意しておきなさい。そうしたら考えてあげる」

「分かった、用意しておくよ」


 オレの覚悟は決まった。動かしたくなかった足が、今度は自らの意思で再び前へと進んでいく。

 今度は止まる事はない。振り返る事はない。たとえ空元気だったとしても、ソレイユの答えを聴いたから。ならばオレは、それをひたすら信じて待つだけだ。


 光の先の光景に、オレの影がいよいよ重なっていく。その様をソレイユは、しっかり見届けてくれていると信じて。

 この闘技場には、主の意向によって作られた厳格なルールがある。破る事は何人たりとも許されないが、逆にルールに沿ってさえいれば何をやっても許される。

 その一つである、ソレイユたちが今しがた通った暗闇階段。()()()()()のみを通す事が許される、「審判の道」という構造カラクリがここにはある。


 ソレイユはしっかりと、男が光に呑まれた事を昏い通路の中から見届けた。ーー否、見届けるしかなかった。ソレイユが()()()()()()()()()正解ではなかったからだ。

 そして…正しい一人を通し終えた、その道が使われる事は二度とない。正しくない人間にとっては近づく機会すらないだろう。通路そのものが、元から無かったかのように掻き消えてしまうのだから。


 だが何故だろう。早く元の場所に戻らないと…と、脳内に貼りつけてあるメモを読む事はできるのに、しかし身体がその場から動かない。

 不思議と意識がぼーっとしている。敵地の只中だというのに、鼓動が嫌にうるさく耳を衝く。首から上が熱を持ち、赤くなっているような気さえする。


 消えてしまった通路を、ただ眺めるだけの無駄な時間。重ねられた煉瓦を数えている訳でもない。呆ける時間は、ない筈なのだ。

 だが…何故だか通路の奥にあるものを愛おしく感じてしまっている自分に気付き、思わず笑いが込み上げてくる。

 表情が無自覚に綻んでしまう。不思議と嫌な気はしない。むしろずっと、この気持ちを独占していたいとさえ思う。


「何やってんだか、アタシ」


 自身の影を与えた相手が100%の信頼をソレイユに預ける事、それがソレイユの永誓の契りだ。アナタの首をいつでもへし折る事ができる中で、自分を盲信的に信じろ…という契りは、策謀まみれのこの世界では達成不可能の筈だった。

 律義に見届ける必要なんてなかったのに、男がこちらを振り返らないのを良い事にひっそり去れた筈なのに。最後まで目を離す事ができなかった。何も知らないあの男の首を影で絞める事だってできたのに、最後までソレイユはできなかった。


 ーー誰にも達成されないものだと思っていた契りは、ここに結ばれた。誰かに縛られるのは嫌だと思っていたのに、今は少し安心感を覚えている。


「ほんと、生きていたら何が起こるか分からないわね」

「それが人生という1度きりのゲームの醍醐味なのだよ」


 気持ちの良い独り言の時間は、あっという間に終わった。耳に障ったその声の登場に、火照った身体は一瞬で冷える。その不快感に眉をひそめながらソレイユは声の主と向き合った。


 そこにいるのは、変人だった。スラリとした男のシルエットを包むのは真っ黒な燕尾服。手を覆う真っ黒な手袋にも目が引かれるが、それ以上にインパクトが大きい黒の覆面は、常に仮面を被るマイティ以上に不気味な印象を与えている。

 彼こそがこの闘技場の主、「審判者(ウォークエンド)」。ソレイユたちをこれから、とあるゲームに巻き込む張本人だ。


「アタシの行動をいさめに来たって所かしら。だとしたら、あのクソ女にも同じ沙汰がある筈よね?」

「フフ、こんな些事で目くじらを立てるような無粋な真似はしないとも。彼女もまた同様だ。むしろ君には、ここまで彼を連れてきてくれて感謝している」


 どうやら勝手をした沙汰はないらしい。ならば問題はないだろう。あるとすれば、覚悟を決める()()()()()を予定より少し早くにズラされた事くらいか。


「役者は揃った、君も所定の席に着くがいい。それとも…着替えの時間は必要かね?」

「要らないわ」


 着慣れない給仕服はさっさと脱ぎ棄ててしまいたい。ましてや、()()()()()イベントを思うとスカートでは不都合が多い。月の国を追われたというあの魔猪女は思考のネジが数本飛んでいるんじゃないかと、毎度顔を合わせる度に思う。

 男と一緒に来た通路とは違う暗い道を選び、迷う事なく足を進めていく。その最中…全身が影に包まれ、ソレイユの衣装は着慣れた忍者姿へと切り替わる。


 ソレイユの浮かべる表情に、どこか頼りないオジサンとのやり取りの末に生まれた柔らかさは…どこにもなかった。


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●作者、後書きに本編書くとか頭おかしいんじゃないの!?

本編と後書きにある、なろう様のレイアウトを利用したお遊び(ギミック)となります。

本編で主人公君が「審判の道」を通った直後、残されたソレイユの本心が主人公君に分かる訳がなく…。けれども確かに独白のあったシーンという事で書かさせていただいております。投稿日(本編)では見られなかった本心(後書き)、こちらも是非お楽しみくださいませ。


ただし、このお遊び(ギミック)の特性上、こちらを投稿した「2025/3/24」の翌日以降の閲覧では作者が想定したギミックでお楽しみいただけない可能性が高いと思われます事、ご了承ください…。

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