frantic #2. 君と役立たずの絆創膏2
「...ハァ?」
え、あ、はぁ...???
空から降ってきた謎少女に人権否定されたんですけど...。
状況がイマイチ飲み込めず呆然としている光慶とは対照的に、その少女は「どうしましょう、まさかそんなことが...いや、でも...どうして...」とブツブツ呟いている。
「...えーと、何の話?」
「アンタ、さっき私を受け止め損ねたので鼻やられなかった?」
...ん?あ、ああ、そう言えば...。
ボキッとちゃんと(?)音がしたような。その割にはあんまり痛くないけど...。
「!?」
恐る恐るもう一度、折れているはずの鼻に触れるが、そこにはいつも通りの鼻がきちんと収まっているだけで、試しに抑えてみても痛みさえも感じなかった。鼻血も出ていない。
俺、鼻骨折しなかったのか?
いや骨折してないにしても、怪我ぐらいしてるはずだろ...あんなに音がしたのに...?
「...やっぱり。アンタはあの時確かに鼻を怪我した。恐らく、骨折するぐらい。でも、今は治ってる...。言ってる意味、分かる?」
「は、はぁ...」
「...つまり、人間にあらざる者の力が働いているという意味なの。例えば私みたいな、凄まじい治癒力のある...怪物とか」
...ハァ??
いや、あの、
「全然意味分かんねえよ...」
怪物ってどういうこと?凄まじい治癒力??人間にあらざる者???なんでそれに俺も含まれてるんだよ、俺そもそも人間だし。
「君は私の一部を取り込んだ。だから、君も私と同じ様になっ」
「なっ...何言ってるのか全然分かんねえよ!!!!ってか、見ず知らずの人になんで怪物とか言われなきゃいけないんだよ!」
光慶はそう叫ぶと、地面に転がっていたスクールバッグを拾って学校へと走り出した。
朝は時折変な人がいる。
それがたまたま今日は小学生の女の子で、ちょっと危ない妄想癖を抱えていただけだ。いつもの日常となんら変わりないじゃないか。なあ、そうだよな??
そう自分の言い聞かせながら後ろを振り返ると、そこにいたはずの少女はどこかへ消えていた。
でも、光慶は立ち去る前、確かに聞いたのだ。
その少女が「今に理解するよ」と諭すのを。
***
「おっはよ、光慶。今日も遅刻かよ」
「うっせー...。今日はもうちょい早く来れるはずだったんだよ」
「『はず』ってなんだよ、『はず』って」
朝からあんな出来事があったせいで、ドッと疲れた。
いつもなら、変な人に出会ったら笑い話のネタにも出来るのだが、生憎そんな力は出ない。というのも、自分ですら頭の中で処理することが出来なかったのだ、どうやってそれを他人に話すことなど出来ようか。
「まあ学校がダルいのは分かる。大方ネトフリでも見てたんだろ、お前」
「...俺はアマプラ派だよ...」
「ゲェ、お前それじゃ『Netflix and chill』、言えねえじゃん」
「よく言うよ、言う相手いないくせに」
バレた、と豪快に笑う友達を尻目に光慶は移動教室用のプリントを整理し始めた。学校の紙って、リサイクルしたやつだからかは良く分かんないけど、表面がザラザラして粗悪な感じがする。そのせいか、思わずピッ、と指を切ってしまった。ぷつ、と血の玉がゆっくりと浮かび上がる。
「あちゃー、それ、痛いよな。絆創膏、後で保健室からもらってくれば」
「あ、ああ、そうだな...」
指に違和感を覚えながら、そう言葉を紡ぐ。悪寒が一気に脊髄から頭まで押し寄せてきて、思わず自分の指から目を離した。再度、震える手で指に触れる。
...絆創膏、いらない。
浮かび上がった血の玉を指で拭うと、そこには傷一つない皮膚があるだけだった。
***
「お前さァ、今日大丈夫そ?なんか調子悪そう」
「...だい、じょうぶ...ありがと、陸」
「別にいーけど。あ、じゃあな!!今日はしっかり休めよ!!!」
友達に手を振って電車から降りると、階段を登って改札を目指す。
全然調子は良くない。当たり前である。
なんせ、自分の傷ついた皮膚が瞬く間に癒えるという常人離れした業をやってのけたのだから。あの時出会った謎の小学生のほら話に信憑性が増してくる。
いや、そんなこと、ねぇ...?
ほら、多分あれだって。
細胞分裂の速度が早まっただけだって。昨日間違えてオロナミンC飲んだからとかじゃない?知らんけど。
「...さん!お兄さん!!!」
「エッ?」
おばさんの慌てた声に我に返ると、眼前には迫りくるトラック。寝ている運転手の姿が、ガラス越しにやけにクリアに映る。瞬間、光慶は自分がもう少しで死ぬということを理解した。
ああ、おれ、もうすこし、で死ぬんだ。
汗ばむ体とは裏腹に、頭は奇妙なほど冴えていた。
何となく生きてきた平凡な人生だった。普通に皆に流されて高校をテキトーに選んで、特にしたいこととかないけど通うような...。
...結局、あの謎の少女のことも、分からずじまいか...。
ドン!!!!!!!!!!!
と凄まじい音が辺りに響き、光慶は目を閉じた。
...。
......。
.........。
「...アレ?」
...なんで無傷??????
***
「え、えええ、えぇえええええええ!?!?」
いや待って、なんで無傷なのォ!?!?
ちゃんと(?)トラックに当たった感じもしたし、そこら辺に落ちている血痕から自分は血塗れになるような事態になったということは分かる。ってか、なんなら体の至るところに血がついてるし。
でも痛くない。
トラックに当たったのに、痛くない。
しかも、血を一度拭えばツルンとした皮膚がそこにあるだけ。かすり傷さえついていない。
凄まじい、治癒力のある怪物。
あの小さな少女が言ったことが頭の中を反芻した。寒気が止まらず思わず光慶は身震いをすると、トラックと自分とを交互に見つめた。もはや放心状態だった。
自分は怪物になってしまったのか??自己嫌悪だとか、気持ち悪さだとか、そういったものが次から次へと押し寄せてきて止まらない。思わず光慶は口を抑えた。
「ありゃありゃッ、やっぱりすごい事故!!」
クスクス笑いながら、上から女の子が降ってきた。
サラリと絹のような金髪にふさふさの睫毛に覆われた大きな青い瞳、透き通るような白い肌。小さな桜色の唇は、意地悪い笑みを浮かべている。古風なデザインのワンピースを翻して舞い降りてくるは、間違いない、今朝空から降ってきた少女だった。
「ふふっ、だから言ったでしょ??今に理解す」
そんなことはどうでもいい。
俺、今、吐きそうなんだって。
彼女が言葉を言い終える前に、俺は彼女の胸へと突進していくと、胃に残る一切合切のものを全て戻した。