2−8防御脳筋の勝利
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チッ、やはり一筋縄にはいかないか。至近距離から放たれた『空力斬』は避けられた。あの一瞬で回避行動に移れたのは流石は暗殺者だと思った。
「今のを弾くか……驚いた」
顔こそ見えないものの、暗殺者のリーダーが戦いを楽しんでいるのは間違いない。
「俺はお前を両断するつもりで斬ったのだが……一体どうやって防いだ?」
「俺はあの一瞬で防御スキルを発動し、それを全身を張り巡らせたんだ」
今だから話せること。俺はあの瞬間に『守護障壁』を薄く全身に張り巡らせて斬撃を防いだ。初めて試したことだから本当に防げるのかは自信なかったけど、俺はそれに賭けた。まあいわば初見殺しだ、この暗殺者のリーダーだったらもう次は効かないだろう……。
「ほう、あの一瞬でか? 確かに微弱な魔力を感じたが、まさかそのようなことをしてたとは……」
感心そうに暗殺者のリーダーは呟く。
この人は暗殺者だ。恐らく今まで数知れずの人と戦ってきたのだろう。その分俺はただ魔物と戦っただけ、やっぱり実戦経験は天と地の差がある。
だからといって焦ってはいない。俺はこの一時的の休戦中に残っているSPを使って『斬撃耐性』と『物理耐性』両スキルをB−まで上げた。大分SPを使ってしまったが、元々緊急事態に備えてたSPだから後悔はしない。
「少しは見くびっていたが、どうやら本気を出さないといけないようだな」
「まだやるつもりなのか? もう仲間はいないぞ」
周りを見ると他の暗殺者たちは既にグラシエルの魔法によって倒されている。残ってるのはこの暗殺者のリーダーだけ。
「ふん、どの道、任務を遂行できなければ俺も処分されることになる。そもそもこんなに楽しい殺し合いを途中で終わらせるのは勿体ないと思わないか?」
「戦闘狂め……」
体力にはまだ余裕はある、しかしそれがいつまで保てるかは未知数。防御脳筋を高めた今ならダメージを気にすることはないけど、俺には決定的な一撃がない。チートも楽ではないなと心で思ったりして……。
まずは威圧を解除しよう。もう他の暗殺者は倒され、この人には効かないから発動する意味はもうない。
「準備はできたか?」
「あぁ、いつでも……」
シュッと暗殺者のリーダーは飛び出し、俺へ向かって突っ込んでくる。迎撃するために『空力斬』を何発が放ったが簡単に避けられてしまう。まあ、一応想定内だけどやはり腑に落ちない。
「一度はあるが二度はない! 今度こそ俺の剣はお前に届く」
そして暗殺者のリーダーの剣は俺に迫る。だが剣は俺に届く前に止まった。
「そんなバカなっ!?」
「残念だな、もう効かない」
驚きの感情が伝わってくる。無理もない、なぜなら俺は暗殺者のリーダーの剣の刃を掴んで止めたのだ。
今の俺ならダメージを負うことはない。やはり防御脳筋は至高。
「今度は俺の番だ」
ドンッ!
「ガハッ!」
俺は強めのパンチを腹に入れた。それが直撃して暗殺者のリーダーは悶絶する。そのまま腰を掴んで地面に叩きつけた。そして最後には剣を奪って首に当てる。
勝負が決まった。
「アンタの負けだ」
「そのようだな……全く、最初俺の剣を避けてたのは俺を油断させるためだったのか?」
「そういうわけではないな……俺はスキルを強化したんだ、アンタの剣を防ぐために」
「スキルの強化……? そんなこと、できるはずが……なるほど……お前は異質人か……道理で強いわけだ」
「異質人?」
なんの話だ? 一人で納得すんな、俺にも説明しろ。
「お前も異質人なら気をつけた方がいいぞ。かの十二王の一人、『異質殺し』の終王はきっとお前を狙ってくるだろう……」
「さっきから一体なんの話だ?」
「ふん、いずれ分かるさ」
だからなんだよそれ、言うなら全部教えてくれよ、気になってしょうがないじゃないか。
「お、終わったかね」
更に質問しようとした矢先に馬車の近くにいたはずのバーザム伯爵が近づいてきた。しょうがない、今は伯爵の方を優先しよう。
「はい、この通り暗殺者全員を制圧しました」
「本当に感謝する。貴公は私の、いや、私たちの命の恩人だ」
やっぱ人助けで感謝されるのは慣れないな。
「それよりも威圧の影響は大丈夫でしたか?」
この人も多少威圧の範囲の中に入ってたけど大丈夫だったかな? 見た感じは平気そうだけど。
「そこの少女が魔法封じの魔道具を持つ暗殺者を倒してくれたお陰で魔力障壁を展開することができた、私たちも御者も騎士も皆無事だ」
それは良かった。戦闘中はあまり周りのことを気にかける余裕はなかったからな。グラシエルも頑張ってくれたようだ、後で褒めよう。
「騎士よ、これらの犯罪者は全て取り押さえておけ」
「「「「はっ!」」」」
バーザム伯爵は騎士に命令した。そして指示を受けた騎士たちは次々と暗殺者を拘束した。
「グラシエルもお疲れ」
「頑張った」
「ところでもう一つ頼みがある。私は貴公らに護衛を頼みたい、もちろん報酬も出す」
バーザム伯爵が護衛の依頼をしてきた。どの道バルフェルに向かうし、報酬も手に入るから断る理由がないな。
「分かりました、その依頼を引き受けます」
「そうか、それは良かった」
俺の承諾を聞いてバーザム伯爵はホッとした様子で胸を撫で下ろした。
俺たちは馬車と並走する形でバルフェルを目指している。馬車は二人しか乗れないサイズらしいから俺たちが乗るスペースはない。バーザム伯爵は非常に申し訳なさそうにしてたけど、外の方が護衛しやすいので気にしていないと伝えといた。
そんなことよりも暗殺者のリーダーが言ってたことがずーと頭の中に留まっている。まずは異質人だ。どうやらそれは俺を指す言葉らしい、どういう意味かは知らないけど。
まさかとは思うけど、あの人に異世界から来たことを見抜かれたのか? だとすればその言葉が存在する以上他に同類がいるかも知れない。
そして『異質殺し』の終王……暗殺者のリーダーは十二王の一人と言ってたけど、そもそも十二王ってどういう存在かも分からない。謎が深まるばかり。
「君は剣士なのか?」
意味不明の言葉に悩まされてた俺に一人の女騎士が話しかけてきた。
「いえ、違います」
「違うのか? 剣を持っているのに?」
「一応真剣ですけどこれは飾りです、見た目で舐められないようにするためです」
俺は仮面を外した。俺の顔を見た女騎士は驚いた顔をする。
「君は……かなり若いな」
まあ見た目は十代、中身は二十代後半だけどな。
「年齢を聞いてもいいか?」
「十八歳です」
本当のことでもあり、嘘でもある。
「その年でその強さか、羨ましいものだな」
「はは……」
そうだ、この人に十二王のことについて聞いてみよう。ワンチャン何かを知ってるかも知れない。
「一つ質問いいですか?」
「私が答えられる範囲であれば」
「十二王って知ってますか?」
「そうだな……十二王は一般的に世界の均衡を守護する十二の守護者と言われている。ほとんどは世間に姿を出さないから私もよく知らないけど、一番有名なのは戦王のヘンリー・ガウェイン様だな。あの方は、世界で一番強い騎士なのだから、騎士ならば誰しも、あの方に憧れるだろう」
世界の均衡を守護する守護者……なぜそれに属する一員が俺なんかを狙おうとするのだ? 謎が深まるばかり。でも一つだけ言える、もしグラシエルに危害を加えようとするならば、例えそれがどのような存在でも俺は全力を持って戦う。
「どうしたのアラタ、怖い顔をしてるよ」
グラシエルが心配そうに聞いてきた。どうやら俺は先急ぎ過ぎのようだ、まだ起きていないことを考えても仕方がない。今は旅を楽しむべきだ、もうすぐバルフェルに着くしな。どの道やることは一つ、それは防御脳筋を極めることだ。
その後も何事もなく順調に馬車は進み、ようやく冒険の街バルフェルが見えてきた。
バルフェルの門は前の街の北門のそれよりも大きく、そして石によって構築されたその頑丈な壁は高く聳え立つ。規模感的に前の街とは比べ物にならない、マップからでもその桁違いのサイズを確認することができる。
門を通る際には何も要求されなかった。恐らくはバーザム伯爵の御一行として見なされただろう。そして門の中に入りしばらく進むと大きな屋敷の前で馬車が止まった。どうやら着いたようだ。馬車の中からバーザム伯爵が降りてきた。
「貴公らのお陰で無事バルフェルまで辿り着いた。約束通り報酬を渡そう。二つの依頼の報酬は合計で5万Gだ。カリーナよ、報酬を渡してやってくれ」
「はっ!」
女騎士から箱を貰った。異世界では報酬を渡す際に箱に入れるのが一般的なのかな? ともかくこれで一気に五万Gも手にいれた。楽とは言えなかったけど割りに合った仕事だった。
「それと貴公らにはこのメダルを」
バーザム伯爵から紋章入りのメダルを渡された。
「これは?」
「これはバーザム伯爵家を象徴するメダルだ。これを持っている人間は伯爵家の客人として扱うことを意味する。当然身分証明にも使える。本当は大事な用事がなければ貴公らを屋敷に招待したかったが、代わりにそれを受け取って欲しい」
「ありがたく頂戴します」
「さて、私はここにて失礼する。また日が改めたら貴公らを屋敷に招待したい」
バーザム伯爵はそう言って屋敷の中に入ってた。そして俺たちは馬車が屋敷内に入るのを見送ったあと、貰った大金でいい宿を探しに行ったのだ。




