2−7暗殺者集団
(誤字脱字のご報告をお願いします)
次の日、俺たちは街に入ったのと違う門の近くまで来ている。今日はいよいよ冒険の街バルフェルに向けて出発する、元々この街に長居するつもりもなかったからな。
門番の隊長がいた門は西門で、この門はここの街の一番北に位置する北門だ。この門から出れば冒険者の街バルフェルに行くための街道が整備されていて、主要な幹道なだけあってかなり安全らしい。
俺たちは既に宿をチェックアウトして、今は北門近くの商店街を散策している。『地図』で店を確認していると、一つ気になった店を見つけた。
『魔動車販売店』の文字に惹かれて、俺はグラシエルを連れてこの店に向かった。
「想像してたのと違う……」
店の前まで着くと、店の外に何台か魔導車という乗り物が展示されてるのが見える。しかし魔導車と書かれてたからてっきり地球にある車のような造形かと思いきや、実際はただ動力源が金属製の馬になっただけで、人を乗せる部分は普通の馬車とあまり変わらない。値段は……少なくとも今の俺では買えないな……。
「今は諦めよう、今は……」
もうこの街に用はないから、俺たちは門に向かった。北門は西門と比べて大きい、こっちの方が正門みたいだ。そして門のすぐ前には馬車が駅前のタクシーのようにズラリと並んでいる。
「バルフェルまで運んでくれるかな?」
どう見てもタクシーのそれである。声かけてみようかなと悩んでいるところ待機中の馬車の御者の一人が俺たちに近づいてきた。
「お客さんバルフェルまで行きたいっすか?」
聞かれたのか。どうやらこの人は俺たちをバルフェルまで運んでくれるらしい。
「運んでくれるのか」
「もちろんっす、それが俺の仕事っすから」
「いくらで運んでくれる?」
「そうっすね、距離が距離っすから50Gはどうっすか?」
思ったより安い、この金額なら運んでもらおうか。
「分かった、それで頼む」
「了解っす。馬車はこちらの方っす」
馬車の方に案内された。馬車は一般的な木造馬車で馬は一頭だ。馬車の中に入ると意外と狭くない、二人が座る分の空間は全然あった。
「じゃ出発っす」
御者がそう言って馬を走らせた。門を潜り抜けてから程なくして草原の風景が見えてきた。木造の乗り物だけあって座り心地はあまりよくない。
ガタガタと馬車が進む中、俺は暇つぶしに『空間収納』の整理をする。そして中から一度しかつけていなかった黒い仮面を取り出してそれを眺める。
「その仮面、魔力を帯びている」
グラシエルは俺の仮面を見て魔力が帯びてると指摘した。
魔力を帯びているのか、それは気づいかなかった。まさかこれは魔装か? 『鑑定』をしてみよう。
『無銘の仮面』
装着者は攻撃の予兆を察知することができる。
無駄にただの仮面に2000Gも使ってしまったかと思いきやまさかの魔装だった。この仮面にこんな効果があったなんて、ぼったくりじゃなかったのか? 衝撃の事実に俺は驚きを隠せない。
出発から数時間が経ち、俺は何もやることなく外を眺めている。そしてグラシエルも暇そうに外を眺めている。見える風景は草原と遠くに聳え立つ山々だけ、こういう長時間の移動にスマホがないと本当に退屈だ。
「お客さん、この近くにバルフェルに行く近道があるっすけどどうっすかね?」
「近道?」
「そうっす、街道に沿って行くより早くバルフェルに着けるっす」
「それはぜひ頼みたいけど、どこを通るんだ?」
『地図』を見ると通れそうなのは森しかない、まさかこの森を突っ切ろうってんのかい?
「右に見える森からっす、道が悪いだけで危険な魔物はいないっす、安心して大丈夫っす」
それは本当か? 早く着けるのならそれはそれで助かる、俺もグラシエルもこの馬車旅に飽きてきた頃だしな。
「近道で頼む」
「任されたっす!」
御者は進路を街道から外れて森の中に入っていった。多少揺れるけど眠たい脳を覚ますには丁度いいかもな。
しかし森に差し掛かる時に突如馬車が止まった。
「どうした?」
「た、大変っす! 前方で何やら争いが起きてるみたいっす」
争い? 『地図』を展開して確認してみると、俺たちの前方に一台の馬車が複数人に囲まれているみたいだ。
盗賊による強盗だと思うけど、妙なことに複数人の情報を調べることができない。戦闘になりそうだから俺は仮面を被って馬車を降りた。
「お、お客さん……その仮面は……」
「後で説明する、俺はちょっと様子を見てくる」
「私も行く」
「お、俺は逃げるっす!」
おいおい……。御者が客の俺たちを放置して馬車を引き返して逃げやがった。まあ途中までの乗車賃がタダになったと思えばいいや。
仕方ない……。俺たちは慎重に前に進んだ。
そして見えてきたのは複数人の騎士と騎士に守られている貴族ぽい見た目の中年男性と少女、そして騎士と対峙している黒い服装を纏った集団だ。
「何者だ? まさか伯爵家の救援か?」
黒い服装を纏った集団の中の一人がドスの利いた低い声で聞いてきた。
「伯爵家? なんの話だ……?」
「その反応とその格好……どうやら違うようだな、ただ暗殺が見られた以上、お前たちも生きては帰さん」
なるほど、伯爵家ってことはつまりあの中年男性は貴族か、そしてこれは異世界でよくある貴族暗殺の現場ですか、なかなかレアな体験だ。
「そ、そこの青年よ! 私はアルベメリタ王国のバーザム伯爵だ。ここで一つ私の依頼を受けてみないか?」
「依頼?」
くだらないことを考えてたら貴族が慌てた様子で俺に対して助けを求めた。
「あぁ、私は魔法が得意とするがどうやら此奴らが魔法封じの魔道具を持っているようで、その影響で私は魔法が使えない……その身なりからして剣士と見受けする。貴公にはこの私の首を欲する暗殺者どもを討ち取って欲しい。頼む、報酬は保証する!」
見ず知らずの俺に助けを求めるのか、猫の手も借りたいってところかな。貴族といえば強欲で横暴な人が多そうなイメージだけど、どうやらこの人は違うみたい。もしこれで乱暴な口調で無償で助けろって言われたら流石に助ける気はない。
「ふん、一人二人増えようが意味はない」
暗殺者集団は一気に俺たちにターゲットを向いた。
「グラシエル、いけるか?」
「少し体が重いけど……魔法は使える」
魔法封じの魔道具はグラシエルにも影響はあるけどグラシエルの魔法を封じれるほどではなかったようだ。
「ふん、隙だらけだ!」
暗殺者の一人が俺の背後を取り、手に持つナイフで襲いかかってきた。考え事中に攻撃とは卑怯だとか言いたいところだけど、暗殺に卑怯も正々堂々もないからな。
「何!?」
ま、仮面のおかげでその攻撃をある程度察知することができて、俺は背後を見ることなくその攻撃を避けた。
「お返しだ。空力斬」
そして暗殺者の首目掛けて斬撃を放った。
「ッ!?」
狙い目は良かったけど、暗殺者には避けられた。
「今の避けられるのか」
「危なかった……今の技はなんだ……」
さりげなく初めてこの技が見切られた。やはりある程度の実力を持った人間には効かなくなるのか。
「剣を抜かずに斬撃か……厄介な相手が出てきたようだな。これは、全員でかかる必要がある、な!」
暗殺者のリーダーがそう言って、暗殺者たちは一斉に動き出した。暗殺者なだけあって動きがかなり俊敏で、目で追うのが困難だ。
「速い……この状態で魔法で捉えるのは無理……」
魔法封じの影響下でしんどそうにしているグラシエル。
「それも仕方ない……威圧を使うしかないな」
対象はなるべく暗殺者たちに向けるように調整する、多少貴族の方にも影響を及ぼすかもしれないけど我慢してくれ。
「何をするのか分からんけど、これでおしまいだ!」
カキンッ
「なっ!? ナイフが!?」
ヒヤッとしたけど、耐性スキルのおかげでナイフは通ることなく折れてしまった。どうやらコイツらの攻撃力でも俺の防御脳筋を超えることはできないようだ。
「残念だったな、俺の防御力を突破できなければ意味はない! 天空竜の威圧!」
俺は威圧を発動した。そして予想通り、威圧により暗殺者たちの動きは鈍くなった。
「ば、化け物がッ!!」
「失礼だな、俺はただの旅人だ」
「グハッ!」
威圧を受けてなお切りかかって来るのか。やはり暗殺者だけあって練度が違うな、こりゃバランさんより強いのは確実だな。ならば早めに終わらせないといけない、威圧の持続時間が長ければ長いほど副作用も重くなる。前回の経験で大分体感した。
「お前、ウチに興味ないか? その実力だったら訓練すれば一人前の暗殺者になれる、きっとこの業界でも上手くやっていける」
暗殺者のリーダーだけ別格のようだ、コイツだけ威圧を受けても平然としている。
「アンタは平気のようだな?」
「まあな、なかなか凄い威圧なのは認めてやるよ、しかし俺はもっと上の威圧を経験してるからこれぐらいじゃ効かない。どうだ? 仲間になればそこの小娘も見逃してやるよ」
「残念ながら、俺は底辺犯罪者集団に入る気はないや」
「ほう……?」
暗殺者のリーダーが目を細めた。挑発により俺たちの間に緊迫した空気が流れる。
「グラシエル、他のを任せられるか?」
「分かった……気をつけて」
他の暗殺者はグラシエルに任せるとして、俺たちは少しずつ距離を詰める。暗殺者のリーダーは背中にある剣を鞘から抜いて、俺に向けて構えた。
「剣は抜かないのか?」
「生憎剣は苦手でね」
「そうか……ならば俺から先に行かせてもらおう、はっ!」
先に動いたのは暗殺者のリーダーの方だ。弾くように加速し、間の距離を一気に詰めた。
「ふん!」
鋭い剣の一振り。これは速いッ! 仮面の効果でも避けるのがギリギリだ、やはり他の能力ももっと上げるべきか!
「暗殺人生の中でこれほどの強者に出会うのは久しぶりだ。もう一ギア上げるぞ」
威圧の効果をもろともせず、暗殺者はさらに速度を上げた。
なんとか避けているがそれでも避けきれずに頬を斬られてしまった。すぐに傷は回復したがコイツ相手では防御脳筋も効かないのは明白だ。非常にマズイ、このままでは避ける一方だ、威圧を長引かせるのも得策ではない……。なんとか打開策を考えなければ……。
どうやらそれをやるしかないか、猶予は一瞬だ。俺は賭けに出る。
「諦めたのか? 回避を捨てるのは感心しないな」
暗殺者のリーダーは剣を構え、隙のない一振りを下ろした。だが俺は回避しない、その一撃はこの身で受けてやる! 今なら受け切れる!
カキンッ!!
「なっ!?」
どうやら俺の賭けの勝ちだ。渾身の一振りは今の俺を斬ることはできなかった。
そしてーー
「油断したな、空力斬!!」
この距離なら当たる!
「ーーッ!?」
至近距離から放たれた斬撃は目標を捉えた。




