第4章22「その贈り物、角落厳禁・天地無用につき4」
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『プリシラ様、早速ですがお話があります』
「風刃」と名乗った和装束女の襲撃後、おかんむりなソレイユによってフローア村の教会へと軟禁された後の出来事だ。プリシラと“悪魔”の二人と共闘する事を決めた直後、レイラさんはそう切り出してプリシラの胸倉を掴んだ。
力強く踏み込んだ事でミシリと建物が軋む音に、思わず悲鳴を小さく漏らしたオレの足が半歩後ろに退く。だが目の前で見せられている取っ組み合い一歩手前の様子に、及び腰になりそうだったオレの意識がバネの如く跳ね返った。
『ちょッ、レイラさん!?』
このまま展開を流していたらマズイのでは!?と思わず身を乗り出したのだが、すぐに“悪魔”に進路を阻まれる。
『今は、あの娘たちの話を吾輩たちも聞こうじゃないか』
『いやいや、話を聞くだけなら別に詰め寄らなくても!』
今にも殴りかからんとする勢いのレイラさんに対し、プリシラは全く抵抗する様子もなく…むしろ身を任せている。この場で殺される事になったとしても、それを受け入れてしまいそうな危うい行動に、オレは気が気ではない。
そんな慌てふためくオレを諫めたのは、他でもないプリシラ本人だった。
『いいの、あたしはねがえりのへいしだもの。…はなしはなに?』
『理解が速くて助かります。レヴィ様は手出し無用でお願いします、カケル様もどうかそのままで』
戦闘力なんて無いオレは勿論、“悪魔”にも動かないようしっかり釘を刺すレイラさん。この“悪魔”は『解っている』と頷いているようだが、オレは全然理解していないんですけど?
そんな混乱しているオレを差し置いて、状況は進んでいく。
『断片的な話ながら、カケル様から伺いました。プリシラ様の上司…そして私の暗殺を依頼した主は、ウルスラ様で間違いありませんか?』
『あっているわ。あたしはウルスラさまのしへいのひとり、つまり…てっぽうだまよ』
死兵?と頭を捻らせようとした所で、あぁとオレは心の中で手を打った。ウルスラという人物にとって、何事にも縛られず都合の良いように動かす事ができる私兵…公にはできない荒事に対応する為のプライベートソルジャーという奴か。
公の兵士ではないので、どこでどんな悪事に手を出していたとしても、上司の気分次第ですぐ切り捨てる事が可能。「アイツの命を奪いたいとは思っていたけど、私は手を出していません」と言い張るようなものだ。成程、このウルスラという人物の思考回路が何となく解ってきた気がする。
『嬢ちゃん、部外者の吾輩が言うのは違うと思うが…仕事は選ぼうな?嬢ちゃんほどの戦闘の腕があれば、違う道もあっただろうに』
『ぎゃくよ。たたかえるちからがあったからしごとがえらべなかったの。あたしのかいきゅうは、いちばんしただったから』
『…階級の高い人間は、自分より階級が下の人間の行動をある程度縛る事ができます。闘技場で見かけた腕自慢を、鎖をつけて自分の手元に置いておく程度の事は、月の国では日常茶飯事です』
『嫌な上司に目をつけられたら人生が詰むとか、クソゲーか何かか?』
つまり奴隷染みた人間が成り上がるには、たとえ地雷と解っていても…決して外せない首輪をつけられる事になったとしても、上級国民の犬になるしかないという事か。
思わず率直な感想が口に出てしまったが、『現実世界と同じだな』と滑りそうだった口はしっかりチャック。迂闊にも毒を吐いてしまってレイラさんのキョトンとした視線が痛いのに、追加で猛毒を仕込む勇気はない。
それはそうと、レイラさんの故郷って世紀末な世界なの?腕力も性格も強かな者しか生き残れない世界って、オレ速攻で死ぬ自信があるんですけど!?というより、そんな世界でも生き延びた上に性格が綺麗すぎるレイラさん、マジモンの聖者じゃないですか!?
『ただ…いくら行動を制限できるからって、その人の権利全てを掌握する事はできない筈です。たとえ賢者の位を戴いたとしても、縛られる側の方は必ず一定以上の人権を保障されなければいけない。むしろ皆の上に立つからこそ、皆の模範となるよう上位階級の人間は務める義務があります。…まさかあの方、プリシラ様の弱みを握られているとか!?』
『そのとおりよ。ウルスラさまは、わがまま…じゃなくて、きがみじかい…のもちがう。えっと…とてもおこりっぽいの。だから、すこしでもめいれいとちがうことをしたら、それだけでくびをはねるわ。あたしじゃなくて…アクリスむらのみんなのくびが』
『別に言い直さなくても良いと思うぞ、嬢ちゃん。もっと素直に言ってしまうと良い。「クソ女に大事なモノの首根っこを掴まれているから、命令に従うしかない」ってな』
それに比べ…老司祭やプリシラに連れてこいと命令してくれたウルスラって上司、なるべく今後も関わりたくないなぁ。何かの間違いで月の国まで連行されたら一生飼い殺される予感しかしない。何だったらオレの現実世界の上司を彷彿とさせるので、出会い頭にぶん殴ってしまいそうだ。
『それで、その世界で一番自己中なお嬢様の特徴は?』
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曰く、夢世界に4属性ある基本の魔法を全て使いこなす魔法の天才。曰く、白薔薇を頭に一つと衣服のあちこちに咲かせた尊大な茨姫。曰く、撒き散らした相手の血を吸い上げ濃縮還元させたかのような紅い瞳の魔女。…最後の方はプリシラ個人の怨念が籠っていたような気がする。
気になるのは当然、炎・水・風・土の魔法を全て使いこなすという魔法の才能だろうか。「ひとたび戦場を歩かせれば、敵兵はことごとく灰になり、溺れ、切り裂かれ、地に呑まれる」という煽り文句がプリシラの口から出たものの、イマイチその凄さが解らない。現実世界でのイマドキなゲームやラノベは、魔法全種を覚えるのは義務みたいな所があるからなぁ…。
ところが直後のレイラさんの話によれば、この夢世界の中では一人につき会得できる魔法は一種類が普通らしい。例えばプリシラなら水を纏う恩恵以外の属性…風や土、火といった他属性は使用できないとの事だ。そしてそれは、魔術が得意なエルフ族であっても適用されるのだとか。
つまりこのプリシラは「相手の弱点を必ず突く事ができる災厄を常に連れ歩いている人間兵器」という事になる。成程、解りやすい説明をありがとうレイラさん。つまり対峙する相手に合わせてマントの色を選びたい放題、ってか?そんな怪物、どうやって倒せって言うんだよチクショウめ!
それでもオレは、その怪物を前に立ち塞がった。オレではない別の誰かを掴みそうだったその手が伸びるのを、黙って見ていたくなかったから…と言えば聞こえは良いかもしれないが、実際はソレイユを庇う為のほぼ無意識の行動だった。
「生憎と、小休憩は終わりなんだそうだ。続きは後で聞く事にするよ」
「ほう?」
「それにアンタ、散歩中だったんだろ?ならここは穏便に挨拶だけで済まそう。それとも、今オレたちに構うだけの理由が何かあったりするのか?」
ハッタリだった。見るからに戦闘素人が何を口走っているのか、オレ自身も理解に苦しむ。ただ、この道化染みた行動が最善だと思った。
勿論、この白薔薇女はオレに戦う意思がない事も、ましてや戦闘力がカスである事も見抜いているだろう。無理やりオレを除ける事もできる筈だ。
「まぁ、よい。確かに今の余は退屈しのぎの最中、しかし自ら土を触りに行くほど酔狂でもない。愛でる物好きが居て良かったな、雑草」
「…………」
ソレイユは何も答えない。それどころか、尚も顔を合わせようともしない。二人の間に何があるのかは知らないが、そのとばっちりを食らっているオレは言うまでもなく居心地が悪い。
だからオレは、ソレイユの小さな手を取りその場を離れていく。
「じゃあ、オレたちは向こうに用があるからこれで」
オレの捨て台詞に、白薔薇女は何も反応しない。酷く愉しげな視線をこちらにくれるだけだ。
…ずっと視られるのは気分が悪い。オレは早々に、道も分からないまま通路の突き当たりを曲がっていった。




