第4章閑話1-4(肉が食べたい!4)
皆さんは、ジェットコースターって乗り物をご存知だろうか。…そう、テーマパークによくあるお手軽絶叫マシーンの事だ。
身体が落ちないようにベルトでしっかり固定し、その上で超速で動く機体が縦横無尽、天地無用に駆け回る様に恐怖より楽しさを覚える人が多いのだとか。
しかし残念ながらオレはその逆だ。一度だけ乗せられたその機体は視界が360度回転し、逆さ吊りのまま数秒乗せられ続けて頭が真っ白になった記憶がある。あの時ばかりは死神の鎌が首にかかる音さえ聞こえた気がした。
以降のオレは、楽しそうにお喋りする皆を尻目に、超速で流れていくかの機体から降りてくるのを、ただ待ち続けるランドマークに徹していたものだ。あぁ、白い機体の悪夢が蘇る…。
上記を踏まえた上で、それでは問題です。そんな乗り物にほぼ命綱なしで乗せられた今の被験者の気持ちを答えなさい。なお機体は標準的な女性程度の大きさで人体程度の強度、速度は周囲の風景がギリギリ視認できるかできないか程度の超高速でランダム回転するものとし、さらに被験者の上部では常時獣臭を漂わせているものとする。
「もう二度と、やらないでください」
「も、申し訳ありませんカケル様。ですがあの方法でしかカケル様を含めて全てを運搬する方法が思いつかず…」
人体ジェットコースターほど心臓に悪いアトラクションはない。大木から伸びる小さな木の枝は勿論だが、舞い散る木の葉ですら命を奪う凶器になり兼ねなかったぞチクショウ…。
そんな愚痴をこぼし、未だ収まらない吐き気と眩暈と格闘しながら。オレは辿り着いたフローア村の教会の会衆席に、レイラさんと一緒に座っている。現在は見事な水の刃物捌きを披露するプリシラの調理待ちである。
あれから無事に肉を調達し、調理場へ運ばれて…なんて事には勿論ならなかった。
ソレイユに速攻見つかって「監督不行き届きの罰よ!」と蹴りを頭に見舞われ、「それはやり過ぎです、ソレイユ様」と乱闘騒ぎになり兼ねない所に肉の壁を割り込ませて場を納めてもらい。
「ならこちらの取り分を寄越しなさい」とソレイユたちに肉を8割ほど持っていかれた事で何とか決着がついた。
「…たったこれだけのお肉でカケル様が満足される訳がないじゃないですか」
「いやソレイユの許しなく教会を飛び出した挙句、食材を独り占めしようとしたら反発しますって」
レイラさんは納得していないようですが、その意地を張った所為で暗殺者集団と全面戦争しかねない状況に陥った自覚はありますか…?
湿気の籠った視線を受けて少しは堪えたのか、「うぅ」と反省の声色と共に浄化の恩恵を強めてくれた。
それとレイラさん、残った2割も現実なら業務用冷蔵庫がパンパンになるくらいは量がありそうなんですけど。これで足りないとか夢世界の胃袋どうなってるんですか。規模は宇宙か何かか?
「そろそろにくをやきはじめるね、あなた」
どうやら捌き終わったらしいプリシラが、水のエプロンと包丁についた獣の血を器用に集めて捨てながらこちらに声をかけてくる。
確かに血も水か…うん。成分が違えばそりゃ血も取り分ける事はできるだろうし、捨てる事も可能だわな。捨て先は…あぁ、“悪魔”が口を開けているのか。ゴミ箱扱いされているけどそれで良いのか?
「…その『あなた』呼びは止めてください、プリシラ様。カケル様はプリシラ様の伴侶ではありません」
「いやよ。それはいくさみこのことばでもきけないわ」
もぐもぐと口を動かす“悪魔”を他所に、腹の虫が収まらないレイラさんがプリシラに突っかかっていく。
…流石に口撃に見境が無さすぎるので、ここはオレも止めに入ろう。
「レイラさん。確かに『あなた』と呼ばれるのは恥ずかしいですけど、呼び方くらいは自由でも良いかと思いますよ。レイラさんも自分に『様』って付けるじゃないですか」
「そっ、それとこれは話が別です!良いですかカケル様、女性というのは独占欲の塊なんです。女性が相手に対して感情の籠った『あなた』呼びをする時は、どんな心根があるにせよ意識がその方を特別扱いしているんです!実際、今のプリシラ様の声も感情が乗っていたじゃないですか!カケル様だって気付かれている筈です!今のプリシラ様に心を預けてはいけません、余すことなく食べられてしまいますからね!それと私の呼称は誰に対してもつけるものであって、カケル様だけ特別に扱っている訳ではありません!いえそれは少し語弊がありますが、こと呼称に限って言えば問題ない弁解だと私は思いますが!!」
お、おぅ…。これぞ言葉のマシンガン。言いたい事は分かりますが、一気に捲し立てられるとオレの脳の処理が追いつきません。それとそこの“悪魔”、流れ弾に当たらないよう離脱しようとするんじゃねぇよチクショウ。
つまりはアレだ、レイラさんもストレスが溜まっているのだ。だからと言って特効薬がある訳でもないのだが、まずは落ち着いてもらわなければ。
「じゃあレイラさんも、プリシラに倣って誰かを特別扱いすると良いのかもですね」
「んなっ…」
レイラさんの言葉の最後だけを切り取って返してみただけだったが、思いのほか効果があったようだ。「ちゃんと話を聞いているよ」アピール作戦は成功らしい。
取り敢えずレイラさんの思考が止まった今の内に、プリシラにはお肉を焼いてもらってーー
「良いん、ですか?それは…お許しが出たと、解釈して」
「へ?」
おや、何やら話の方向が想像していたよりも逸れたぞ?もしかしてダートを突っ切って客席まで飛び込むルートに入った?
何となく嫌な予感が走る。これはそう、アドベンチャーゲームでよく主人公が遭遇するハッピーハプニングーーつまりはハズレ択だ。
確かに思い直せば、嘘をつく事ができないこの少女は努めて特別扱いしないように振舞っていたのだ。先の発言にもあったじゃないか、少し語弊がありますがと。
本当は誰かを特別に扱いたい、そんな人間の欲がレイラさんにない訳がないのだ。異性同士ならそれが恋愛という名前になり、愛という形に変わる。女性はその傾向が強くなるという話を誰かから聴いたが、もう記憶が定かではない。
だが重要なのは、その欲の名前は自らの感情に色が付いていく様から、つまり色欲。いや、今のこの状況を鑑みれば肉欲であるという事。つまりは人間の三大欲求だ。
この欲求の一つを今の今まで我慢していたのだとすると、果たして誰がその暴走を止めるというのだろう。
「はぁっ、はぁっ」
少女の息に色がつき始める。胸元の青いリボンに手を掛け、それを解く様にオレは戦慄する。
待て待て、展開が早すぎる!推定ひと周りは年下の少女に手を出したオッサンとか、現実じゃ洒落にならねぇ!今時大金を積んでも過去を蒸し返されるんだ、男も下手に手を出さなくなるってモンだろうがチクショウ!?
と、とにかくこの場を脱出しなければ…!逃げる姿勢を見せなければ、本当に食われてしまう…!
「プリシラ、悪いけど足止めを頼む!」
「ちょっ、あなた!?」
勿論オレの足で逃げ切る事なんかできる訳がないけど、初動はとても大事だ。プリシラ、少しでも良いから時間を稼いでくれ…!
逃げる先はただ一つ、教会の外で待機している暗殺者たちの元に転がり込むしかないーー!
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「で?這う這うの体で教会を飛び出して、あたしの所まで来たと」
「はい」
「この野獣がアタシの部下たちを人間花火にしながら追ってくる事を知っての蛮行って訳?」
「…はい」
「アンタ、バカじゃないの!!?」
ソレイユ渾身の罵声と共に、拳と脚の乱舞が火花を散らし始める。
その日の夜は、少女一人を抑え込むのに多くの暗殺者たちが拳の犠牲になった。地面に杭の如く垂直にめり込んだり、星的を射抜く矢の如く突っ込む彼ら彼女らの献身により、ようやく少女が我を取り戻したのは夜が明けてからの事だった。
いやぁ、レイラさんが剣豪じゃなくて本当に良かった。徒手空拳だから死人が出ずに済んだし、こんな色恋沙汰で死人が出たら笑い話にもならないからね。
じ、実際に襲っていないからセーフ…。それに立ち絵的に、リボン解いた程度で脱げないドレスなのでセーフ…。
主人公君が逃げられる程度に脚力を抑えつつも、立ち塞がる面々には容赦なく拳で発散する事でヒロインちゃんは最後まで残っていた理性の欠片を徐々に修復していったようです。うーんこの獣性質。
…え?なら主人公君が逃げなかったらどうなっていたかって?勿論BAD END LOG行きですし、そうなったらノクターン行きになるので書きませんよ?
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●「お許しが出た」
閑話の癖に、本編に関わる重要な描写となります。マジかよ、本編でやれよ。
詳細はもう少し先の展開でお伝えする所ですが、この主人公君が何故この夢世界に落とされているのか…それに大きく関わる部分です。もう少しだけお待ちくださいませ。
…え?少しでもいいからヒントをくれ?
主人公君が夢に落ちる前に触れていたゲームは、一体どんなタイトルだったのでしょう…?




