第4章15「贈り物は地上から降ってくる1」
肉を求めた闘争劇から暫く経った頃、オレたちはようやく教会での軟禁生活に終わりを告げる事ができた。うーん、娑婆の空気が美味しい。
とは言いつつ、あれから何度も教会を抜け出す機会があったので、実はそこまで新鮮さを覚える所ではない。勿論ソレイユには抜け出す度に怒られていたのだが、何だかんだ言いつつ赦してくれるので半ば説教が通過儀礼となっていた。
(元からソレイユたちもしっかり拘束するつもりはなさそうだったし、オレたちも村の外へ本気で出たいとは思わなかったしなぁ…)
あの駄女神様が聞いたら頭から角が生えてきそうな戯言だが、しかしこの夢世界における安全圏がこのフローア村しかないのだから大目に見てもらいたい。
そもそも、案内役となる筈だった当の女神様本柱が行方不明ともなれば、現地人であり協力関係にあるレイラさんたちのいる傍にいた方がまだマシというものだ。
そのレイラさんだが、件の闘争劇からすぐ元の冷静さを取り戻したようだ。
ただその過程で自身を強く戒めたらしく、真っ赤に染まった法衣ドレスと手袋を隠す事なく、額から流れるおびただしい量の血を垂らしたまま「先日はご迷惑をお掛けしました」と深々と頭を下げてきた姿を見た時は卒倒するかと思ったが…。
(ま、まぁ本人は反省しているようだし。大丈夫だよ、な…?)
発作が再発しないだろうかと若干心に恐怖は残るものの、強く感情を刺激さえしなければこれまで通りの対応をしてくれるので、当面は暴走する心配もないだろう。
とはいえ、用もなく虎の尾を二度も踏む行動は避けるべきだ。今はこちらから出す話題の方向に気をつけながら、ようやく何の枷もなく歩く事ができる村の景観を楽しもう。
「…そういえばこのフローア村、初めてまともに観光している気がするな」
頑丈な石で造られている筈の一部の家屋は、度重なる襲撃やレイラさんの跳躍台となった事で所々が破壊されており、見るも無残な姿となっている。
石の建造物ですら状態が大変よろしくないので、当然木造はもっと悲惨だ。下手したら土台だけ残して吹き飛んでいる、なんて建物もあるのかもしれないーー嘘だろ、畑のど真ん中に本当にあったよ!?
「あ、あれはっ…そう!ちょうど方向転換したかったタイミングで良い所に足場があったので、利用させていただいただけで!」
「いえのかたちがそのまま、ちがうくかくまでふきとんでいるの…あたし、はじめてみた」
折角指摘しなかったのに、プリシラが自ら地雷を踏みに行く事で無事レイラさんのストレス値が上昇していく。まぁまぁ、と二人の間に割って入りながらも、どこか視線は更なる被害家がいないか探しているオレ自身がいる。
恐らく探せば建物オン建物の、芸術的な違法建築物があるかもしれない。…何故か最終的に世界的な名所3種盛りとなった某建築物を思い出したが、それに近しいものがあるのなら一度はこの目で見ておきたーーいややっぱり結構です。
「カケル様も真に受けないでくださいね!?…カケル様?」
「の、ノーコメントでお願いします」
…発散先がオレに向く前に違う話題を見つけた方が良さそうだ、地面にいくつも空いている穴の話題はスルーしよう。
さて、小さな村とは聞いていたが想像していたよりも広く感じる。しかしその大半は自給自足の為に作られた田畑や牧草地で占められており、暗殺者たちが身体を休める住居はほぼ隅に追いやられてしまっていた。ソレイユが食べ物のやり繰りに四苦八苦している理由も何となく頷けるというものだ。
(数少ない家屋を強制引っ越しさせられた側は…まぁ言うまでもなくお冠だよなぁ)
それでも即座に向かってこないのは、レイラさんとの実力差を理解している為か、ソレイユかマイティの命令故か。いずれにせよ、また一つ両国の関係を悪化させる種が蒔かれている事に変わりはない。
鍬を持って農作業をしている暗殺者集団の一員っぽい男女がこっちを睨んでいる気がするし、こちらから声を掛けにくいじゃないか…。
「そ、そうです!この辺りは色んなお店があるんです!カケル様に紹介しますね!」
「え?でもこの村、他人を歓迎する系統のお店があるようには見えないーー」
「あ・る・ん・で・す!ほらあの曲がり角に食事ができるお店が」
ありますから、とレイラさんが口にしかけた所で音を立てず、しかし足並みを揃えて見慣れた顔の暗殺者たちが行く手を阻んできた。
彼ら彼女らの手には包丁やら鍬、果てはフォークが握られており、何かの作業やら食事をしていた途中で抜け出した感の強い出で立ちをしている。
「…………」「…………」「…………」「…………」
多人数による無言の圧に負けず、レイラさんが涼しい顔ながらも拳を鳴らし始める。何かのきっかけがあれば瞬時に戦闘が始まりそうな雰囲気に、ついオレの身も引いてしまった。
「今ならまだ見なかった事にします。そこをどいてください」
「俺らの飯をまた盗み食いするって聞いちまったらよぉ…」「退く訳にはいかねぇよなぁ?」「そうよ!」「この暴食巫女からおいらたちの飯を死守するんだ!」
(…また?)
思わず声に出そうになった単語を、何とか口の中で留める事に成功したオレだが、その衝撃は思考回路を鈍らせるのに十分量の毒だった。
つまりはアレか、突撃お前のランチタイム的に他人様の食事をバイキング形式で戴いたという事かこのお姫様。隣のプリシラの顔が引き攣っているくらいワイルドが過ぎるぞ。
そういえばレイラさん、この村に初めて来た時に食事と寝床の話だけじゃなくって「悪戯が多い」とも言ってましたね。戦闘のプロたちによる必死の抵抗の事を、悪戯とは読まないんですよ…?
当然ながら、この中には当事者もいるのだろう。彼彼女の怒りが伝播するのも無理はない、正直回れ右をして今すぐ逃げ出したい。
だから皆まで言うな、諸君。オレが代弁するからその殺気をしまいたまえ。
「とりあえずレイラさん、謝ろう?」
「何でですか!?」
皆まで言わせないでくれ、レイラさん。全部貴女が悪い。
●もしかして前話から少し時間、経ってる…?
はい、作中の時間で半月ほど経過しています。経ち過ぎでは…?
その間にも主人公君たち、何度か教会を抜け出す機会がありますが、その度にソレイユの雷(と脚)が落とされる羽目になります。交流できる内に交流しておかないとね!
●「そういえばこのフローア村、初めてまともに観光している気がするな」
この主人公君、第4章にしてようやく拠点を自由に散策するの巻。
ここまでの展開中、あまり閑話を挟む事なくほぼノンストップで突き抜けてきた事もあり、その癖ソレイユ・プリシラはある程度の友好関係を同時に築かなければならない(築けなければ主人公君の死、またはプリシラ・ソレイユの脱落)という鬼畜っぷり。死にゲーかな?
ですがその甲斐はあります。主人公君がしっかりその恩恵を受けるのはもう少し先の話ですが、その苦労に見合った展開もありますのでお楽しみに…。
●突撃お前のランチタイム
第1章で主人公君と合流する前のヒロインちゃん、強盗まがいの方法で食事をしていたようです。果物とか魔猪のお肉とか、色々採れるものはあったでしょうに…。
ヒロインちゃん「だって…太陽の国の暗殺者が村を占拠していたんですから!」
黎明旅団の面々「いやオレたち私たち、ソレイユ様を探しに来たんですから」




