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夢渡の女帝  作者: monoll
第4章 希望を夢見た宙の記憶
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第4章09「脱走者からの歓待3」

 現実の格闘技は、連続して数十分も戦う事はほぼ皆無だ。人間の身体はそんなに持久力がある訳でもないし、ましてや死合いともなれば勝負は刹那の世界にまで意識を割く事になる。

 故に「死力を尽くす」という言葉が生まれたのだとオレは思う。どんな生物であっても、死合う中では呼吸を乱すものなのだ。

 ちなみに多人数相手に息一つ乱さず制圧する格闘姫レイラさんという例外は、ここでは除くものとする。今の定義に当て嵌まらない…というより当て嵌めたら、夢世界いせかいと言えど常識とは何かと哲学し始めてしまいかねない。


 …閑話休題。プリシラが呼吸を乱さず篭手みずを振り回せているのは、触れた相手の力を吸い取り、攻撃力を上乗せていく彼女の恩恵ちからに依る所が大きい。相手を殴れば殴る程に強化バフが乗るのだから、下手に防御へ意識を割くより十二分に恩恵ちからを発揮するだろう。

 それでも尚、死合いが長引くのであれば…決定打が無いのかもしれない。事実、プリシラがトドメを刺さず徒手空拳で和装束の女を追い詰め続けているのは、得られた力の大半を自身の致命傷を重症にまで治癒させ、その腕を庇っているからだ。

 その上での攻勢ーートドメ用に回せる恩恵みずが足りないと、理由を言われれば頷く事もできよう。


「ずいぶんうちこんでいるのに、ぜんぜんたおれないなんて…。あなた、もしかしてなぐられてよろこぶひと?」

「…っ、妾を!ここまで…ッ、コケにしたの…ッ、は!キサマが…ッ、初めて…だッ!」


 対して和装束の女は、心臓を叩かれた上に潰れた鼻から垂れる血が、満足に空気を取り込む事ができず呼吸を乱す悪循環に陥っている。殴打の痕が残る美人顔は、貰い続けた拳に脳が酔っただけでなく、プリシラの恩恵ちからによる力の奪取の影響も受けているらしく真っ青だ。

 十分量の酸素が身体全体に行き渡らない、有体に言えば満身創痍の状態だった。それでも倒れてやるものかと二本の足で立ち続けている彼女の姿は、現実世界の試合でセコンドとして選手を支える立場だったなら、その健闘を称えながら迷わずタオルを投げ込んだ事だろう。


 その上でプリシラの挑発を受け、足りない血を余計に脳に回すものだから事態が悪く加速するというもの。予備動作の大きくなった手刀かぜを振るい続け、より視野が狭くなった一瞬ーー攻撃の根本に潜り込んだプリシラが、和装束の女の鳩尾きゅうしょに渾身の拳を突き上げる。


「ごぼぁ…ッ」


 肺の中に溜め込んでいた空気を吐き出され、女が額を地面に叩きつける。死神てきを前に頭を垂れ、致命的な隙を晒している意味が解らないオレではない。

 プリシラの拳に纏わりついていた水が溶け、昼の陽射しを受けて妖しく煌めく水の大鎌へと変貌する。大きく振りかぶられた死の一撃を、女はもう避けられないだろう。


「そのくび、もらうね」


 その瞬間から、オレは目を逸らした。聞こえてくるだろう音も聞きたくはなかったが、生憎そちらへの意識は一瞬遅れてしまう。

 ーーだが、その遅れがあっても尚。オレが想像していた最悪の事態は起こらなかった。

 それだけではない。振り下ろされる必殺の一撃みずに拮抗し、弾き飛ばす凶刃かぜが吹き荒れる音がする。


「ぅ、ぁぁ…ッ!あああああああッ!!」

「…っ、まだそんなちからがのこってたなんて…っ」


 激しい動きと暴れる風によって、血に塗れた深紅の外套が破れくらい森へと吸い込まれていく。一方的に攻撃されて血が昇ったのかもしれない、恐らく自身でも制御できない風の刃を大量に展開しているのだろうと、戦闘素人なりの考察を立ててみる。

 そしてオレの予想はおよそ当たりだったらしい。暴れ回る見えない刃が自身を切り裂き、血を攫う事で風の刃を彩っていく。恩恵ちからを強めれば強めるだけ、刃の鋭さも比例していく仕組みなのかもしれない。


 赤い嵐は更にその濃度を増していき、いよいよ中心おんなが見えなくなってしまった。鉄処女(アイアンメイデン)ならぬ嵐処女(ストームメイデン)、その中心に座した女はもう助からないだろう。

 だが、風の刃が向けられているのは内側おんなだけではない。外側オレたちにも同様の鋭さで向けられている。命の危機を認識した途端に嵐少女(ストームメイデン)は、最期に見定めた怨敵を全て巻き込まんと吶喊とっかんしてきた。


「んなッ!?」


 声を上げるのが精一杯のオレは、勿論足が竦んだまま。ようやく抜けた腰が戻ってきた所だが、初動の遅いオレは避ける事すら叶わないだろう。

 レイラさんも、ソレイユやマイティを始めとした『黎明旅団』の面々も近くには居ない。ましてや今まで戦ってくれたプリシラも限界が近い、必殺の一撃みずにほぼ全ての恩恵ちからを注いでいたのだろう、赤い暴風を止める事は叶わないらしい。

 何かないか、この王手を覆す事ができる奇跡の一手はどこかに落ちていないか。考えろ、でもあの嵐が飛び込んでくるまで時間がまるで無いーー。


 …ところで。プリシラはどこに戦闘できる程の大量の水を隠し持っていたのだろうと、慌てる思考の中で情報の断片が主張する。

 プリシラが魔法を使うには綺麗な水が必要だとアクリス村で(勝手に)惚気のろけてきた本人から聞いた事がある。周囲に水がない所では、篭手や大鎌といった得物を長時間創り続けるのは不可能なのだそうだ。材料がなければ作れないし、形も維持できないという事らしい。

 故に、叛意を持たれては困ると、『黎明旅団』の面々によってぶきを全て取り上げられている筈。同時に、今までのような長時間の戦闘なんて、できる訳がないのだ。


 周囲にあるのは何の変哲もない牧草地。風刃の檻に囲まれているオレたちを、おののきながら檻の外から見守る家畜たちに、未だに起き上がる姿勢を見せない“悪魔”の情けない姿があるだけ。水場なんて、ここには無い筈だがーー。


「うわッ!?」


 後退しようと力を籠めたオレの手が滑り、情けない声を出して地面に背中をつく。ベシャリと水分を含んだ汚れが、レイラさんから譲ってもらった白い外套に付いてしまったのではと思わず顔をしかめてしまう。

 …待て。水気を含んだ土、だって?一体ここの土、いつから大量の水を吸い取ったんだ?



「吾輩、そろそろ魔力に飢えていた所だったのだ」


 唐突に、救世主の声がした。直前まで草を咀嚼していた軟体生物スライムの存在を、赤頭巾にずっとくっついていた“悪魔”の存在を、オレは今の今まで失念していた。

 しかし救世主と呼ぶには表情かおがうるさく、声質が汚い。具体的には欲望が隠しきれていない。思わずオレの喉が恐怖で鳴ったように、プリシラも鳥肌が立ったのだろうか、叩きつけるように頭上の軟体生物を払い落した。


「一帯に水分を供給し、嬢ちゃんの動きやすい環境を作る。すこーし魔力を奮発して、先のエリアス湖と同等の水量を確保した所なのだ。奮発した分の魔力は回収しなければなぁ?」


 軟体生物(”悪魔”)の姿が大きく広がり、暴風おんなを丸呑みにする。直進する事しかできない嵐処女おんなには、待ち構えていた大口を器用に避ける事なんてできなかった。

 大変悪趣味な事に、軟体生物(”悪魔”)はプリシラの恩恵を継いで水の性質を持っている。呑み込まれた彼女が胃の中に収まり続ける以上、末路もまた消化管に溶かされる食物の如く…そんな想像も容易にできてしまう。大事な事なので二度言うが…大変、悪趣味である。


「ご馳走、良き味である事を願いーーイタダキマス」

「ーーッ!ーーーーッ!!」


 “悪魔”の体内に取り込まれた事で暴風の刃は打ち止めにされたらしく、傷だらけの女が何かを叫んでいるのが分かる。勿論、こちらには何を言っているのか分からない。

 それに、軟体生物(中身)から空気ぶきを作り出そうにもその手段は無く、必死に藻掻き内側から手刀で斬りつけるも手応えがまるでないらしい。水の抵抗力を受けて強制的に動きが鈍る事も、手刀の威力が抑えられてしまい内側を破る力を削いでいる要因と言えよう。

 まさに児戯、二者の間に絶対的な力量の差がある事が伺える。そんな絶望と焦燥感に駆られる様を、オレたちは半透明な軟体生物(”悪魔”)の身体を通して見届けているのだ。これを悪趣味と言わずして何と言うだろう。


「おヌシ、悪趣味悪趣味とうるさいぞ!吾輩ほど真摯な悪魔はそう居ないというのに!」

「だったら溶かすなよ?絶対に溶かすなよ?他人の尊厳くらいは守ってくれ」

「失礼な、吾輩もそれくらいは守るとも!恩恵ちからは勿論、身体の組成やら思考、スリーサイズと好みの男のタイプまでもバッチリ計測するがな!」

「…そのひとにすこしどうじょうしたわ、あたし」


 水鎌による慈悲の一撃が、軟体生物スライムの身体を一文字いちもんじに裂いていく。「あふん」と情けない声が漏れた気もするが、全力で無視した。天誅だ天誅、甘んじて受けろ変態生物エロイム

 勿論、プリシラも本懐は忘れていないらしい。身動きの取れない相手の首を刎ねるのは容易かったらしく、気がつけば綺麗に分離している。勿論、死体は死体だ。綺麗だとか明るい感情が生まれる事はない。



 だが。そこにあったのは驚きの感情だった。…正確には見世物にしてしまった後ろめたさとか、直視してしまった気持ち悪さもあったが、それでもオレの思考の大半を占めたのは畏怖に近い驚愕だ。

 何故なら。斬れて落ちそうになった女の首がたった今、切断面から漏れ出た赤いモヤによって繋ぎ止められ…縫合し終わったのだから。


「あぁ疼く、斬られた首が痒くて仕方ない…。けれども満たされている思考、晴れ晴れとした心持ち!これが、これが()()()()()()という実感!」


 嗤う、嗤い続ける女の怨嗟こえ。縫合し終えた首を掻き毟り、再び自らもぎ取らんとする勢いだ。

 状況を理解し歯噛みするプリシラも、理解できず言葉を失うオレも、女の奇行を止める事は叶わない。


 戦闘はまだ続いているという当然の事実を、オレは理解したくなかった。

●殴られ続けても立っていられるなんて随分タフなんだね、『風刃(ふうじん)』さん

どうしてでしょうねー。

答えは次話にて。今話の最後でも、その片鱗は見えているかと思います。


嵐処女(ストームメイデン)

纏う風の刃を内側、外側どちらにも仕込み、吶喊とっかんする事で自他を巻き込みダメージを与える禁断の技です。

普通なら自分へ刃を向ける事はしません。自傷行為をした所でまず得がありませんからね。


使用者は当然、用が為されれば死は免れないですが…さて?


●”悪魔”の食事

相手を丸呑みにし、恩恵などの有効な情報を読み取る解析の役割があります。…素直にそう言えば良いものを。

要するに丸いピンク色の悪魔アイツみたいな技。これを、一度読み取った情報はいつでも呼び出せる上、本体・分身体問わず情報を閲覧可能という鬼畜仕様。敵側だった場合、対処法に頭を抱える恩恵ちからとなります。…どうやってコイツを倒すんだ。

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