お兄様も……?
華やかなドレスの群れとシャンデリアが目も眩むほどに輝き色めいている。
前回この場に連れてきてもらった時には随分とはしゃいだものだが、今の私にとっては悪夢の始まりでしかない。
憂鬱さと共に首を落とされた時の痛みが蘇るようで無意識に首に手を当てる。
(ああ、嫌だな)
集まった人々の値踏みするような視線が全身に刺さるようで非常に居心地が悪い。
今日、私を初めて見た人達ばかりのはずだが、私は多くの人を知っている。
誰が、王子派だったか、よく……そう、とてもよく知っている。
あそこの息子は私のことを鼻で笑っていたな、とか思い出したくもない事を思い出して憂鬱の極みで今すぐ家に帰りたいのをぐっと我慢してドレスをつまんで膝を折り、会場の人々へ一礼する。
私もその1人ではあるが今回のパーティではデビュタントが多い。
王子の社交界デビューに合わせて子女の社交界デビューを親が決めるせいでもある。
前回飽きるほど王妃教育を受けていた私の礼に会場が小さくため息が聞こえた。
間違ったかしら?とチラッと横目でお兄様を見ると満足気に喉を鳴らす猫のような顔のお兄様とバッチリ目が合う。
お兄様のエスコートで会場内を歩いていく。
会場の令嬢達からの黄色い悲鳴など気にもしていないお兄様の優しい視線はただただ私に注がれている。
「最初とは思えない優雅で完璧な挨拶だったよ。
私の可愛いディーは立派なレディになってしまったね。」
会場に用意された椅子に座ると寂しそうな顔のお兄様が切なそうな声で囁く。
会場の令嬢が何人か失神して倒れる音がしている。
お兄様は自分の顔面が凶器になるほど美しいことを知らないんだわ。と妹ながら危機感を覚えてしまう。
前回の時も王子が来るまでに何人かの令嬢を失神させていたし、王子よりも多くの視線を集めてしまっていたのだ。
顔、地位、お金。全てを持っているお兄様は婚約者として優良物件間違いなしなのである。
ただ、性格に難がある。
「私の可愛いディーを下種な目で見るやつが居たら言うんだよ?
ディーが私の番なら良かったのに。」
そう、妹である私を番にしようとするくらい私のことが大好きすぎるせいでほかの令嬢に1ミリも興味を抱くことが無いのだ。
前回の時も……思い出しただけで笑ってしまいそうになるのを頬の内側に力を入れてこらえる。
王子の入場の声が響き会場の全員が立ち上がり跪拝の礼をする事で集まる視線も、私のにやけ面も全て多い隠される。
「全員、顔を上げてくれ。
私も含め多くのデビュタントの為に集まってくれた皆に深く感謝をする。
これからも我々、新成人貴族を導き支えてくれることを願う。
デビュタントの諸君は緊張してることと思うが今日という日を存分に楽しんで欲しい。」
堂々とした口上を述べる王子にあれ?と思いちらりと盗み見る。
前回の時はご苦労、位で終わってなかったっけ?と内心首を傾げる。
そんな私と王子の目がバッチリと合う。
しまったと思い失礼にならない速度で目を逸らし扇で顔を隠しながらチラ見すれば気持ち悪い程に優しい笑みを浮かべている。
全身に鳥肌が立つような寒気に襲われている私の横でお兄様の表情が僅かに忌々しげに歪み、ギリっと言う歯の軋む音が聞こえてきていた。
(お兄様も、私と同じように記憶がある……?
まさか、そんなわけないわよね。
そんな素振り、1度もなかったもの)
前回の記憶と大きく違う場面に終始私は内心で首を傾げ続けたまま帰宅する羽目になった。