第4章閑話1-1(肉が食べたい!1)
良い肉の日に即興で書き上げたかったものです。何回かに分けての投稿となります。
一気に読みたい方は、今しばらくお待ちくださいませ…。
「夢世界で現実世界の常識が通用するとは限らない」。自分に言い聞かせるのは簡単だが、それを真に理解しているかと言われたら答えはノーだ。
慣れ親しんでいた物理法則は勿論の事、倫理観だって異なる。無理やり現実世界の言葉で置き換えるのなら、「文化の違い」という奴だ。
素敵な女神様にこの夢世界に落とされて数日しか経っていない筈なのに、魔法魔術があり、電子機器は使えず、当たり前のように剣やら弓を携帯する世界は、どこに目をやっても新鮮に映る。
列挙するだけで枚挙に遑がないのだが、その中でも最たるは目の前の食材だ。
形は現実世界の果物にどこか似ているが、色が違えば味も違う。しかしどこかで食べた事のある味と結び付けられるのは、恐らくここがオレの夢の中だからなのだろう。
いやはや、果物を取る手が止まらない。これが最後、を何度繰り返した事か。おっとこの細長い紫の果物は程よい甘さが癖になるな…。
「…い」
もしゃもしゃと口を動かすオレの横、レイラさんがわなわなと拳を振るわせている。…あ、あれ?この果物の食べ方、もしかして丸かじりじゃないの?
「…ない」
言葉が徐々に強くなっていく。彼女から滲み出るオーラに思わず緊張が勝り、口の中に入っていた果物を飲み込んで言葉を待ってみる。
「お肉が!ないです!!」
…お、おう。お肉か。
確かに今この場に並んでいるのは果物ばかりだ。だがそれも仕方がないだろう。何せオレたちは今、この教会から出るなと言われている身なのだから贅沢は言えない。
勿論オレだって肉があれば食べたい。あくまで果物はデザートだ、主食にしたい訳ではない。世の中果物だけで生活する人間もいるとは聞くが、それは自ら望んだ食事形態なのでノーカンです。
だが実際問題、ソレイユから分けてもらった食材は果物しかない。これらを使って上質な肉を錬成できるのなら良い材料を貰ったと喜んだのかもしれないが、この場にいる全員が錬金術を齧った事のない素人だ。
創る手段が無ければ素材の味のままいただくしかない。幸い、贅沢をしなければ量には困らない筈だ。
「でもたしかに、おにくはほしい」
そんな情けない言い訳をオレ自身に言い聞かせていると、同じ食事の席で果物を齧っていたプリシラも手を止めてレイラさんの意見に賛同する。
別にオレもレイラさんも、敵方から寝返った彼女を袋叩きにしたい訳ではないので、拘束は何もしていない。黎明旅団の面々に扱いを任せていたら、今頃鎖に繋がれて食事もままならなかった事だろう。
オレを含めてレイラさんと同じく軟禁という扱いにしたのは、オレの意見を尊重してくれたソレイユなりの譲歩とも言えよう。トップがイエスと言ってしまえば下の者はそれに従うしかないのだ。その点はオレも感謝しなければならない。
さて、多数の意見に押されてしまったら負けてしまうのが心理。美少女二人の意見ともなれば男が譲るのもまた道理だ。
問題は、お目当ての肉の供給をどうやって実現するか…なのだが。流石にこればかりは知恵を捻り出す時間が勿体ない。大人しくソレイユに交渉するしかないかーー。
「無ければ狩るまで!大丈夫です、ちょっと行って帰ってくるだけなのでバレません!」
「のーみーと、のーらいふ。すべてはいくさみこのりょうてにかかっている…」
いやダメです。軟禁って言葉をちゃんと調べてください。
それに、後でバレてソレイユに蹴られるのはオレなんですよ。勘弁してください。
だが、戦闘職の少女二人をいつまでも押し留められるような腕力はオレにはない。むしろ軽く払われるだけで吹き飛ぶ一般人だ。
恐らく教会内の会話も黎明旅団の誰かが聞いているだろうし、情報も筒抜けだろう。ならば寄り道なく交渉もできるというものだ。…この手の交渉なんてやった事ないけども。
まぁ、まずは誠心誠意頭を下げる事からだ。頭ごなしに「やれない」では何事も始まらないからな。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「許すわけないでしょ、バカなの?」
はい、バカです。「カケル様が交渉に出向かれるまでもありません!」と今にも飛び出そうとするレイラさんと、「にくならなんでもいいわ。さばくのはまかせて」と水の包丁を用意する気の早いプリシラをどうにか抑えてから、死に体で交渉の場に来たバカです。
正面口で構えていた監視役の暗殺者さんも、「アンタも頑張ってるんだな…」って言ってくれたんだぞ?少しはオレの努力と言い分を認めてほしい。
「答えはノー!ウチの団員たちの食糧から何とか捻り出してるのよ?これ以上の譲歩はノー!!それをよりにもよって肉を寄越せ?ふざけるんじゃないわよ、むしろアタシが食べたいわ!!」
…おぉう、ソレイユが地団駄を踏む度に正座するオレの身体が宙に浮く。その度に板挟みになるオレの足が痛いです。
言われてみれば、アクリス村で黎明旅団の面々が荷積みしている時に肉類は見なかった気がする。魚は大量に積んでいたが、さてレイラさんたちにどう説明したものか…。
「ならばソレイユ様、むしろ戦巫女たちに肉を獲ってきてもらうのはいかがですか?」
すると、オレを交渉の場に連れてきてくれた暗殺者から助け舟を出してくれた。その表情からは、「自分も肉食べたいです」と必死に訴えている気がする。
「確かこの辺りにはボロアが出るとか。村のウギたちも怖がってますし、こちらの取り分以上を狩れたら譲るくらいはしても良いかと」
「勝手にアタシの許可なく譲るんじゃないわよ!というか、あいつらが獲ってきたものはアタシたちのもの、アタシたちが獲ってきたものはアタシたちのもの!はい復唱!」
「ふぁ、ふぁれふぁれかほっへひはほのはふぁれふぁれのほの!」
「その一つ手前から復唱しなさいよ!!」
ソレイユさん、自分の部下の頬を掴みながら復唱させるのは止めてあげてください。復唱させられている部下の目から涙が流れているじゃないですか。
でもそうか、取り分やら問題で多少揉める事はあっても自分たちで獲ってきたものなら何も問題はないのか。…あれ、これって結局レイラさんの言っていた解決法に回帰しない?
「と、に、か、く!アンタらに恵む肉はないって、一言一句間違わず伝えなさい!良いわね!?」
「…はい」
交渉は失敗、うん知ってた。でもソレイユたちも食糧集めには苦労していると知れただけでも今は良しとしよう。
レイラさんたちも丁寧に説明するから納得…してくれると、良いなぁ…。
●「お肉がない!」
1日3食、その内容もバランスよく食べないと不健康の基になります。果物ばかり食べてはいけませんよ。
そんな現実世界の事情もありますが、お肉はこの夢世界において重要な魔力回復源でもあります。身体をよく動かすヒロインちゃんたちにとっては、いくら食べても食べ足りない食材なのです。
太陽の国、月の国ともに上位貴族様たちは質を選べるほどお肉をいただけていますが、下層民や眠りの森の民がありつける質も量も少ないのが実情。猪の肉が並んだ日には「明日は槍の雨でも降ってくるのか?」と勘繰るほどの贅沢だったりします。
(剣や魔法を使えば当然ながら猪の肉を獲る事も可能ですが、新鮮さが格段に落ちる上に得られる報酬に見合わない労力を払う事になるので、上級貴族様たちの食卓に並ぶものではありません。尤も、暴れ回る猪を拘束するのにほぼ必須な剣・魔法を使わなければならない事から、仕留める頃にはほぼクズ肉と同等の品質になってしまうのだとか。調理寸前で仕留めるくらいでなければ、上質なお肉にはなりません)
●「その一つ前から復唱しなさいよ!」
「ふぁ、ふぁれふぁれかほっへひはほのはふぁれふぁれのほの!(わ、我々が獲ってきたものは我々のもの!)」という事で、余程この暗殺者もお肉に飢えているようです。
ソレイユもアクリス村で獲れた魚で我慢している事もあり、魅力的な提案ではあるようですが…。感情がヒロインちゃんに借りを作る事を嫌がっています。
…なら自分で獲りに行けば良い?そんな面倒な事、王女様自ら進んでする訳ないだろうが!




