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夢渡の女帝  作者: monoll
第4章 希望を夢見た宙の記憶
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第4章18-2「贈り物は地上から降ってくる4」

こちらは第4章18-1「Choose One(Level 4)」のAルート(正解ルート)になります。

主人公君、果たして天使おんなの要求を受け入れて大丈夫なのでしょうか…?

 「本当にこの選択で良いのか?」そんな未練じみた心の声を黙らせるように、乾燥している唇を湿らせた。

 力づくで天使おんなを取り押さえる?それはノーだ。殺人的な威力を持つ蹴りの的になるだけで、戦闘弱者オッサンが取って良い現実的な選択ではない。

 ならば背中を見せて逃げる?これもノーだ。身体能力にモノを言わせて迫ってくるのが関の山だし、下手な行動を取って手足を折られるよりは、五体満足のまま状況を進めてもらった方がまだ冷静に状況を判断できそうだ。

 それに、オレの代わりに戦ってくれたプリシラを見捨てるなんて出来る訳がない。仮にオレが何も行動を起こさなかったら、間違いなくプリシラは捨身で天使おんなの首を獲りに向かっていった事だろう。


(そうさせない為には、やっぱり…。オレが前に出るしかねぇよなぁ、チクショウが!)


 同じ思考の繰り返しを無意識に始めている時点で、既にオレの意識が暴走しているのが解る。これ以上の思考潜航は無駄だろう。

 ーー覚悟は決まった。レイラさんやソレイユたちを呼ぶより刺激が少なさそうなこの道を、最善と信じて選ぶ。


「取引だ、天使。オレをお前の主とやらの所に連れていけ」

「あ、あなた…なに、を」


 これからオレがしようとする事を察したのか、プリシラの震える声が会話に割り込んでくる。

 頼むから邪魔しないでくれよ、少しでも逃げる口実があればそれに飛びつきたくなるから。


「面白い事を言うのねぇ、貴方。私と取引?勿論私としては目的が果たせるから、その申し出は助かるけど…」


 ペロリと唇を濡らし、長い金髪がさらりと一房流れる。ただでさえ人目を引き寄せる、歩くだけで溜息が漏れそうな整った容姿がこちらを目指して歩いてくるのだから、男の心など踊り狂うのは必然だ。

 もっとも、オレの心の場合は恐怖と緊張を足して2で乗じたものを無理やり感情こころに落とし込んでいるので、心臓から送り出される血の流れが狂う場所を求め、全身から脂っこい嫌な汗が噴き出ているのだが。


「貴方、何を私にくれるのかしらぁ。お財布が素寒貧じゃ、取引すらできないわよぉ?」


 早速、相手がオレの言葉に食いついてきた。良いぞ、少しでも意識をオレに向けろよ?プリシラにトドメを刺そうなんて考えてくれるなよ?


 ーーさて。ここでほんの少しだけ、オレの財布てふだを確認する為に瞬きをする。

 オレが差し出せるのは、何故かプリシラも、その上司のウルスラとやらも狙ってきた五体満足なオレ自身。今この場で出せる唯一にして、最大の札だ。

 幸い、この手札を切って取引が成立したとしたら天空闘技場カイハとやらに連れていかれる事を、この天使おんなから情報が開示されている。そうなれば先日のアクリス村の一件のように、レイラさんが助けに来てくれる可能性も考えられる。


(そんな「たられば」に頼る事は、できればしたくないんだけどな…)


 勿論、複数のサイコロを同時に転がして全ての目が1になるような机上の空論(もうそう)が成立するとは思わない。30年ほど生きてきた中でオレ自身の運の無さは嫌と言うほど味わってきたからな、これが過剰な緊張から来る都合の良い幻想である事なんか本能が解っている。

 だが素寒貧と決めつけるのは早計だったな、オレにもちゃんと超越物質に頼らない武器はある。皆の目を盗んでズボンのポケットにしまい込んだ()()しかないがな!


「オレが要求するのは、この村にいる全員にこれ以上手を出さない事。でなければ…」


 ズボンのポケットに手を突っ込み、オレはとっておきの札を切った。

 カチリと音が鳴り、途端にオレの周囲だけが焔の檻に包まれる。しかし中身オレに熱は伝わらない。


 その正体は、数日前にオレやレイラさんたちを閉じ込める為に教会に仕掛けられた、あのはた迷惑な女神様の置き土産(けっかい)…その破片だ。当然ながら、当時のような強い拘束力は無い。

 そもそも魔力が籠められていなければ、結界としても機能しないと言われていた代物ガラクタだ。勿論、オレにそんな便利そうな力など流れていないので、自力で起動なんてできる筈がない。


「この結界の中に、引き籠るぞーー!」

「っ!?」


 だがオレは起動してみせた。結界に入れられたプリシラもまた、息絶え絶えながらも彼女の声色から驚く表情を浮かべたらしい。

 …「遂にお前も異世界デビューできたのか!?」だって?残念ながらその期待には添えられていない。何せ、手癖の悪い“悪魔”(スライム)が勝手に魔力を籠めて結界の仕込みをしていた一部を、そのまま持ってきただけだからな!


「浅知恵は回るのねぇ。ちょっと見直しちゃったわぁ」


 戦闘ができない二人を閉じ込める結界が、もう間もなく完成する。そうなれば、いくら天使おんなの蹴りがレイラさん並に滅茶苦茶な威力を持っていたとしても、壊すという一工程をかける必要が生まれる。

 その一工程じかんがあれば、多少躊躇いの傷を作る時間はあるとしても破片で喉を切るくらいはできる筈だーー。


「でも残念。その結界が完成するのに、私相手に時間を掛け過ぎよぉ」


 しかし、この机上の空論は結界が完成して時間が作れればの話。天使おんなの言う通り、結界が形になるのに時間が掛かり過ぎた。

 強固なコーティングを施す前の結界の骨子を蹴り砕き、その勢いを殺す事なく天使おんなはオレの腕を掴む。未だポケットの中の破片を弄ろうとするオレの腕は、天使おんなの細腕に力強く握られ続けて感覚が徐々に無くなってきた。


 それでもオレの行動には意味があったらしい。余程意表を突いた行動だったのか、言葉とは裏腹に天使おんなの表情に余裕がない。

 故に、足元で殺気立つ死神プリシラが最後の力を振り絞って地面にくっついた躰を引き剥がしていく様すら、今の天使おんなには看過できないらしい。


「しつこい女は嫌われるわよぉ?」

「くっ…!」


 天使おんなの片脚が既に地面から離され、力を振り絞って起き上がろうとするプリシラの浮き始めた顎を蹴り上げんとしている。あと少しでも刺激を与えてしまうと、プリシラの顎骨は粉々に砕けてしまうだろう。

 だから、こちらからもひと押しが必要だ。プリシラへトドメを刺す事にすら意識が割けないような、強烈な刺激(チェックメイト)をだ。


「アンタ、五体満足のままのオレを連れ帰る折角のチャンス…ふいにするつもりか?」

「っ、ただの浅知恵かと思ったけど…とんだ悪知恵ねぇ!」


 完成するより前に壊されれば当然、機能するものも機能しない。だがこの破片は()()生きている。その証拠に、あらかじめプログラムされていた機能が作動しないと解った破片は力の行き場を失い、オレの手を焼き始めている。

 …こんな自傷行為、オレだってしたくはなかった。正常に理性が働いていれば、まず取ろうと思わなかった選択肢だ。

 だがオレは、今後に残る記憶の瑕(トラウマ)と腕一本を代償にして勝利を確信した。命綱のない綱渡り(正解)を、オレは渡り切った(掴み取った)のだーー。


「さっきアンタが口を滑らせた()()とやら、オレはそれを見逃すって言ってるんだ。何だったらオレの腕を握り潰してくれたアンタの行動も、サービスで乗せておくぞ」


 ようやく天使おんなの殺気に揺らぎが見え始める。ここまでの天使おんなの行動の積み重ね、そして今のオレの言葉がトドメになったらしい。

 ガンガンと爆音を鳴らす脳と心臓の音を背景(BGM)に、オレは焼ける手に視線を合わせないよう獰猛に笑ってみせた。


「この腕の火傷は、プリシラ…アンタが踏み潰そうとした彼女の水の恩恵ちからがないとすぐに癒せないだろうなぁ。ここで彼女を殺してしまったら、オレのこの火傷を誰が癒すんだろうなぁ?」

「こ、の…!」


 どうやらこの天使おんなの仲間には、傷を癒す恩恵ちからは無いらしい。レイラさんとプリシラは、この夢世界いせかいの中では貴重な回復役ヒーラーなのかもしれないな。

 それであれば、余計に天使おんなはプリシラを蹴り殺す事ができない。ーー今は、その情報を握れただけでも良しとしなければ。


「良いわ、取引成立よぉ。()()()()()はここまで、という事にしておいてあげるわぁ」


 …ひとまず、危機は去ったらしい。天使おんなの悔し紛れの棄て台詞と苦々しい表情だけで、こちらの溜飲も下がるというものだ。

 ようやく解放された腕も、火傷の所為でバランスが上手く取れず転んでしまう。起き上がりかけていたプリシラに重なる事はなかったのが幸いだ。流石に細身の少女の背中を80キロの男の全体重で押し潰してしまうのは申し訳ない。


「むちゃ、しすぎ…」

「こうでもしないと、プリシラも殺されそうだったからな」


 緊張の糸が切れ、ようやく火傷の痛みを知覚し「ッ」と腕を庇ったのとほぼ同時、プリシラの水の恩恵ちからがオレの火傷を治療し始めた。蹴られた自分の腹も器用に治癒しているらしい事が、彼女の苦しそうな表情から見てとれる。

 …そう、まだ安心ではない。脅威は未だ健在、むしろここからが本番と言っていい。


「じゃあ予定通り…主の待つ天空闘技場に招待するわぁ。一時的に視界はもらうけど、ちゃんと返すから安心なさい」


 背中の純白の翼からバサリと音を立て、光が周囲を包み込む。

 一種の催眠術みたいなものだろうか。腕の火傷の痛みが癒えてきた安心もあり少しずつ意識が朦朧とし始め、現実に繋ぎ止める事が難しくなっていく。腕の治療をしていたプリシラもそれは同様らしく、「ん、く…」と眠気に必死に耐えている声が遠くから聞こえる。


『…私の仕事はこれでおしまいよぉ。あとは貴方たちの行動と主の機嫌次第、私は精々おこぼれにあずかれる事を期待してるわぁ』


 天使おんなの声を最後に、現実に下ろした意識の錨がついに引き上げられる。

 底の見えない海に引かれる様は、暗天に在るたった一つの太陽おおあなに落ちていくようで。真っ白な光の中なのに黒しか色を感じない矛盾が気持ち悪く…、その気持ち悪さから逃げるようにオレは考える事を止めた。

サブタイの変更忘れ、大変失礼しました…(投稿後に気付く作者)


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●恐怖と緊張を足して2で乗じた主人公君の感情こころ

ただでさえ命のやり取りの真っ只中なのでポーカーフェイスなんて気取れません。むしろ脳内の血管が千切れそうで頭が真っ赤です。

実際、この場の選択肢を誤ればBAD END LOG行きであるのは前話の流れの通り。つまり垂らされた運命の細い糸を掴んで、誰からの支援を受ける事なく登りきる必要がある(主人公君的に)鬼畜の選択肢となります。…運命掴めて良かったね!


●”ヤツヨ”の結界の破片

覚えていますか?こちらの破片、第3章04で崩れた結界の一部です。何だかんだあって実は今の今まで放置されていました。…いいの?暴発しない?


勿論良くはありませんが…第3章の状況が状況だった為、後回しになるのは致し方なし。そして描写にはありませんが、しれっと第4章閑話1-2の後書きで少し触れている内容とリンクしています。

この後にも触れられている通り、悪魔(”レヴィ”)の悪巧み中に主人公君が拾っているものとなります。ヒロインちゃんに知られたら正座させられた上で長時間の説教もののやらかしですが…今回はたまたま良い方向に作用したようです。


でも無闇に自分の命を天秤にかけるのはやめましょうね?現実でも同じです、身の丈に合わない行動は身を滅ぼしますよ?


●実はとても貴重な回復役ヒーラー

この夢世界いせかい、癒し手がとにかくいません。もし適正が見つかろうものなら、国が召し抱えてしまうほどの人材不足です。

ヒロインちゃんといい、プリシラといい、その意味ではとても主人公君は恵まれています。縁が離れないよう、もしくは途中で脱落してしまわないよう、主人公君には頑張って彼女たちを守ってもらいたいですね。


戦闘能力もないのにどうやって彼女たちを守るんだって?それはもう、使えるものを使っていくしかないですねぇ。女神様然り、ヒロインちゃん然り、黎明旅団の面々然り…、とにかく生き汚く頑張るしかありません。

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