第4章閑話1(薬も過ぎれば毒となる)
目を覚ますと、オレの視界いっぱいに石の天井が広がっていた。このアクリス村に連行されてから、そろそろ見慣れてきたオレの牢屋の天井だ。
牢屋というからには、鉄格子の中にぶち込まれた人間を閉じ込めておく機能を果たさなければならない訳だが…。よく見ると所々に外を照らす太陽の光が漏れ出ており、小道具くらいなら簡単に隠し渡せそうな隙間がいくつか見受けられる。
老司祭との戦闘の余波が、こんな所にも影響を出していたとは。もしかしたら他の住居も、見た目は無事なようで細かい破損が幾つもあるのかもしれない。
(とはいえ…。ソレイユたちがこんな分かりやすい隙間、見逃すとは思えないけどなぁ)
そう、人を閉じ込めておく牢屋としてあてがわれたのであれば、この隙間から脱走する可能性がある事は考慮しなければならない。残念ながらオレは、そんな便利技能を持ち合わせていないのだが。
…だとしたら、無能は脱走される心配がないと思われていると!?それはそれで大変遺憾である、多少暴れても許されて然るべきだ。
だが、流石に行動に移すだけの度胸がオレにはなかった。いつの間にか牢屋から消えていたソレイユたちだが、影から監視されていてもおかしな話ではない。
それに同じ牢屋であっても、オレが知らないだけでフローア村の教会の牢屋のような特大の抜け道が、どこかにあるのかもしれない。…あの抜け道のおかげでW老司祭の猛攻から命拾いしたけども。
そんな新鮮な苦い記憶を思い返していると、牢屋の外で何かが暴れている音がした。…いや違う、乱暴に部屋の扉を開けている音がする。
「て、敵襲…!?」
突如襲来した家探し盗賊の、目的のブツが見つからずに苛立つ様、そして焦りを感じる。まさか、オレを拉致しようと老司祭が特攻を仕掛けてきたのか…!?
「ここが当たりと見ました!怪我をしたくなければ大人しく伸されなさい!」
「ちょッ、何でアンタあの部屋から出られーーごぶぅッ!?」
「おはようございます、盗賊の皆様!仕事終わりに拳はいかがですかッ!」
「いや仕事って何の事だかさっぱりぐぼぉッ!?」
「私の目の前で追い剥ぎとは良い度胸です!大人しくソレを返しなさいッ!!」
「クソッタレ!これはオレたちの戦利品げびゅぅッ!!?」
壊れる扉の音が徐々に近くなっていくのと同時に、鈍い打撃音と悲鳴が入り乱れる。…一部屋あたりのサイクルが10秒も掛かっていない早業で、何となく状況は察した。
身だしなみのチェック良し、貰い物の白い外套は…ソレイユたちが保管しているのだろうか。少なくとも見つかる範囲にはなさそうだ。
全てのチェックが終わった瞬間、部屋の木の扉が乱暴に蹴破られた。その勢いが余って鉄格子に叩きつけられ、破片が飛び散る様に「ひぃっ」と声を漏らしてしまう。
「か、カケル様…。カ~ケ~ル~さ~ま~!」
鬼面を張り付けていた白と青の法衣ドレスを纏った少女は、オレの姿を認めた途端に破顔した。トタトタとこちらに駆け寄り、鉄格子をグニャリと音を立てて歪ませる。
…途中、少女らしからぬ行動が混ざっていたような気がした?考えてはいけない、思考を正常に保ちたかったら現実から目を背けるのも大切なスキルだ。
「お怪我はされていませんか?熱は出ていませんか?酷い事は言われませんでしたか?ソレイユ様の事です、無自覚に毒を吐いている可能性だってーー」
「とりあえずレイラさん、自分は無事なので落ち着いてください」
全身をペタペタと触診してくる、興奮気味のレイラさんをどうどうと宥める。間近で呼吸を弾ませ体温を感じさせる姿に、思わずオッサンの心が乱れていく。
…うん、お互いの為に良くないからね。一旦落ち着こうじゃないか。はい吸って吐いて深呼吸、当たり前の事も今は意識してやってみよう。意外と出来ない時があって驚くぞ。
「それはそうと、レイラさんは今までどこに居たんです?ソレイユたちからは何も聞かされてなかったんですけど…」
「私は恩恵を回復させる為、“ヤツヨ”様に連れられて別室で休ませていただいていたのです。気がついたら“ヤツヨ”様はどこかに行っていますし、これ幸いと部屋を抜け出してきたのですが…」
成程、あの女神様の計らいだったのか。確かにレイラさん、オレを浄化し続けて休む暇もなかっただろうからなぁ…。
「だとしたら、同じようにプリシラもどこか違う部屋にいる可能性がありますね。後で顔を出しておかないと」
「…それはそれとして、カケル様。私からもお話しておきたい事があります」
あ、はい何でしょう。レイラさんの表情からお説教の予感がして、その場で正座して姿勢を整える。
オレの殊勝な心掛けにコクリと頷くと、レイラさんもオレに倣って足を崩しながらその場に座った。
「一つ隣の部屋で、カケル様に差し上げた外套が保管されていました。大切なものですので、肌身離さずお持ちくださいね」
「す、すみません。気を付けますね」
レイラさんが暴れていた会話の中で、一つだけ打撃の派手さが異なっていた気がする。…罰が当たった見知らぬ誰かに手を合わせつつ、自分は犯罪に手を染めないようにしようと心の中で改めて誓った。
さて、その誓いが済んだ所で差し出された外套を受け取ろうと手を伸ばした…が、すんでの所でひょいと避けられてしまった。
「あ、あの?」
「…折角ですので、ここで私の恩恵を籠める所もお見せしましょう。まだ外套に籠めた恩恵に余力はありそうですが、念には念をと言いますから」
なのでお渡しするのはその時にと、柔和でありながら小悪魔に笑ってみせるレイラさん。要するに、まだ話は終わっていませんという事なのだろう。
正座で話を聞き始めてしまった手前、途中から足を崩すのは何となく体裁が悪い。…オレの足が痺れて使い物にならなくなる前に解放されるだろうかと、一抹の不安を覚えた。
「まずカケル様、女性は繊細なのです。時と場合、そしてタイミングによっては、たった一言の無用な物言いが精神を搔き乱してしまいます。特に目の前で他の女性の話をするのはご法度です。まだ私が相手なので今回の件は軽く流せますが、他の方でしたら基本的に一度でアウトです。覚えておいてくださいね」
「は、はい」
しまった、レイラさんの地雷を踏んでしまったのか。そう後悔してももう遅い、見るからにふくれ顔になっている彼女のお説教は更に続いていく。
「それと、今後の戦力に関する事です。カケル様との契約にも関わる事ですので、しっかり聞いていてくださいね。これからカケル様をお護りするにあたって、『黎明旅団』の方々と協力する事になりました。なので基本的に、マイティ様を始めとした彼らを頼っていただいて構いません。個人的にはあまりお勧めしませんが、ソレイユ様にも何かあれば知恵を借りても良いでしょう。それと、あちらからカケル様に手を出される事はないでしょうが、何か不快な事があれば必ず私に一報を。もしもの時はしっかりケジメをつけさせていただきますので。あぁそれと、契約というとレヴィという悪魔を名乗った軟体生物。アレは良くありません、こちらの欲を搔き乱して取り入ろうとするタイプです。まさに悪魔、アレに頼るのはなるべく控えていただきますようお願いします。幸いプリシラ様に懐いているようですので、そちらに押し付けても良いでしょう。というより押し付けてください。カケル様に悪魔なんて不要ですーー」
おぉう、これが宇宙…。せめて内容くらいは頭に入れておかねばと身構えた10秒後には、オレの豆腐ケツイはボロボロに崩れていた。
足の痺れに加え、懇々とレイラさんの口から流れ出ていくお説教はオレのメンタルをひたすらに削り続けている。もはや半分くらいは聞き逃してしまっている気がするが、この状態のレイラさんに「もう一度さっきの内容を話してくれませんか」と声を掛けるのは躊躇われる。
ーーその結果。「キミたち、いい加減にフローア村まで引き上げるよ?」と様子を見に来た女神様が呆れて部屋の壁を叩くまで、オレは舟を漕いでレイラさんに何度も叱られる事になったのだった。
●牢屋が牢屋の体を為していない…
老司祭との戦闘…というより、超越物質を使用した戦闘は余波が凄い、という描写ですね。比較的無事に見える建物も、細かな破損は数え切れません。
主人公君があてがわれたこの牢屋も、被害を受けた建物の一つです。主人公君が気付いた通り、壁や天井の所々に穴が空いてしまっています。悪天候時は勿論困りますが、虫など色々なモノまで入り込む余地があるのはいただけません。
では、何故そんな牢屋に主人公君が押し込まれたのでしょう。そこには、「まぁあのオジサン、下手に逃げ出す根性も無いだろうし…ここでも良いか」とソレイユが警備のし易さも兼ねて選んだという経緯もあったりなかったり。…やっぱり無能と思われているじゃないですか主人公君!
●制圧ハットトリック
元々ヒロインちゃんは、主人公君を探しにやってきただけでした。
…が、最初に入った部屋で窃盗物でも見かけてしまったのでしょう。徐々に拳がエスカレートしていき、遂には主人公君に贈った白い外套が盗まれているのを発見。その部屋にいた人間は漏れなく、縦回転しながら場外へと吹き飛ばされてしまいましたとさ…。
このように、ヒロインちゃんから贈られた外套は隙を見て持ち去られやすい代物です。今回はヒロインちゃんが気付いてくれましたが、これからは主人公君も気を付けてくださいね…?
●ヒロインちゃんのお説教の内容
次の通りとなります。…とはいえ、彼女自身の我儘も含まれている点がありますので、正確にはお説教ではありません。
・私の前で他の女の話はなるべくしないでください
・『黎明旅団』と手を組む事になりました。何かあったら頭領かソレイユを頼ってください
・でも今回のように不快な事があったらすぐ教えてください、制裁します
・ところで主人公君が召喚した「悪魔」、アレは危険です。あまり心を開かないでください
・「悪魔」から距離を取る為、プリシラに体よく押し付けてください
・フローア村に戻ってからもなるべく情報交換できるよう、教会に専用の部屋を作りたいですね
・主人公君、寝ていませんか?
・慣れない事が続いて大変だとは思いますが、しばらくは我慢してください
・食事も希望があれば取り寄せます。幸いこのアクリス村は資源が豊富ですので
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