2−9貴族成敗
(誤字脱字のご報告をお願いします)
[バーザム伯爵視点――]
「はぁ、昨日は災難だったな……」
バーザムは溜息をした。彼は今、自分の執務室の中にいて、手元の報告資料を見ながら昨日の森での出来事を振り返った。
数日前に彼は娘ローディアに関する用事があって遠出し、昨日すべき事を終えて、その帰還の最中にあの襲撃にあった。彼も一貴族、しかもアルベメリタ王国の上級貴族の一人、派閥が違う貴族同士の争いも起きていて、暗殺者に狙われるリスクが常にあるのは承知の上だ。
しかし彼はそこら中の肥えた貴族のように軟弱なわけではない。
むしろバーザム・ド・ブロイスはアルベメリタ王国の中でも、守護のバーザムと言われてるほど高度の守護魔法を扱える魔法使いである。それゆえ冒険の街バルフェルを含む隣国と国境を接する広大なブロイス領の領主役を国王から任され、ブロイス伯爵家自体も王国内では三大魔法貴族家の内の一つとして数えられている。
しかしあの時彼は油断した。まさか暗殺者が魔法封じの魔道具を持っていたとは思ってもいなかった。魔法封じの魔道具は魔法の使用を阻害するための魔道具だ。原理として魔力を掻き乱す波を出して、範囲内にいる全ての人の魔力回路を乱し、その魔力の放出を阻止することで魔法使用を止めることができる。
もちろんデメリットも存在する。その魔道具を使用した場合は敵だけではなく味方も影響を受けてしまうのだ。つまり双方の魔法を封じることになるため、場合によっては自らを不利に追い込む場合もある。
だがそれは暗殺者集団にとっては無意味のこと。彼らが必要とするのは身体能力と瞬時に対象を葬る暗殺技術のみ。ゆえにその魔道具は彼らにとって相性が良く、バーザムを仕留めるための重要な鍵となったわけだ。
もちろんバーザムはその魔道具の存在を知らなかったわけではない。ただその魔法封じの魔道具は非常に高額であるため、一介の暗殺者集団などが買えるような代物ではない。あの時は深く考えなかったが、今思えばあの暗殺者集団の背後には貴族がいるに違いない。
忌々しい、バーザムはそう思った。彼個人を狙うならまだしも、愛娘のローディアまで巻き込むのは言語道断だ。必ずネズミを掴み出して裁きを下してやる。
しかしバーザムは不運と同時に幸運だった。その場の誰かの首が暗殺者集団によって落とされる前に一人の乱入者が現れた。その乱入者は黒い奇妙な仮面を被っていて、腰には剣を下げている黒髪の青年だった。そして隣には人形に見間違えるほど可憐な白髪少女が立っていた。
最初は暗殺者の仲間かと警戒していた。しかし、暗殺者の頭との会話からしてその青年は違うと判断した。
思わずその黒髪の青年に対して助けを求めた。もはやそれしか打つ手がなかった。結果的にそれは正解だった。黒髪の青年は強かった。彼は背後を見ずに暗殺者の攻撃を避け、剣を抜かずに透明の斬撃を放った。素早く、そして正確に。
隣にいた白髪少女も異常だった。あの時、確かに魔法封じの魔道具は発動していた、にも関わらず、彼女は魔法を発動できた。そして一人また一人暗殺者を倒して魔法封じの魔道具を止めてくれた。
その後、息を呑んで見守る中、黒髪の青年は暗殺者の頭と一騎討ちとなった。最初は不利かと思いきやなんと剣を素手で掴まって斬撃を止めるという荒技を披露した。誰もが思った、一体この二人は何者だ、とな。
あまりにも常識はずれの光景を見せられ、バーザム一行は言葉を失った。しかし彼は思った、自分は助かったと。その後なんとか無事にバルフェルまで戻ってこられ、そして現在に至る。
「さて、そろそろ仕事に戻らねば……」
あの場の命はあの二人によって助けられた。その恩だけは忘れてはならない。そのことを彼は心の中で誓ったのであった。
[――バーザム伯爵視点]
※
今日はバルフェルの街を散策している。冒険の街の名の通り、街の周辺には冒険資源、いわばダンジョン、魔物の森のような冒険できるスポットがあるのが有名だ。街中を見ると冒険者らしき人も沢山いて賑やかである。
ちなみに宿はこの街で一番高い宿を取った。内装は高級ホテルのようでかなり広々としている、生活用魔道具もあってなんと個室の風呂まで付いている。
いやー、まさか異世界であんな気持ちいい風呂に入れるなんて思ってもいなかった。値段は少々高めだけど全然問題ない。言うの忘たけど、部屋はちゃんと二部屋にした。グラシエルは不満そうだったけど、これも俺の精神の安全のためだ、すまんが理解してくれ。
そしてあのバーザム伯爵という貴族を助けたお礼で五万Gも貰ったけど、俺からしたら正直多すぎる。これこそ数年働かなくてもいいレベルのお金だけど、ニートにだけは戻りたくない。
それにあの戦いではグラシエルも功労者だったから、俺は報酬を半分に分けようと言ったけど、グラシエルは「いらない」と言って受け取らなかった。それでも俺は納得いかず、なんとか押し切ってやっと一万Gを受け取ってくれた。
そして昨日時点で既に世界ミッションは達成した。到達するだけで達成できるようなミッションだったし、昨日はちょっとドタバタしちゃったからあまり気にする暇はなかった。ちなみに次の世界ミッションはこれだ。
《世界ミッションを継続ーー『レベルを40にする(達成時SP+2)』》
分かるよその気持ち、まさかのレベリングミッションである。ストーリーはどうしたんって言いたげな気持ちだけど、よくよく考えたらこれも悪くない気がしてきた。まあ、とてもシンプルなミッションではあるけど、すぐに達成できるのかっと言われるとそれはまた難しい。
これはあとから知ったんだけど、この街の近くにアルカナムの森という森が存在していて、魔物の数も強さも今までの森とは比べ物にならないらしい。まあ、レベル上げにはちょうどいいかもしれない。正直に言うと今のままだと弱すぎる、俺とグラシエルの旅の安全のために、そして何より究極の防御脳筋のために、俺はもっと強くならなければならない。
俺は別に勇者として呼ばれていないし、女神から世界を救えとの使命も与えられていないから、のんびりとこの世界を旅する以外やることがない。まあ旅の目的も俺が転移された原因を探すことだけだしな、そんなに急ぐ必要はない。今のところ、次に向かうべき目的地もないから、俺たちはしばらくこの街に滞在しようと思う。
せっかく大きな街に来たし、お金もあるから色々回りたい。今日は観光だ。
「しばらくは戦闘なしだな」
この世界に来てからほとんど戦闘しかしていない。少しは普通の旅をさせてくれ。
あとそうだ、この世界に来てからまだ拠点がない。俺たちはいわば放浪旅をしている。世界を旅するのに家は必要かって言われると確かにそうかもしれない。しかし、しかしだ、これほどのお金があれば理想のマイホームも欲しくなるだろう、特に豪邸とかもう想像するだけでワクワクが止まらない。
「アラタ、前」
「前? って、なんだこれは?」
妄想の世界に浸かってたらグラシエルに引き戻された。言われた通り前を見たらいつの間にか道のど真ん中に人集りができていた。なんだろうと思いながら見てみると一人の少女が何人かの柄の悪そうな男たちに囲まれていた。その男たちは一人の少女の腕を掴んでどっか連れ去ろうとしていた。
なぜ周りの人は助けないのかと不思議に思ったけど、俺は一人の人物を見た瞬間に全てを理解した。柄の悪そうな男たちの後ろに明らかに高級そうな服を着ている不健康そうなデブな貴族がいた。
「は、放してください!」
「抵抗するな! お前はボクの妻になるんだ!」
その不健康そうなデブな貴族はニヤニヤとして目の前の少女を妻にすると大衆に宣言している。なんだこれ、道のど真ん中で人攫いか? 大胆にも程があるだろ……。これは想像通りのクズ貴族だけど、いざ出会ってみると本当に腹立つな。
「ん?」
グラシエルは魔力を集めて魔法を使おうとした。これはいけない、少女を助けようとするのは別になんも悪くない、ただこの距離で魔法を使うと他の一般人にも危害を及ぼすかもしれないから、俺はグラシエルの魔法を止めた。
「この状態で魔法を使うのは危ない、あの少女は俺が助けるから安心して」
「……分かった」
グラシエルは渋々魔法を止めた。
「結局観光は後回しか」
イベントの多さに不平不満を垂らしつつ俺は人を退かして前に出た。
「ん? 誰だお前?」
俺に人攫いを邪魔されて不健康そうなデブな貴族は不機嫌そうに言う。
「おっと、すまんすまん。随分と人が集まったもんだから、てっきり豚のショーでもやってるのかと思ったよ」
「お、お前! このボクが豚だとー! お前ら、その女は後でいい、まずはこの愚民だ。やれ、この身の程知らずを殺せ!」
ふっ、やはりすぐに激昂する。どうやらこの豚は冷静に考えることもできないようだな。普通ならこの大通りで人を殺せばどうなるのか分かるだろうに……もしかしなくてもあれか? パパの力で罪を揉み消すってヤツか? はっ、くだらない。
まあー、こうなるのも一応予想通り……。やはりね、この手の貴族は挑発すれば簡単に怒る。不健康そうなデブな貴族は手下の柄の悪い男たちに命令して少女から手を放し、ジリジリと俺の方に来た。こうすれば少女は人質にならずに済む。
「よぉ兄ちゃん、正義の味……グハッ」
「喋る途中だった? 気づかなかったわ」
こんな雑魚モブたちに時間を使ってもね……。早く観光したいからさっさと終わらせよう。
「ブヘッ」
「ギハッ」
「ゲハッ」
残っている三人にもそれぞれの顔面に拳を入れた。三人はあっけなく撃沈。
「豚の配下はやはり雑魚か……」
「く、クソぉぉぉ、お、お前覚えてろよ! レイス家はお前を許さないからぁぁぁ!」
手下が全部倒され、自分の状況が不利だと察したクソ雑魚デブ貴族は悪党らしいセリフを吐いて倒れている手下を残して逃げっていった。レイス家がどうか知らんが二度と帰ってくんな。
「大丈夫ですか?」
「た、助かりました」
少女を見ると怪我はしていないようだ。よしよし、これで退散っと……。
「あ、あの、一つお願いがあります!」
……まだ何かあるのか? 少女が俺をチラチラと見ながらお願いをしてきた。なんかスゲーデジャブ感。ガラ村の時のオルビアさんを思い出すな。
はぁぁぁ、俺ってやっぱチョロいかもな……。こんな美少女のお願い、断れるわけないじゃん……さらばだ、俺の観光タイム。
「……ここでは話しにくいだろうから、一回離れましょう」
「は、はい!」
人が多すぎる、それと衛兵とか来たら余計に話がややこしくなるから、俺たちは少女を連れて一旦その場から離れた。
「ここなら大丈夫かな……それで、お願いとはなんですか?」
とりあえずあの場所から離れて、今はゆっくりと話ができる場所に来ている。近くにクレープ屋さんがあったから三人分のクレープでも買って、今俺たちは屋外のテラス席で座っている。少女は無言のままクレープを食べ、グラシエルは目を輝かせながら美味しそうにクレープを頬張っている。
「あ、あの……」
少女はとても言いにくそうにしている。そこまで言いにくいこととか、一体なんのお願いだ……?
そしてしばらく時間が経過して、少女はやっと口を開く。
「わ、私に付き合ってください!」
「はっ?」
「むぅぅぅぅ!?」
少女からの予想外の言葉に俺は脳が打たれたような衝撃を受け、グラシエルは変な音を出しながら目を大きく見開いた。




