2−4街到着
(誤字脱字のご報告をお願いします)
思えばここ数日の体験は非常に濃いものだった。浮空諸島から始まって、一度死んだとはいえど無事地上に降りて、初めての人間と出会ってなんだかんだ言って問題解決して、ひと段落落ち着いたと思ったら今度はカルト村の狂った村人の手から女の子を助け、そして間も無くして盗賊に出会う。
本心は戦いすぎだ、少しは休ませてくれ。俺は戦いのために異世界に来たわけではないんだ。もちろん魔物討伐とかはあるけれど、俺だって普通に世界各地を旅したい。だからしばらく街に着くまではのんびりしたい。これがフラグにならなきゃいいけど……。
「おかしい、なんも起きないなんて」
盗賊を殺した後は平和そのもの。フラグは回収できなかったみたい。まあ別に何か起きて欲しいとかそういうのではないけどな。
そして特に何もなく時間が過ぎてゆく。『地図』を確認すると街はこの先にある、このまま進めば街に辿り着けるだろう。
門が見えてきた。かなり大きな石壁の城門だ。
人はまばらだけど一応門の前には列が出来ていている。俺とグラシエルもその列の後ろに並んだ。他の人たちは俺とグラシエルのことを見てブツブツと何やら話しているけど、なんだろう?
まあそれは置いといて、街に入るにあたって一番心配なのは身分証明だ。何せ俺たち二人には身分を証明する手段はないから、もしこのまま街に入ることができなかったらかなり面倒だ。『飛行』を使えば簡単に侵入できそうだけど、俺としてはなるべく正規ルートで街に入りたい。
そんなことを考えているともう俺たちの番が来た。「次の人」と門番の人に呼ばれ、俺たちは前に進んだ。
「二人か、身分を証明できるものはあるか?」
「いえ、ありません」
門番は顔を顰める。
「……そうか、嬢ちゃんのその身なりからして奴隷か? 登録してない奴隷ならこの街に入ることは許可できないぞ」
「いえ、違います。彼女が汚れたのは道中盗賊に出会ったからです」
「盗賊? この近くの盗賊といえば……まさか、君たちはダイロ盗賊団に出会ったのか?」
門番が驚いた。そして他の門番もそれを聞いてザワザワし始めた。
「君たちはどうやって逃げてきたんだ? ダイロ盗賊団はどこにいた?」
「落ち着いてください、後ろにまだ人が待ってます」
詰めてくる門番はハッとなって冷静になった。
「すまない、少しばかり焦ってしまった。君たちから話を聞きたい、俺と一緒に来てくれ。おい、パレト、ちょっと代わってくれ」
「はい、分かりました、隊長!」
俺たちは門番の隊長に連れられて応接室のような部屋に入った。用意された木の椅子に座ると門番の隊長は話を進めた。
「突然のことで困惑すると思うがどうか許してほしい。実は、あのダイロ盗賊団は長年この街近辺で悪さをしてて、俺たち警備隊の頭を悩ませてきた。しかし討伐するどころか何故か居場所すら掴むことができなかった」
話を聞くと、この街の門番は街周辺を巡回する警備隊でもあるらしい。あの変人集団、もとい盗賊一味は商人や街道を通りかかる人を襲い、それらを奪い尽くしている。しかし警備隊が報告を受けて出動しても、現場に到着したら既に襲われた後の残骸しか残らず、周辺を捜索しても何の見つからないそうだ。
そしてある時は警備隊すらダイロ盗賊団の襲撃に遭い、全滅することもあったらしい。それ以降、街道を通る人は一気に減ってしまって、あの森は盗賊の森と呼ばれるようになった。
「なるほど、それで俺たちダイロ盗賊団に遭遇した場所を教えて欲しいと?」
「理解が早くて助かる。簡単にいえばそうだ」
「そうですか、しかしそれはできません」
「な、なぜだ!?」
「既にあの盗賊一味は俺たちによって倒されました」
「はっ? 倒しただと? あのダイロ盗賊団を?」
門番の隊長は疑っている。何せ自分らが手こずってた相手がガキ二人に倒されてしまうはずがなかろう。自分で自分のことをガキ呼ばわりするのもどうかと思うけど、この門番の隊長の前なら俺はガキなんだろうな。
「倒したって、証拠がないと信じると思うか?」
まあそれが普通だよね。ただ俺が証拠もなくそれを言うと思ったのか? 証拠ならここにあーる、『空間収納』よ、開け!
俺は『空間収納』からありたっけの証拠品を机の上に出した、これらは全てあの盗賊一味の物だ。えっ? どうやって回収したかって? そりゃもちろん目を閉じた状態で……ヤッベ、内臓を触った時の感触を思い出してしまった……。
「これが全てあのダイロ盗賊団の物なのか? というかさっきのあれはなんだ?」
「空間魔法ですけど?」
「空間魔法だと!? 君はどこかの大魔法使いの弟子なのか?」
「いや……ただの旅人ですけど」
ガラムさんもそうだったけど、空間魔法ってやっぱ凄い魔法だな、門番の俺を見る目は疑いから畏怖になってしまった。ははは、跪くが良い! コホンッ、ただ言いたかっただけです。
「つまりダイロ盗賊団は君が魔法で倒したのか?」
「厳密にいえば隣にいる彼女がほとんどを倒しました」
「私が倒した」
グラシエルはあまりない胸を張って自慢する。
「隣の嬢ちゃんも魔法使いなのか? とてもそうには見えないが……」
「これで証拠は足りますよね、そろそろ俺たちを街の中に入らせてくれませんか?」
「そうか、忘れるところだった。それがな、現時点ではまだ判断できないが、俺としては君たちは怪しい人物ではないと信じよう、俺からは許可証を発行しよう」
よっしゃ、これでついに街中に入れる。「しかしだ」えっ、まだあるの?
「身分を証明できないのであればお金は取らせてもらう。少々高いが一人ずつ200G、つまり銀貨四枚を頂戴する」
「200Gで少し高い?」
ちょっと待って、少し嫌な予感がしてきた、そもそもこの世界の物価ってどんなもんだ?
「あのー、銀貨ってどれぐらいの価値ですか?」
万が一のために聞いてみる。
「それはどういう質問だ……? まあいい、そうだな……他の国ではどうなのか知らないが、この国では一般的な家庭の月収が銀貨二枚ってところかな?」
「……」
まさか俺、あの怪しいピンク女にまんまと騙された? あの仮面に2000Gも使ったのに?
「どうした?」
「いえ、ただ愚かな過ちを省みています」
「? よく分からんが、結局銀貨は出せるのか?」
俺はバッグの中から銀貨四枚を取り出した。
「こちらが銀貨四枚です」
「……なぜ落ち込んでいるのかは詮索しないが、これで君たちに許可証を出せる。準備するからここで少々待ってくれ」
門番の隊長はそう言って部屋を出た。そして数分待っていたら門番の隊長は戻ってきた。そして手に持つ書類をこちらに渡してきた。
「これが許可証だ、くれぐれも無くさないように。あと、ダイロ盗賊団を倒した報酬といってもあれなんだが、これは俺個人からのお礼だ」
「それは?」
許可証とはまた別の紙を渡してきた。
「これは俺の推薦書だ、これを見せれば俺の知り合いの店や宿は安くしてくれるはずだ」
「ありがとうございます」
「あと盗賊団討伐が正式に認定された場合は別の報酬が出るから、明日の昼は街の中心部にある冒険者ギルドまで来てくれ」
俺たちは部屋を出ようとして立ち上がった。
「あっ、そうだ。『清潔』」
門番の隊長は何かを思い出して、俺たちを清潔にする魔法を使ってくれた。大変ありがたい、俺はそうでもないがグラシエルは大分汚れていたから、これで少しマシになった。
「助かります」
「ありがとう……」
俺たちは門番の隊長にお礼を言い、応接室から出て街の中に入った。
《行動ミッションを達成――小規模な街に辿り着く(SP+1)》
ミッションを達成した。とりあえず当初の目標は達成した、次に行くべき場所は門番の隊長の推薦書に記されていた服屋だ。
「まずはこのヤルクの服屋に行こう」
「アラタについていく」
服屋の場所は門の近くだ。
「いらっしゃいませー。あら、とても可愛い子供ですね、妹さんですか?」
「私はもう十六歳! 子供じゃない!」
そこ気にしてたのか……でも知らない人からすれば本当に子供にしか見えない……。
「ブー、アラタも私を子供扱いする」
顔に出てた? グラシエルはまた頬を膨らませて俺を睨む。すまん、でもそれをやると更に子供ぽく見えちゃうんよ。
「えっ、十六歳でしたか、それは失礼致しました。それでは、本日はどのような服をお探しですか?」
「動きやすい服装が欲しい」
「なるほど、動きやすい服装ですか、それではこちらの服はどうでしょうか?」
女性の服は分からないから俺はグラシエルの話に加わることなく男性用のコーナーで自分の服を見る。
俺は自分の買いたい服が決まったら今度はグラシエルを待つ。そして二十分ほど待っていたらグラシエルも欲しい服が決まり、俺はそれを含めて購入した。ちなみに値段は服は二着で200Gだ、推薦書を見せたら少し安くしてもらって180Gとなった。
もう服も買ったし次に目指すのは宿屋さんだ。今日はしっかりと休みたい、できればお風呂も入りたい。
「あら、お客さんかい?」
宿屋に入るとカウンターのところにおばさんが話しかけていた。
「はい、あと推薦書があります」
門番から貰った推薦書を宿屋のおばさんに見せた。
「ハンデルの推薦かい? それなら五割引きね」
五割って、半分も安くなるのか。
「二人分の部屋をお願いします」
宿泊手続きをしようとしたが宿屋のおばさんは困った顔になった。
「どうしました?」
「困ったね、今日は一部屋しか空いてないのよ」
えっ、つまり俺とグラシエルが同じ部屋ってこと? それはちょっとマズイな、色んな意味で。推薦書使えなくなるのはちょっと痛いけど、これは他の宿屋を探すしかないな。
「同じ部屋でいい」
「えっ?」
グラシエルが俺の袖を引っ張る。今のはどういう意味ですか、グラシエルさん……?
「同じ部屋がいい」
「……」
本当に感情が読めない人だ、真面目な顔で一体どういう心情ですか?
結局俺はグラシエルの無言の圧力に流されてこの宿屋にした。おばさんの「あらあら」という意味深の言葉にも反論することができずに俺は部屋まで連れこられた。
楽しみだったお風呂も無心で入ることになり、何もかもよく分からないまま夜になった。
そして俺たちは一つのベッドで寝ている。なるべく当たらないようにグラシエルから離れてベッドの端っこで横たわる俺だけど、「なんで離れようとするの」と俺の服を引っ張るグラシエルに成す術もなく、結局ベッドの中央まで戻された。冷静になれ冷静に! そうだ、円周率について考えよう、3.1415926……そういえばこれ以上知らないや……。
「グラシエルさん!?」
「アラタ、あったかい……」
グラシエルが両手でガッシリと俺に抱きついてきた。そしてそのまま夢の世界へと旅立った。
端正な顔、長いまつげ、白い髪が醸し出す無垢、人形と見間違えるほど美しい顔、そしていい匂い……って、そうじゃなくて! 幼女に抱きつかれている絵面が非常にマズイし、何より俺がマズイ! これで一晩過ごせというのか!? 頼むから保てー俺の理性!
「一人にしないで……お母さん、お父さん……」
「グラシエル……」
グラシエルの寝言を聞いて一気に冷静になる俺。よくよく考えるとグラシエルにそういう感情があるはずもなく、こうやって俺と寝たいのもきっと心の傷がまだ癒やされていないだけだ……。きっとそうだ。
まあ、グラシエルの真意はどうなのか分からないけど、俺は間違いなく寝れない夜を過ごすことになるだろう。
案の定その夜、俺は眠れなかった。




