第4章01「無茶の用法用量は正しく守りましょう」
囚われのお姫様を助けた後、ゲームの主人公がその場に留まる理由は何があるのだろう。金策?経験値稼ぎ?考えを巡らせればキリがない。
素材集め?うッ、オレに周回ゲームの悪夢を蘇らせるんじゃない!でも夏のイベントで実装されるあの子の為に…うぐぐぅ。
だが、ここは夢世界であってもゲームの世界ではない。素材集めに駆られる事はないし、自分を強くする為に殺戮をする必要はない。
そもそも暴力的な解決法を採るつもりは、オレには全くない。強い感情を呼び出すだけでも疲れるし、仮に感情を昂らせたとしても腕っぷしに自信があるかどうかと言われたら、答えはノーだ。
荒んでいた思春期ならいざ知らず、良い歳の大人が感情のままに鬱憤を晴らす様は見るに堪えないだろう。誰だってそう思う、オレもそう思う。
むしろ、その場からあまり動く事なく何食わぬ顔で物事を解決する安楽椅子探偵の方が、オレの性質には合っている気がする。名高い探偵のように高い知性がオレに備わっているかどうかと聞かれたら、全くもって自信はないがな…!
ーー閑話休題。オレには、このアクリス村に留まらざるを得ない理由があった。閉じ込められたエルフたちを助けるという、赤ずきん少女…プリシラとの約束があるからだ。
だが、その行動は未だ実行できずにいた。理由はいくつか存在するが、それらの原因の大半に関わっている少女がオレの眼前にいる。
「ちょっと、正気なのオジサン!?あの司祭の手足になって動いていた敵兵を助けるって!!」
使い込まれた黒いマフラーと肩口で揃えられた銀髪をサラリとをたなびかせ、大人を夢見て背伸びしたであろう忍者装束を身に纏った素行の悪そうなこの少女の正体は、太陽の国の第二王女様なのだという。…色気?それはもう少し大人になってから学んでください。
とはいえ、こうして話をする分にはオレよりひと回り若いだけのコスプレ少女だ。そう割り切らなければ、オレも現実を受け入れられそうにない。若干の敵意があるとはいえ、フランクに話しかけてくる顔立ちの良い美少女が、遠い国のお偉いさんだなんて一体誰が信じるだろうか。
「ま、まぁ…約束したからな。勿論、オレだけじゃ力不足だから良ければ手伝ってもらいたいなってーー」
「冗談も休み休み言いなさい、アタシは手伝わないわよ!」
しかしオレの心の天秤は、既に諦めの側に傾いていた。黎明旅団の面々たちの力を借りて楽に人命救助する算段が初手から崩され、搦手でソレイユに頼み込もうとした結果がコレだ。
玉砕したプランを両手に思わず溜息をついてしまうが、人手が得られないからと言って何もしない訳にはいくまいーー。
「だ・か・ら!冗談は休み休み言いなさい!アンタ、そんな身体で動ける訳ないでしょ!?」
部屋の中で唯一の外へと繋がる扉に意識を向けた瞬間、オレの背後からソレイユの白い細腕が音もなく首に絡みついた。気がついた時には既に頸動脈を締められ、同時に「ごえッ」と蛙が潰れたような声が漏れる。
(い、き…でき、な…。ぐる、じ)
命を危機を感じ、ジタバタと暴れながらタップするオッサンの無様な姿に多少の溜飲が下がったのか、オレの意識が完全に暗転する前にようやく酸素を取り込む権利を返してもらった。空気が、うめぇ…。
「ほら、さっさと横になる!今度はちゃんと意識落とすわよ!?」
「い、いや…。レイラさんに浄化してもらったから、ちょっとは動けるし」
「バカなの?いやバカよね!あの脳筋教皇以上にバカだわアンタ!絶対安静って意味を調べてきなさい!」
残念ながらオレの脳内で「絶対安静」という文字を検索しても何もヒットしない。だって意識がボヤボヤしているもの、見つけられる筈の項目も見落としてしまうのも無理はない。
だが拳をパキリと鳴らす様を目の前で見せられたら仕方ない。決して恐怖で足が竦んだ訳ではないが、大人しく部屋に留まろうじゃないか。
「良い?あの猪女の恩恵は昨日の戦闘でほぼ底をついていたの。アタシだって、あの司祭相手にかました一撃で魔力は打ち止めだった。その後、あの女が何をしたのか忘れた訳じゃないわよね?」
「ソレイユと盛大にバトって、レイラさんが勝ってた?」
「それもあるけど!というか、アタシまだ負けてないけど!?アンタ、顔を蹴り潰されたいの!?」
何故だ、オレは何も間違った事は言っていない筈なのに!…って痛い痛い!見えない地雷を踏んだからって暴力に訴えるのは理不尽だ!
そもそも、あの後のイベントってオレはプリシラと話をして、謎の軟体生物と話をして、それからーー。
(えっと…。何をしていたんだ、オレ)
奇妙な違和感が、唐突に湧き上がってくる。思い返してみれば、確かにオレの記憶はあやふやだ。…そうだ、一体オレは何をしていたのだろう。
いつの間にかレイラさんがいなくなっているが、もしかしたら外で何か作業をしているのかもしれない。
静かなオレの表情の変遷を見届けられ、ソレイユに「その様子だと本当に知らないようね」と半ば呆れたように溜息をつかれる。
「アンタの身体を、ずっと浄化していたのよ。本来は溜め込まないといけない魔力を、アンタの為に使ってね。ハッキリ言って、あの女が一人の男にここまで気を回すのは異常よ?」
…もしかして、恩恵を使い過ぎて休んでいるのだろうか。それなら悪い事をした、すぐにお見舞いに行かなければーー。
そう思って足を動かそうとしたが、しかし身体に巨大な鉛でも括り付けられたように重く動かない。それどころか、言葉で表し難い疲労感が湯水の如く湧いて止まらない様に、思わず自嘲の笑みが浮かぶ。
「今のヨボヨボなアンタが身体を無理に動かせているのは、一睡もせず浄化し続けたあの女のお陰。その意味を、ここで噛み締めなさい」
久しく忘れていた。何日も重労働をした後の代償、その過負荷の存在を。
唐突に襲い掛かる眠気、どれだけ寝ても取れない疲労、ボタリと垂れる脂汗ーーその全てが押し寄せてくる気持ち悪さを自覚してしまった以上、オレが取るべき行動は一つだった。
「自分から命を削る行動は、たとえ敵であっても赦さないわ。味方なら、尚の事ね」
「悪かったよ。…部屋で休むから、肩を貸してくれないか?」
今無理をする必要はない。オレはそう判断して、ソレイユの言葉に甘える事にした。
悪態の一つでも突かれるかと覚悟はしていたが、不思議と彼女の口からはそんな言葉は出てこないまま肩を担がれる。これが彼女なりの優しさなのだと悟るのに、さほど時間は要さなかった。




