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夢渡の女帝  作者: monoll
第3章 夢幻を映す湖の記憶
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第3章34「悪魔契約 死神編」

 現代人における虚勢(処世)術は、最早必須スキルと言っても過言ではない。そして、人間とは奇しくも学ぶ生物だ。一歩目は拙くとも、歩き出せば嫌でも方法を学んでいく。

 オレの場合、それを学ぶ回数がほんの少しだけ多かった…と、勝手に自負している。学生時代の階級闘争ヒエラルキーに勝手に巻き込まれ、孤立する事を余儀なくされた敗者オレは。腫れ物として忌諱され、時に祭り上げられたものだった。


 意地汚い根回し、手の込んだ裏切り、見え透いた感情の仮面。挙げ始めればキリのない負の連鎖感情、しかし暴力沙汰だけはホトホト縁の無かった事が、オレの学生生活における幸福だったと言える。

 目の前で絶望する少女と環境は違えども、オレからしてみれば一度踏んだ轍。ならば同じ道を辿らないよう、年長者として少々言葉を添えるくらいの厄介は許してほしい。


「あ、たし…は」

「大方、アンタのミスを揉み消すチャンスをやろう、とか言われたんだろ?んで、老司祭(上司)に勝手に期待した結果が…コレだ」


 一度折られた紙はその跡が残るように、犯したミスはどう繕ったとしても無くなる訳ではない。もし無かった事にできるとしたら、全くの()()()()に置き換わっただけの話。

 “ヤツヨ”が言っていた、自動人形の存在がまさにソレだ。人生を複数周回したという世迷言を信じるのなら、極限にまで失敗せんたくを繰り返し、成功()()を追い求める無機物と何も変わらない。


「たとえ憎い相手であっても、自分の命に関わる天秤だけは掛けられる程度に理性を残しておけ。…あのソレイユだって、レイラさんの意見を尊重したんだぞ?」


 「誰がいつ、この脳筋を立てたって!?」と背後から声を荒げられるが、今は全力で聞かなかった事にする。吹けば簡単に綻ぶ言葉を組み立てている最中だというのに、横槍で崩されたら最早修復不可能だ。


「レイラさんの救済も払い除けて、老司祭(上司)にも切り捨てられ、アンタを守る兵士エルフは瓦礫の下。成程、確かに目も当てられない。特に一番目が致命的だ、誰にも味方されない状況下なのに、アンタの心配までしたレイラさんが全く報われねぇ」


 少々オレの私怨も籠めながら、なるべく冷静に言葉を紡いでいく。燻っていた感情いかりに全てを任せてしまえば、今度こそ少女は壊れてしまう。

 とはいえ、彼女の視点で裏切り者(レイラさん)老司祭(上司)のどちらを信じるかと聞かれれば…後者を選ばざるを得なかったのだろう。彼女の選択肢の狭さだけは、同情してしまう。


 同情するが故に、この瞬間も全く気にもされていない選択肢オレの存在に、ついムキになってしまった。


「アンタが赦される道は、ほぼ閉ざされている。…このまま、アンタが何も気がつかなければな」

「…ぇ?」


 少女の整った泣き顔が、こちらをゆっくりと見上げてくる。よほど意表を突かれたのか、そこに張り付いていた無防備な表情につい男の心が揺らいでしまう。

 だが、揺らいだだけでそれ以上の感情は何も実らない。まるで悪魔でも宿っているんじゃないかと、自分でも驚くほど冷静に錯覚する。


 だが、今はその冷静さ(異常)に感謝しよう。心が疲弊しきった今の彼女に、思考させるのは難しいと判断できたのだから。

 …それに、そろそろレイラさんが提示してくれた1分が近い。答えを早々に出してもらわなければ、オレの命も危うくなる。


「生きていれば、その過程で喪っていくモノがある。けど同時に、同じ量以上に得られているモノも必ずある。…思い出してみろ。アンタが教会からオレを連れ出してから、何を得たのか。何が、変わったのか」

「あた、し…が。えた、もの?かわった、もの?」


 視線を濡らした地面に向け、逡巡している少女。先ほどのレイラさんへの拒絶たいどからは想像できないほどに、オレの言葉に素直に従ってくれる。

 しかしたっぷり5秒。貴重な時間を費やしたその逡巡虚しく、無言ながらも幽かに首を横に振る彼女。

 …マジか、オレに対する態度の変化も営業フリだったってか。いやまぁ、オッサン相手に本気の感情は無いとは思っていたが、実際に答えを突きつけられると堪えるものがある。


「こっちは難儀したよ。いきなり『あなた』呼びされた上、どこに行こうにもアンタはベッタリだった。トイレも一緒についてくるんじゃないかって、内心ヒヤヒヤしてたんだがなぁ」


 その歪んだ仕返しという名の解答を提示され、ようやく少女は僅かな持ち物(希望)に気付いたらしい。まるで託宣でも得たかのように、涙を溜めたその赤い瞳は、大きく見開かれた。


 「ぁ、あぁ…」と声を零しながら、縋りつくようにこちらへと手を伸ばしてくる。心の底から求めるように、希望オレへと身体を寄せてくる。

 …オレからは、これ以上何も提示しない。彼女の口から、その言葉を引き出すまでは、差し伸べる手はない。


「あ、なた…」

「言っておくが、オレはレイラさん寄りのヒトだ。そこだけは間違えるなよ?…だが、縁ができた以上は最期くらい幸せであってほしいとは思っている」


 いよいよ時間がない。梯子だって、永遠に掛けられる訳ではない。

 選択肢はいつだって時限式だ、機会を逃せば詰み盤面(ゲームオーバー)な状況は世の中いくらでもある。…そうだ、今この瞬間が彼女の運命の分水嶺なのだ。

 突然外されようとしている梯子きぼうに、少女もこれが最後の機会なのだと直感したらしい。浮かべる表情に、恐怖の色が濃くなっていく。


「ま、まって…。まだあたし、いきていたい…!」

「散々他人の期待を裏切っておいて、今更都合の良い話だな。中途半端な立場であるアンタとオレたちが、対等に話ができる関係だとでも思っているのか?」


 …オレの虚言も、時間を経て酷くなっていく。実際ここで腕力に訴えられたら、力関係はあっという間に逆転する筈だ。武力の差を知らないオレではないだろうに。

 口だけで何もできない弱者オレが、いつ強者(少女)を相手に優位に立てたと思っているんだと、普段のオレなら言葉を選べと叱責した事だろう。少女も、状況を理解できる知性が少しでも残っていれば、オレの矛盾ことばを突き破る事だってできた筈だ。


 しかし現実は、オレの狂気に染まった心の意のままに動いた。その証拠に、オレの掌には良くない光の札(”悪魔”のタロット)まで浮かび上がっている始末。

 何か良くない予感すらさせる展開に、しかしオレの感情は止められない。少女が紡ぐであろう言葉を待つ本物ケモノの自分が、止められない。


「たすけて、ください…。あたしを、もうみすてないで…っ」

「…言えたじゃないか」


 全身の血の巡りが早まり、心音が不規則に鼓膜を衝く。今か今かと獲物が皿に並べられるのを待つように、掌の光が強まっていく。

 少女の言葉を以て、勝敗は決した。しかし悪魔の口はそれに飽き足らず、死を狩る筈の少女にトドメの言葉(一撃)を刺すべく…光る掌を少女に差し出した。


教会の時は、しっかりと()()()()()聞いてなかったからな。ーー環境はソコより悪くなるが、オレの所に来ないか、プリシラ」


 …きっと今のオレの顔は、酷く歪んだ表情が張り付いているに違いない。少女が正気であれば、悪魔オレの申し出なんて即座に断った事だろう。

 元は一致団結し、老司祭を倒すべく戦力を確保したかっただけなのに。オレの変わりやすい感情の乱気流によって、随分目標から遠い着地点となってしまった。

 けれども、そんな事は些末事だと言わんばかりに…。歪みつつも新たな道を示された少女は、オレの掌を縋るように包み込んだのだった。

●”悪魔”のタロット、その本質

ハズレタロットと、散々な言われようだった本作の”悪魔”。本質は状況を使用者の都合の良い不条理に変え、押し付ける事にあります。戦闘における契約状態は、その極地とも言えるでしょう。

では、誰が一体このタロットを使う事で得をするのか。それは当然、力を()()()()タロット本体でしょうね…。


●この主人公、人の心をどこに置いてきたん…?

“悪魔”のタロットによって、主人公君の邪な心を刺激された結果が今回の内容です。普段はちゃんと善性なのでご安心を…。

とはいえ、このまま冗長させておいたら危険です。顔を出した感情の杭を、しっかり打ってもらえる環境でなければ、やはり速攻で取り押さえる方が無難。超越物質タロットが絡むと、ロクな事にはなりません。


●プリシラ、簡単に堕ちていて草

元々は教会での出来事、特に第3章13~17がキッカケです。この時点で主人公君の勧誘に対し、そこまで強く拒絶反応を示していなかった事から、ちゃんと寝返りの芽は出ていたのです。

ですが、その芽を育て間違えたのが今回の顛末。老司祭の“法王”タロットによる魅了せんのうで精神の限界が近かった事もありますが、彼女が生存できる細いルート、この場を切り抜けられれば心を持ち直してくれるとはいえ、この展開は少し可哀そうでしたね。幸薄そうな彼女の未来に、救いあれ…(頑張れ未来の自分)。

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