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夢渡の女帝  作者: monoll
第3章 夢幻を映す湖の記憶
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第3章36「水面に浮かぶは隠者の影13」

 意識に枷が掛けられる。一度は跳ね除けられたオレの願いを、呪札(“悪魔”)に届けられた証拠なのだろうと勝手に解釈し、安堵した。

 暗転する視界、襲い掛かる倦怠感。その原因である悪魔の思う所は解らないが、今は棚に上げておこう。助かる命があるのなら、それに越した事はない。


 …あぁ、でも。レイラさんのお小言せっきょうは、短い方がいいなぁ。


              ★ ★ ★ ★ ★


 気がついた時には、あたしの身体はすっかり生気かんかくを取り戻していた。思うように動く手足、けれども踏み台に常時乗っているかのような視点高さに、安心感よりも気味の悪さを覚える。

 傷だらけの自分の身体ぬけがらを見下ろし、抱きしめている事にも驚きは隠せないがーー何よりも。


(…え?どうして、あたし)


 生きてるのだろう、と。まるでいのちが落ちきる筈だった時計を寸前でひっくり返されたような、現実味のない感覚が少女の思考をガッチリと占めている。

 自分の新しい身体に触れてみると、まるで男の身体。しかし、少しばかりふくよかな体格のそれは、まるで先ほどまで少女を抱きしめていた男のようなーー。



 そこまで思い至って、ようやく現実に少女の思考が追い付いた。そうだ、今の自分は。


「からだが、いれかわって、る?」


 だとしたら、元の身体(ぬけがら)に残された男はどうなる?このまま意図せず殺してしまうのかと、強い不安が少女の感情なかを刺激する。

 嫌だ、殺したくない。この人を喪ったら、あたしを必要としてくれる人が、もう誰もーー。


「そう、今のプリシラ様は身体が入れ替わっている状態…なのだそうです。“ヤツヨ”様の話の通りであれば、ですが」


 意識外からの冷ややかな声が、少女の意識を現実へと引き戻させる。声のした方を向くと、そこには最高位の賢者を示す白と青の法衣の少女が表情を怒らせていた。

 焼けた両手を浄化かいふくさせながら、今なお光の矢を乱射するファルス司祭の猛攻をことごとく背を向けながら握り潰し、眼前で展開する戦線を自ら下げながらもこちらにジリジリと近寄ってくる…人間の形をした怪物へいき


「カケル様のお考えなので、もう()()を見過ごす事はできません。…カケル様を、離してください」


 その怪物しょうじょが、元の身体(この人)を離せと言っている。少女の数少ない持ち物を、全て寄越せと言っている。

 ーーそれだけはダメだ。国を裏切った史上最強の怪物が相手であっても、大事な人の命は差し出せる訳がない。

 いくら自国の最高戦力からの申し出だったとしても、その提案を諸手を挙げて受け入れられるかと言われたら…。


(だ、め…)


 口が拒絶の形を作る。半歩身を引いた所で、身体が強張る。けれど少女は、それ以上の行動が出来なかった。

 まるで目の前に転移してきたかのように錯覚する速さで、怪物しょうじょが距離を詰めてきたのだ。

 ーー防御なんて、間に合う筈がない。できる筈がない。少女の腕は、二つとも元の身体(カケル)を抱きしめるのに使われているのだから。


「あぁッ!!」


 少女の頬を張り上げた怪物の右手は、その勢いのままに身体ごと薙いでいく。思わず身体が半回転しそうになるが、入れ替わった男と怪物しょうじょの体格差のお陰で体勢が維持できたのは幸いだ。

 しかし、その代償はとても大きかった。突然の衝撃で抱えていた少女の財産(元の身体)は、少女の手元から離れてしまったのだ。慌てて手を伸ばしてみるものの、もう遅い。怪物の腕の中に、差し押さえられてしまっている。


「かっ、かえし」


 て、と。少女の言葉は最後まで続かない。諦めきれずに手を伸ばそうとするが、その意志たいどを示す事すら許さないとばかりに、怪物は元の身体(カケル)浄化ちりょうを始めたのだ。

 …何故、という単語が少女の中で浮かび、戸惑わせる。だって、この怪物は教会で少女を「外敵」と称したのだ。敵の命を助けた所で、返ってくるのは殺意しかないだろうに。


 勿論その行動がファルス司祭にとって、またとない攻撃の機会である事は言うまでもない。貫かれれば魅了くらやみに呑まれる祝福のろいの光矢が、こちらを貫こうと加減なく放たれる。


「二人まとめて、堕ちろォ!!」


 光矢の的が少女も含まれている事に気が付きながらも、回避行動が取れないまま呆然と立ち尽くす。どうやらこの男は、戦闘というより誰かと対峙する事すら慣れていないらしい。お陰で少女は、恩恵ちからを発動するという当然の思考すら浮かばなかった。

 少女の窮地を、怪物は助けようともしない。それどころか、一顧だにしない。まるで、誰かがそこに介入する事を知っているかのような振る舞いだ。


影壁ウォルドウゥッ!!」


 突如として、影が眼前に立ち塞がった。迫り来る無数の光を受け止め続ける漆黒の壁は、しかし存外しぶとく居残り続けている。

 少女は、この漆黒を知っている。元の身体を痛めつけてくれた忌々しい影の毒は、敵国の中でしか確認された事のない珍しい恩恵によるもの。その使い手で少女が思い当たるのは、ただ一人だけだった。


「勝手に嫉妬心剥き出しにしてるそこの賢者ぁ!オジサンの浄化ちりょう、いつまで掛かる訳ぇ!?」

「1分は掛かります!それまでは精々、私に光矢が通らないよう魅了に耐えながら肉壁役に徹しなさい、影女!!」


 黒いマフラーをたなびかせ、絶えず影を作り続けるもう一人の怪物しょうじょ。怪物たちは、少女の目の前で棘だらけの理解できない会話を繰り広げていく。

 …何故、という単語が再び脳内を占めていく。だってこの怪物は、つい先ほどまで少女と殺し合っていた筈の影使いだ。仇敵の命を護った所で、自分たちとは背中を刺し合う間柄の筈なのにーー。




(そっ、か)


 不意に、少女は悟ってしまった。これはきっと、諦めるなと言ってくれたこの(ひと)が仕込んだ道標ナビなのだ。

 裏切り者も、敵国の将も、一丸となって男を助けようとしている。勿論、少女はその敷かれたレールに乗っかっただけ。ーーだが、今の少女にはそれで充分だった。


 自覚した途端、少女の心に灯がともる。ようやく心が前を向いたんだと実感する。ならばもう、迷う必要なんてない。置いてくれた道標ナビに沿って、真っ直ぐに進むだけだ。


「あ、たしも。なにか、できること、は」


 その一言目は、少女の中で何かを逆転させる。今までの自分と決別する、枷を外す為の魔法の言葉。

 同時にそれはーー少女を動かす悪魔が嗤う呪いの言葉でもあった。

悪魔(タロット)withプリシラ

プリシラと契約状態になると、真っ赤なフードのついたロングコート姿となります。…「前衛職なのに後衛職みたいな動きにくい格好をしやがって」?仰る通りです。

今回は運の良い事に、主人公君はヒロインちゃんからの貰い物である外套を羽織っているので、その効果がこのロングコートに付与されています。その為、法王の魅了程度なら無力化できてしまいます。


ただし、契約状態は以前の後書き(第3章12)でもお伝えした通り、契約時間は2分のみ。果たして、このギミックに彼女たちは気付く事ができるのか…!?

なお、先の第2章終了時点でヒロインちゃんの外套を回収できていない場合は、この戦闘がベリーハードモードになります。


●戸惑うプリシラ

ヒロインちゃん、ソレイユからは三行半を突きつけられていた事もあって、プリシラ自身もこの心変わりは受け入れ難かったようです。

…が、やはりそこは緩衝材(主人公君)の出番。上手く二人の感情の落とし所を作った事で、赦してもらえる隙間を作ったようです。めでたしめでたし…。



なんて甘ったるい話がある筈なく。ヒロインちゃんはともかく、ソレイユからすれば、プリシラを生かしておく理由は皆無。たとえ主人公君の口添えでも難しいでしょう。…なら、何故彼女が心変わりしたのでしょうか。


そういえば、この場からいつの間にか消えた女神様がいましたね…?

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