表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢渡の女帝  作者: monoll
第4章 希望を夢見た宙の記憶
109/170

第4章02「無自覚の毒1」

 オレの意識が戻ってから、あらかじめ“ヤツヨ”から戦闘の顛末を聞かされたのだが、老司祭の思惑は凶悪の一言だった。アクリス村一帯を吹き飛ばすだけでなく、自分の力を増強させる為に一人でも多くの死体を生み出し利用しようとしていたのだという。

 というよりプリシラに見栄を張る為に漏らしたあの台詞って、下手したら無理ゲー案件になっていたのでは?意識を手放すまでの戦闘の記憶を、肩を担がれながら巻き戻(思い返)してようやくオレは顔を青くする。成程、レイラさんからのお小言せっきょうも確定するし、ソレイユの眉間に皺が寄る訳だ。


 しかしその無茶のおかげで、被害は最小限に抑えられたと考えて良いだろう。多少の住居に光の矢が命中し半壊したものの、これが原因で魅了せんのうされたエルフはいなかったらしい。

 それどころか、瓦礫に埋もれたエルフたちを今は考慮しないものとして、ソレイユたちが確認できただけでも死人は出ていないとの事だ。ならば埋もれた全員を助け出す話も、決して夢物語ではないだろう。


(でも、今のこの身体じゃ仕事するのは無理だよなぁ…)


 結局のところ、自分の身体が最大の資本。体力気力が尽きれば当然身体は動かないし、いくら上質なやる気(ガソリン)を注いでも身体のメンテをしなければ燃費が悪いだけのオンボロ車だ。今のオレのようにな…。



 さて、オレは無事な建物の一つであり、初めてこのアクリス村に連れてこられた時に閉じ込められた牢屋に放り込まれていた。正しく牢屋という内装に物足りなさを感じてしまうあたり、オレはこの夢世界いせかいにすっかり毒されてしまっている。慣れって恐ろしいや…。

 肩を貸してくれたソレイユは、これ見よがしに溜息をつくとビシリとこちらに人差し指を突き刺してくる。


「アタシは今から、アンタの思考に似たケモノ女が這って出た時の為に外で待機するから。体力が回復するまで大人しくここで待ちなさい。決して!外に出ようと!しない事!良いわね!?」

「お前はオレの母親か」

「うっさい、というか年齢逆転してるでしょうが!国に帰ったら司法に訴えるわよ!?」


 それだけは本気で勘弁してください、私の言葉選びが間違っていました。頭を擦りつける…のはまだ体力的に難しいので、ひたすら低姿勢でソレイユにこちらの反省の意を示してみせた。


「一応、反省はしているようね」


 オレの無様な姿で溜飲を多少下げてくれたらしい。フンと鼻を鳴らし、踵を返す音がする。

 しかし一度噴出した怒りは中和しきれなかったようだ。扉を開く音が非常に乱暴で、よもや風圧で部屋を壊してしまうのではないかと思わず冷や汗をかく。お願いしますソレイユさん、生き埋めは勘弁してください。


 …っと。そういえば、ここまで連れて来てくれた礼をまだ彼女に返していなかった。


「ありがとな、ソレイユ。助かったよ」


 聞いてくれるかどうかは分からないが、それでも言葉にしなければ伝わるものも伝わらない。フラフラなオレの身体を咄嗟に受け止めてくれた感謝を、忘れてはいけない。

 そんなオレなりの誠意おもいが伝わったのか、あと一歩で部屋から飛び出すソレイユの足がピタリと止まる。


「…謝る元気があるなら、アタシの機嫌をこれ以上損ねないでちょうだい」

「善処するよ」


 大きな溜息が漏れた。それも、オレによく聞こえるように恨めしそうな表情を向けながら。…おかしい、間違った事は言っていない筈なのに。


「オジサンが部屋から這って出ないよう、ここで見張っててちょうだい」


 近くに立っていた二人に見張り役を頼むと、今度こそソレイユはこちらを振り返る事なくその場を後にした。扉は…バタリと強めの音を立てたものの、丁番バイバイという最悪の事態は免れたらしい。役目を果たしてくれてありがとう扉クン、せめてオレがこの牢屋から出るまでは無事でいてくれよ。


 …さて、オッサンの監視を命じられた二人の少女は隙のない視線でオレを射抜いている。流石は戦闘のプロ、オレの一挙手一投足を観察するような殺意しせんで身体の震えが止まらない。

 これ以上オレの脳に負担ストレスを掛けるんじゃねぇ、と身体を180度回転させようとしーー


「って、もしかして君は」


 見覚えのある少女たちの顔に、逸らしそうになった視線が思わず引き返す。別に使い古されたナンパ文句で気を引きたい訳でもない、ましてや下心なんて持つ訳がない。

 だがその少女が武装する緑色の籠手は、少女の身体の細さに対して不釣り合いな大きさだ。籠手に施されている装飾の可愛らしさも相まって、記憶に留めるには十分過ぎる情報量を持っている。


 そう、確か宴席で裏切り者と槍玉に上げられていたエルフの子だ。ソレイユと入れ替わるように影に呑み込まれた敵の一人だと思っていたが、そうか味方だったのか…。


「…お話し相手になるくらいなら、ソレイユ様もお許しいただけるよね。私もその方が退屈しないし」

「そうね。今の視線だけで震え上がるような男だし、滅多な事は起こらないでしょう。あ、でもあたしたちに変な気を回し始めたら手足をもぎ取るから」


 素朴な村娘という慎ましいイメージにピッタリな緑篭手のエルフ少女と異なり、もう一人の女は実り豊かな身体を非常に開放的な衣装で包んだ煌びやかな姿をしている。

 まさしく、あれは男の欲を煽る者だ。こちらが心を強く持たなければ、おやつ感覚で食虫植物の如く容易く精神そんげんを食い潰されてしまうだろう。人によるのかもしれないが、その意味では今まさに生命の危機を迎えている。


「メリスもこう言ってるし、おじ様もそれで良いわよね?」


 無垢な笑顔を張り付けながらも、こちらに選択権を与えないエルフ少女の強かな姿勢は、翻って会話を拒ませない圧となる。…久々に、オレの心がザワリと波立つ音がした。

 一時的に薄れていた恐怖が、一瞬にしてカムバック。しかもトラウマの熨斗オマケつきとは恐れ入った。勿論下手な気を起こすつもりはないが、しっかり理性の線を引いておかなければ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ